第11話 衝撃と衝撃と襲撃と

「……じゃあ、あなたたちは強盗団とは何の関係もないって言うの?」


 金髪美少女が言った。


 俺たちは今、城にいた。


 強盗団を殲滅した後、俺たちはエマの転移魔法で『リーベディヒ』へと帰った――




 で、ビックリした。


 移動したところがあまりに予想外だったからだ。


 高い天井に白い壁。壁には絵画がかけられ、高そうな調度品も置かれており、床には赤絨毯。まるで、城の内部みたいだ。


 そういえば、中世のヨーロッパにでもありそうな城を、最初に『リーベディヒ』に来た時遠くに見たっけ。


 ……まさかと思うが、そこに来たのか?


 強盗団を捕らえたはいいけど、俺たちに掛けられた嫌疑はそのまま。どうやって金髪美少女に会いに行こう。まだあの屋敷にいるんだろうか、と思っていると……



「あ、あなたたち!」


 遠くから聞こえてきた声に目を向けると、そこにはさっきの金髪美少女がいた。


「やっと見つけたわ! さあ、今度こそ捕まえて……」


 叫びながらじいさんと部下とともにこっちに来るが……



「……!」


 エマのことを見て、驚いたみたいだった。彼女だけじゃなく、あまり感情を出しそうにないじいさんまで、驚いたように見えた。


 まあ、無理もないことかもな。



「あら、ちょうどいいところに」


 反対に、エマは天気の話でもするような軽い口調で言う。



「不甲斐ないあなたたちに代わって、私たちが強盗団を捕まえてあげましたよ」


 エマは、強盗団の頭を掴んで、片手で引きずっていたのだから。


 そうして、俺たちは奥の部屋へと案内された。




 天井から下がるのはシャンデリア型の照明。床には重厚な絨毯が敷かれ、城! って感じの部屋だった。


「そうです」


 強盗団とは無関係なのかという金髪美少女の質問に、エマは即答する。



「じつは私たち、あの人たちに捕らえられていたんです。仕えていたんです。私のこの格好が証拠でしょう? 朝から晩まで働かされて、ろくに食事もとらせてもらえないし、時には暴力まで……怖かった……」


 両手で体を抱くようにして、涙ながらに語るエマ。


 ……いや、さすがにそれは無理があるだろ。そんなの真に受ける奴なんて……



「そ、そうだったの……」


 いた。


 金髪美少女は厳しい顔を一転させて、


「なんてことを! 絶対に許さないわっ!」


 何やら本気で怒ってらっしゃる。それから、同情的な目で俺たちを見てきた。



「大変だったでしょう? もう大丈夫だから、安心して。そうだ、お腹すいてない? ライフリート、二人に食事を……」


「団長、彼女は嘘をついております」


 ライフリート、というらしいじいさんが言った。



「えっ?」


「発見した時の状況や服装から考えて、彼女らが強盗団の奴隷であった可能性はゼロに近いかと」


 じいさんのマジレス。


 い、いや、まだだ。希望を捨てるな。まだエマの主張を信じてくれるかも……



「た、たしかにそうね……」


 ダメだった。


「あ、あなたたち! 私を騙そうとしたの!? ひどいじゃない!」


 エマがね。俺は何も言ってないぞ。



「ふん。騙されるほうが悪いんですよ」


 エマさぁん。それ、詐欺師の言い分だと思います。


「な、なによその態度! 私をだれだと思っているの!?」


「ユウ様以外の人間など、私にとってはゴミムシ同然です」


 と言って、エマは俺の腕に自分の腕を絡めて、体を押し付けてきた。



「か……っ! き……っ! く……っ!」


 一方、金髪美少女は憤懣やるかたない、という様子。エマはひどく冷めてるけど。



「団長、どうかお心を静かに」


 見かねたらしいじいさんが、ソフトな声で金髪美少女を諫める。


「たしかに、彼女らが強盗団の奴隷であることは嘘ですが、彼らとの関わりが薄いことは嘘ではないかと」


「そ、そう! そうなんだよ!」


 忘れかけてた。その話をしたかったんだよ、俺は!



