名も知らぬエルフの彼女
———開始から凡そ12時間が経過した頃。日が落ち、暗闇が森を包んでいく。
魔獣はより活発化し野生の本能が研ぎ澄まされる夜の時間。
時刻は夜の8時を周り、サバイバル生活の最も危険な時が訪れた。
「———12時間が経過したのか‥‥本当に参るな。流石に少し休むとしよう」
夜の森において夜目では魔獣の方が圧倒的に頂点だ。狩を行う魔獣にとって俺たちは唯の獲物である。常に周りを警戒し、魔獣の嫌がる焚き火を焚かなくてはならない。これを1人で熟そうとするとたったの一夜でさえ夜を越えられないだろう。疲労と睡魔で気づいた時にはもうこの世ではないなんてザラだ。
C、Dクラスが単独で朝を迎えるのは不可能。協力して魔獣の脅威を警戒する必要があるのだが‥‥‥俺は猛烈に疲れている。
いきなりだが、もうそれは本当に
なぜかと言うと‥‥一年生‥‥同級生を見守っていたのだ。影ながら気づかれないように隠密魔法で気配を消してな。
時間を遡ると開始わずか数分で意図を理解した感の良い同級生達は森に入るなり直ぐに数人のグルーブを作り行動していた。グループといってもお互いに極力干渉はせず、魔獣に遭遇した時の為の保険のような感じだ。魔獣に遭遇した際、戦闘は避けられない。戦闘をする際に協力禁止なんて一言も言ってないので、そこを上手く活用するようだ。
ものの数時間で一年生のほとんどがどこかのグループに所属している体勢になり、いよいよサバイバルの恐ろしさを噛み締める時が来た。
いくつものグループが魔獣と遭遇し戦闘を強いられたのだ。ほとんどの魔獣はDやCランクの魔獣だったが、それでも一年生にとっては格上の相手だった。CやDクラスの同級生では魔獣の硬い皮膚に傷一つ付けれず、魔法も剣の刃でさえ通らなかった。
ならば彼らはどうするのか?
そう逃げるしかないのだ。魔法も剣も通用しない魔獣に挑もう者なら死を覚悟しなくてはいけない。
しかし、学生になりたての一年生が死を覚悟する経験など持ち合わせておらず‥‥逃げるのみ。そしてこの逃げるという選択がサバイバル生活もとい、この授業の恐ろしさを体験する事となる。
開始わずか数時間たらずの1万人の移動速度は高が知れている。広大な森ではあるが散らばったグループとグループの感覚はあまりにも近い。その中で魔獣に遭遇し、勝てぬとわかると逃げたグループがどこへ逃げるのか。どう言うルートで逃げるかなどその場任せの運に過ぎないが、その逃げた先には別グループがいたとする。走ってくるグループと意味がわからず呆然とするグループが鉢合い、追ってくる魔獣と戦闘を強いられる。それが連鎖を生み出し、負の連鎖へと駆け落ちていく。人数が多ければ勝てるなど甘い考えは捨てるべきだ。量と質の関係を知っている者なら理解できるだろう‥‥
そんなわけでそういったグループを影ながら手助けしていたのだ。逃げている最中に魔獣を仕留めて、上手く逃げ切った感を出させるなど。或いは多数のグループが戦闘している最中に陰から魔獣を攻撃するなど絶対に同級生に気付かれぬようにこなしてきた。
「なに何君凄い!」「私たちでも勝てた!」「なに何君なら頼れる!」
などと女子達の歓声を浴びる男子達は本当に羨ましいことないな。ある意味サバイバルを充実している。
今回のこのサバイバルの目的は“体感するという事だろうからな。魔獣を倒す経験、その高揚感を味わうのはいい刺激になるだろう。
まあ、「なぜ勝てたの?」と違和感を覚える同級生も一定数いるが、討伐した彼らの自信を無くさない為に墓場まで持っていこう‥‥
そんな感じで夜を迎えたわけだが、俺は勿論単独行動だ。レオナルド君にそれとなく「協力しないか?」と視線を送ってきたが無視したので絶賛1人である。
