職員会議


———ある講堂にて大勢の大人が円卓の机を囲むようにして席に座っていた。

その一人一人は凄まじい魔力を秘めており、講堂内全域が緊張感で張り詰めていた。誰もが口を閉じている中、ある一人の女性がこの場の沈黙を破ろうとする。


その沈黙を破る女性とはこの学園都市を統べ、テオドーラ魔法剣士学園の学園長である調停者アルビトの本人だった



「———それでは皆さん、今年もこの時期が訪れました。新年度の最初の職員会議を始めます。勿論、今年の新入生についての報告をお願い致します」


調停者アルビトの最初の発言により緊張感で張り詰めていた講堂に新たな風が通る事となる。神妙な面持ちだった教師達の表情が若干緩まり、そして職員会議が始まった———



そして次々に話題に上がる新入生達の情報。その話題の中心となるのは六幻楼アルターナや王族、姫君と言った言葉が教師陣の間で頻繁に繰り出されていた。話題に尽きないその人物全員がSクラスの特待生であり、新入生とは到底思えぬ程の実力を秘めている異常性。


そして入学試験魔力測定での結果では教師陣を驚愕の渦に巻き込んだ8000台に到達する魔力を持つ者達の出現。そのほとんどが若干18歳という脅威性は教師陣ですらも恐れる才能だった。


「我々教師陣も油断できませんな。数十年に‥‥いいや数百年に一度の天才達がこうも同じ時代に出現するとは‥‥」


円卓を囲む教師陣の内一人。魔族の老男性はヒゲを摩りながら神妙な顔で発言した。その老男性の発言の後を追うようにエルフの女性も資料を片手に口を開く。


「これが偶然‥‥とは信じ難い事です。このまま行けばいずれ彼らは時代の先駆者になる事は間違いないでしょう‥‥」


そう言うエルフの女性の言葉は何処か少し怯えていた。またエルフの女性から発せられた“時代の先駆者”という言葉はこの場にいる教師陣にも同感を誘うものだった。誰もがその言葉に疑問を持たず、誰もが疑いの余地はない事実と認識していたからである。


「世界とは広いと改めて認識させられましたな。我々教師もまた魔法の境地を志す者として精進せねばなりません———‥‥‥ん?これは———」


教師陣の間で騒めきが生じる最中、一人の男性教師がある新入生の資料に目を付けた。その資料に記載されていた“ある新入生の情報に男性教師は疑問を呈す。


「この新入生‥‥魔力測定で1000という過去最低値を叩き出したにも関わらずAクラスとは何かの間違いか‥‥?」


無意識に声を漏らしてしまう程、余りにも低すぎる魔力値。その数値を側から聞いていた教師陣もある意味驚きを隠せなかった。


「何だと‥‥どれほど魔力が無かろうと魔力値の最低は2000が限度。それを更に下回るとはある意味、目が離せないな。一体どんな工作をして入学したんだ?」


教師達の間でまたも疑問が蔓延る。工作や教師達の包囲網を掻い潜り入学したのではないか、という至極真っ当な意見が飛び交う。

そしてその資料を初めに読み進めていた男性教師の疑問はより一層不可解なものに変わっていった


「ほう‥‥何と人族三大貴族のダッチ家を負かしたと‥‥模擬試合とは言え実に興味深い。しかし、一体どの様にして‥‥魔法か?剣技か?」


男性教師は食い付くように何度もその新入生の資料を読み返すが何処にも記載されておらず、あろう事か他の新入生よりも情報が極端に少ないことに気付き始める。


そんな男性教師の態度と表情を見ては次々に資料を片手に目を通す教師陣。学園教師陣の中でも群を抜いての猛者である円卓を囲む彼らの瞳に映し出される。


その資料は魔力測定値1000という極めて低い魔力と三大貴族に勝利したという事実が記載されているだけだった。そして必ず記載されているはずの出生が“不明”と記載されており、そこに視線を置いた教師陣は不審がる。


「この新入生はただのスラム上がりでしょうか‥‥?それとも情報を操作する程の人物‥‥」


「もし、そうだとしたらこのガキを警戒する必要がありそうだ。まあ、俺は前者に賭けるぜ」


そんな一人の教師が口走った事から教師陣の間では前者と後者にそれぞれ別れる。無論圧倒的に多いのは前者であり、後者の意見を鵜呑みにしている教師はこの場に一人も存在していなかった。


教師陣全員が一介の新入生にこれ程の情報操作と隠蔽は不可能と読んでの決断。たった一人の新入生がまぐれ、または運で来たのだろうと誰もがそう思い込んでいた。


「まあこいつに構っている暇なんてねーな。それよりSクラスの化け物共の方を警戒したいぜ。あの年で俺らと同じ領域まで来てんだからな‥‥タクっ」


謎の新入生の話を早々に切り上げSクラス特待生に話題が再び戻る。その後様々な議論を交わした教師陣は席を立ち、円卓を背に出口へと足を進めた。会議は何事もなく終えたかのように見える中、一人だけが席を立たずして円卓に広がる資料の一つに目を細めていた。


そんな“彼女はある一人の資料を眺めながらこう呟く


「———レオン=ジャルディーノ。一体何者でしょうか」


誰もいない講堂に響く麗しい声。その声から発せられた名前を彼女だけは怪しんでいた。杞憂に終わるかもしれない思考を捨てる事が出来ず、彼女は行動に移す。


「少し試してみましょうか‥‥吉と出るか凶と出るか楽しみですね」


最後に呟いた言葉の真意は敵意なのかそれとも逆なのかは彼女にしかわからない事。彼女は資料を片手に席を立ち出口へと向かうのだった。


彼女もそして教師達はまだ気付いていない。資料に記載されている情報自体が偽りである事を。入学試験も学園も“彼にはどうでもよく、ただ仲間を守る為に行動しているに過ぎない。


世界を守る為に一人を犠牲にする英雄と一人を守る為に世界を犠牲にする彼はどちらが正しいのか。


いずれ迫り来る彼の真の力を目の当たりにした瞬間、彼らは戦慄し、そして欲するだろう。


世界の常識も理も全てを無に帰す“頂の魔法”という存在を———


そして世界がひっくり返る大きな戦渦はもう遠くは無い

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