「俺たちはあいつらとは無関係なんだ! 屋敷はその……譲ってもらったんだ……」


 勢いでまくし立てようとしたものの、やっぱり最後は小声になってしまう。


 実際無理やり奪い取ったわけだし……


 考えてみたら、さっきの襲撃も半分八つ当たりだよな……とか考えちゃうと、言い訳もしにくい、と思うが……



「そうなの? 強盗団にしては気前がいいわね」


 と金髪美少女。



 ……さっきから思ってたけど、コイツ素直すぎないか?


 まあいい。そのほうが好都合……いや、素直なのはいいことだ。


 が、じいさんの方は簡単にいかないみたいだ。じっと、試すような視線を俺にむけている。



 まずいな……なんだか不穏な……


 その時だった。


 急に外が騒がしくなったかと思うと、バンと扉が開かれ、白い服を着た男が勢いよく飛び込んできた。



「だ、団長!! 大変です!!」


「騒々しいぞ。何事だ?」


 答えたのはじいさん。



「ま、魔物たちが……攻めてきました!!」


「!? なんですって!?」


 金髪美少女の顔色が変わる。



 一方の俺は、こいつらのテンションについていけない。


 なんだって? マモノタチガセメテキタ?


 それって……




 ヤバそう。


 ひどく呑気に聞こえるかもだが、外に出たとき、そんな感想が出てきた。


 アカン。これ、アカンやつや。


 門に近づいていくごとに騒ぎが大きくなっている。人々が逃げ回ったり、『騎士団』の連中は逆に門の方へと向かって走っていた。


 そして門の外に出たとき――



 ギョッとなってしまった。


「お、おい……これ……」


「あらあら」


 思わずひきつった笑みを浮かべる俺とは裏腹に、エマは余裕綽々だ。


 俺はとてもじゃないがそうはいかない。だって……


 そこには、いかにも魔物っぽい軍勢がいたからだ。


 そいつらと、『騎士団』とが激しい戦いを繰り広げていた。



「どうなってるの!? どうしてこんな……」


「そ、それが……」


 団員らしい男が、金髪美少女に手短に事情を説明する。曰く――


 この周辺のボスを務めていた魔物が消えたことで魔物たちの勢力図が崩壊し、魔物同士の戦いが頻繁に起こり始めた。



『リーベディヒ』に貿易に来る商人が、巻き込まれるのを恐れてこなくなる可能性もある。それを防ぐために『騎士団』が討伐に乗り出したところ、火に油を注ぐ結果となり大乱闘に発展したという。


 傍目に見て、多勢に無勢、『騎士団』が押されているように見えた。


 部下の説明に、金髪美少女は素早くうなづいて、



「ライフリート。私はいいから戦いに参加して」


「はっ? しかし、それは……」


 さっきまで冷静だったじいさんがすこし困ったような顔になる。


 が、金髪美少女の顔を見て、



「畏まりました」


 恭しく一礼し、腰に差した剣を抜いて魔物の軍勢に向かっていく。


 それを、俺はどこか遠い世界の言葉のように聞いていた。



 最近、ボスを務めていた、魔物が、消えた……?


 まさかそれって……


 エマがワンパンで倒した、あのジャイアントオークのことか?


 ってことは、間接的には俺たちのせい。魔物を倒したわけだし、別に罪にはならないだろうが、現状、俺たちの立場はちょっと微妙だからな。印象を悪くするようなことは避けたい。となれば、ここはとぼけて……