湖の港から大分森の奥のへと来たのでここまで来られた者はそういないだろう、と読んで俺は早速移動を開始する。そう、寝床を探していたら水の音が聞こえたので川で水浴びをしようと考えていた。
「おお、向こうの岸までそう遠くなく狭くもなく流れも穏やかで最高じゃないか。汗を流して心を癒そう‥‥流石に誰もいないよな」
周辺に誰もいない事を目視で確かめたら早速衣服を脱いで水辺に全身を浸かる。
「はああぁぁ‥‥気持ちいい‥‥溶けそうだ‥‥今日の疲れが吹っ飛ぶな」
体を沈めて空を見上げると満点の星空が輝き、思わず息を飲むほどに美しかった。
空をただじっと見上げていること数分。そろそろ上がろうとした時、川の中にある大きな岩の影から人影らしき者がこちらに近づいてきた。
岩の影から月明かりの照らす場所まで水の中を歩いてきては、微かに聞こえる声を発した
「おかしいわね‥‥防護魔法で周辺を警戒していたのになんだか声が聞こえるわ‥‥一体‥‥っ!?」
「‥‥‥」
月明かりに照らされた透き通る程の白い肌に長く濡れた白髪が体の前を隠す。
細い腰回りと健康的で少し筋肉のついたスラっとした脚。目に付いてしまう大きなお尻と大きな胸が女性であるとしっかり強調されていた。
そして細く尖った耳を持つ女性からエルフだと認識できた‥‥
「‥‥どうも」
俺は彼女に一応挨拶をするが、彼女の方はただ黙ってこちらを凝視していた。と言うよりもものすごく冷酷な瞳で睨み、無言を貫いていた。
‥‥どうやら俺はこの川に沈められるらしい
そう悟った俺は取り敢えず何もせず、彼女が口を開けるまで待つ事にした‥‥
◊◊◊
「‥‥それで何故、男がここにいるのかしら?私、防護魔法で魔獣一匹たりとも見逃す事はまずないのだけれど?」
数秒の無言の後、彼女は両手で前を隠し恥じらうように声を出して水の中へと体を沈める。
俺からしてみれば数分の時間にも思える感覚で美しい身体に見惚れてしまっていた。けれど彼女の視線はゴミを見るかの様にとても冷たかった。
「‥‥‥すみません。隠密魔法を唱えてから解除していなかった。本当に申し訳ないです」
今になって隠密魔法を解除し忘れていた事に気がつくとは‥‥タイミングもタイミングだが‥‥俺が悪いのは明らかだな‥‥
「そう、では覗きって事で良いのかしら?隠密魔法なんてそう簡単に扱える魔法ではないわ。こう言う時のために習得したのかしら?」
彼女の冷たい視線と感情の籠らない声が俺の心を抉ってゆく‥‥
普通に考えれば隠密魔法なんて一般の生徒が扱える、使用などできない。そもそもこれは暗殺、裏稼業に属していないと滅多に習得できない魔法でもある。
確実に彼女は俺の事を警戒している。覗きをする変態もしくは何かを狙っている裏の者かと‥‥まずは誤解を解かなくては話が進展しないな
「こちらが悪いのは重々承知だが、話を聞いてくれ。たまたま通りかかったら水の音がしたので水浴びをと思ってきたんだ。そしたら先客の君がいたと言うことになる」
苦しい言い訳‥‥ではないのだが、彼女からしてみれば言い訳もいいところだな‥‥ハハ
「そう‥‥けれど隠密魔法なんて物騒な魔法を使えるなんて変ってるわ。それに私の防護魔法は隠密魔法をも捉えられる代物なのだけれど?おかしいわね?」
あれ?さらに不穏な空気になってきたぞ。お互い水に浸かっているが裸なんだよなってことを考えるととてもシュールに思えてしまう‥‥がっ!そうも言ってられん
俺は一体どうしたらいいのだろうか‥‥?ああ、彼女に沈められ‥‥‥
「‥‥‥まあ別に良いわ。私、男なんて信用していないの。男は全員格下の弱き者。現