「あら、それは多分……」


 と考えていたら、エマが自白しようとしたので、俺はそれを遮るように言う。



「お、俺も一緒に戦うよ!」


「え……?」


 俺の言葉が予想外だったのか、金髪美少女がキョトンとする。



「なに言ってるの? 素人を戦わせるわけないでしょ? っていうか、あなたたちどうして当たり前のようについて来てるの!」


「そ、それは……なんとなく流れで」


「ユウ様のいるところに私ありですから」


 なんかこの子結構偉そうだし、関係を持った方がいいと思って……とは勿論言えない。



「と、とにかく! 俺も協力する! 大丈夫だ、さっき盗賊団とも戦えたし、きっと戦力になるから!」


「待ちなさい! ダメよそんなの! 許可できな……」


 その時、俺の言葉をかき消すようにして、



「姫様っ!!」


 じいさんの、ほとんど咆哮に近い叫びが聞こえてくる。


 反射的に顔をむけると……



「!!」


 一体の魔物が放った攻撃……投擲された斧が、俺たち目がけて飛んできていた。


 気づいたときには、体が動いていた。


 俺は金髪美少女を守るようにして抱き寄せる。直後、俺の背中に斧が激突した。



「ユウ様っ!!」


「ちょ……ちょっとあなた! どうして……」


 二人の声が重なる。どっちも焦ったような声をしていたが……



「いっっっった……く、ない……」


 一方の俺はちょっと間抜けな反応をしてしまった。


 そういえば、攻撃は効かないっぽいんだっけ。



「大丈夫だから。心配しないで」


「そんなわけないでしょ!? 直撃してたじゃない!」


 信じてもらえず、彼女は俺の背中に回って傷を確かめようとする。が……


 もちろんそこに傷はない。



「う、うそ……だって確かに当たって……」


「ユウ様をあなたの尺度で語らないでください。このお方はそこら辺のゴミムシとは違うんです」


「あ、あなただってさっき叫んでたじゃない!」


「あれは……劇的な効果を狙ったにすぎません」


 エマはよく分からないことを言う。



「それはそうと、よくもやってくれましたね」


 エマは感情の宿っていない低い声で言って、暗い顔を魔物たちにむける。


「ユウ様を傷つけようとするなんて……どうしてそんなことをするのかしら。この……クソゴミカス共がぁああああああああっっ!!」


 叫びに答えるようにして、空中に無数の魔法陣が浮かび上がった。その紅黒い光に照らされて、夜だというのにまるで昼間のような明るさになる。



「死ね」


 瞬間、魔法陣に大量の魔力が集まっていくのを俺は感じ取った。


「!! 総員退避ーーーーーーっ!! 魔物たちから離れろ!! 早くっっ!!」


 じいさんが叫ぶ。それだけで、『騎士団』の奴らは目の前の光景以上の異常事態を察したらしい。



 すぐに行動を開始する。その直後、


 魔法陣から光の矢が発射される。それは雨のように降り注ぎ、魔物の軍勢を尽く貫いた。


 一泊おいて、断末魔すら上げることなく、魔物たちは〝魔石〟へと変わった――




「姫様!」


 魔石を回収する白服たちをしり目に、じいさんが焦った様子で駆けてきた。


「姫様、ご無事ですか!? お怪我は!?」


「大丈夫よ。彼が守ってくれたから。まったく、大げさなんだから……」



「なにを仰います! 御身に万一のことがあっては、私は陛下にあわせる顔がございません……!」


 金髪美少女は、はあ、とため息をついて、


「それより……た、助かったわ。どうもありがとう。あなた、命の恩人ね」


 その顔は、気のせいだろうか、少し赤くなっているように見えた。



「ああ。別にいいんだけど……姫様……?」


 聞きなれない敬称に眉を顰める。


 すると、さっきすごい魔法を放ったはずのエマが、涼しい顔で言う。



「あら、そういえば、言っていませんでしたね。ご安心ください、どうでもいいことですから」


「ちょっと! あんまり舐めてると不敬罪で逮捕してやるから!」


 また聞きなれない罪状が。



 つーか……え? フケーザイ?


 オホン、と咳払いしたのはじいさんだ。


 それから、いまだ不貞腐れている金髪美少女について、こう紹介した。



「このお方は、アーデルハイト・フォン・ラ・リーベディヒ・アプロ。『リーベディヒ』帝国皇帝、陛下のご息女にして、第一皇女であらせられます」


 …………


 ……………………


 ゑ?


「えぇえええええええええええええええええええええええええええっ!!??」

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