おっと許してもらえた?のだろうか。俺の事を嫌っていると言うよりも空気のようなどうでも良い存在と思っているエルフの彼女。それに彼女の「男は全員格下」という発言はあながち間違っていないのも事実‥‥
男代表から言わせて貰えばこんな美しいエルフに言われるとは‥‥もう心が折れそうだ。美しい顔立ちに反して毒舌、辛辣、男を格下と思う彼女はとてもクールに映る。
「なぜそこまで男を嫌うんだ?何か理由でも?」
俺は彼女の機嫌を損ねてしまうのを承知で男嫌いの理由を聞いてみる。
すると彼女は眉を顰めて答えのような?回答をする
「私よりも弱いから、それだけよ。それ以外に‥‥無いわ」
呆れた口調で答えてくれた彼女だったが途中数秒の無言があったのを俺は聞き逃さなかった。きっと弱いからという以外にも理由はあるのだろう‥‥あまり深く追及することはやめよう。
空気も少し重くなり、居心地が悪くなってきてこれ以上いたら本当に沈められそうなので、上がることを決意してお先に失礼する事にした。
「そ、それじゃあごゆっくりと‥‥「待ちなさい」‥‥?」
川から上がろうとしたら突然彼女に止められてしまう。
「不思議ね?初めて会うのに貴方と一緒にいると懐かしい感じがするわ。それに貴方からは‥‥精霊のような?気配がするのだけれど。人族よね貴方」
止められてはもう一度川に体を沈めて彼女の話を聞いたのだが‥‥これは‥‥返答次第では面倒事になることは確かだ。無難な返答にしなくては
「ああ、紛れもない人族だ。精霊のような気配?俺はエルフ族ではないので精霊召喚はできないぞ。何かの間違いではないか?あと君の精霊は?」
なんて事のない返答と最後に話の話題を変える質問で乗り切れるだろうか‥‥流石に精霊女帝なんて口が裂けても言えない。四年以上前に精霊女帝ことヴァルネラを召喚した時はエルフ大国で異常事態が発生したとかいうし‥‥
「‥‥隠密魔法を扱える貴方の事だから何か隠しているのは確かね。でも話せないのなら良いわ。それに私の精霊だったかしら?いいわ、教えてあげる‥‥私の精霊は火の精霊序列2位のイフリートよ」
「へ、へーそうなのか。火の精霊か、それも序列2位ってことは最強クラスじゃないか‥‥一年生で最強クラスの精霊と契約しているエルフなんて聞いたことも見た事もなかったけどこうもいたとは‥‥それも最悪な出会い方で」
「そうね、覗きをするような変態の男には手の届かない領域よ。現在の火の精霊王はサラマンダーだけれどイフリートだって負けてはいないわ。それに貴方は知っているかしら‥‥精霊女帝様が復活なされたことを」
次第に彼女のクールな口調から感情が徐々に篭り始め、熱を帯びていった
「四年前に突如として現れ、国の全精霊が混乱した事件。私たちの故郷、世界樹を創造なされた精霊女帝様‥‥。尊くして何千年も崇拝されている伝説の精霊。一体誰が召喚したのか謎に包まれていたけれど、ようやく発覚したの。上層部しか未だ知られていない情報よ。なのにどうしてかしら‥‥貴方といると気が緩んでしまう‥‥意味が分からないわ。もう、私がおかしくなりそう‥‥」
そう言って彼女は立ち上がり岸の方へと歩いていった。月明かりに照らされた彼女の身体はとても美しく‥‥
はい、ガン見してしまいました。俺は重罪を負いました
これで投獄されるのなら本望と男の本能が諦めています‥‥‥
「あ、名前聞くの忘れたな。ま、いいか!」
そして、彼女が去ってすぐのこと突如莫大な魔力の余波が森全体を襲い、俺の身体を駆け抜けた‥‥‥
「————っ!?なんだ、この魔力は?」
俺は嫌な予感がしてすぐに川から上がり、服を急いできたのだった‥‥
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