入学試験 Ⅲ 覇王五剣


———俺達は丁度第1演習場に着いたところだ。公爵家のレオナルド?という奴に絡まれてからそう時間は経っていない。

この第1演習場で一対一の模擬戦闘を行い、名前が呼ばれた者は闘技台にてぶつかり合う。各々の魔法、成熟度、剣術、全てを総合して評価するらしい。


そして俺は現在、観客席に腰を下ろして受験者同士の戦闘を見ていた。俺と年齢の近い者はどの程度なものか?また世界中の18歳はどの程度魔法を扱えるのか、戦えるのか?をこの瞳で観察していた


観客席をほぼ満席にするほどの受験者に見られながらの試験は全員が緊張し体が硬くなるだろう。それを見越してか試験官のお偉いさん方はなんとも良い性格をしている‥‥‥


また他の観客である受験者達は闘技台で火花を散らす二人に白熱していた。

しかし、一方の俺はというと‥‥‥



「———これは、何を見せられているんだっ?」



あり得ない‥‥いいや、これが普通なのだろう。彼らの扱う魔法の威力も精度も低すぎる。そして剣術、剣技なんて子供のチャンバラのようだ


これが普通なのか‥‥‥?


これが世界での常識、これが同世代だと‥‥?緩い、緩すぎるぞっ!


彼らの今後の成長に期待したいが、まさかここまでとは‥‥俺と戦ってきた者達がいかに強者だったかがようやく理解できた。学園に入学する前の子供はこれが妥当ということなのだろう。そして俺の同級生であり幼馴染でもあるアザレア。彼女が世界中の同年代の中で圧倒的に格が違う。

またアザレアと同じくマルゲリータ町の同級生達も世界から見れば常識外の存在ということか‥‥



「何を落胆しているの‥‥考えたらすぐに分かるじゃない。貴方は頭のおかしい規格外なのよ?同じ年齢の子達と比べたら可哀想よ」


隣に清く座るファシーノは俺が落胆している理由をズバリ的中してきた。俺の思考が読まれたのか、俺の態度があからさまだったのかはどっちでも良いが、長年側にいる彼女に俺の心情は筒抜けなのかもしれない。


そしていつの間にか顔の赤みが消えており、いつものファシーノに戻っていた


「そうだな‥‥ん?そろそろ俺の番か行ってくるよ」


「ええ、一応手加減してあげてね?」


「ああ、一応な。俺が負けるわけないがファシーノをあのような輩に渡すはずが無い」


「‥‥‥っ!」


‥‥‥そっちの表情も好きだな。年相応の可愛い笑顔をしている。って俺はいつからおっさんになったんだ。俺も18じゃねーか‥‥ファシーノの笑顔を見れたし気分は上々


やることやって帰るとしよう———




「———っ?ようやく来たか庶民。この俺を待たせるなど死刑に処したいところだが、お前には“これで充分だ”!」


いち早く闘技台に待ち構えていたレオナルド。どうやら彼は俺のことが好きなようだ。あの公爵家が待つ程だからな‥‥‥呆れる


「いいかっ?庶民であり、それも魔力値1000の分際で俺に刃向かうなど言語道断!ダッチ家何世代とも渡り継承されてきたこの“刀”で貴様を弄んでやろう‥‥っ。そして彼女をこの俺が貰う。なーに痛いことはしないさ、痛いことはな‥‥ハッハッハッハ!!」


「下卑た笑みでよく吠える。しかし、ランダムで対戦相手は選ばれるはず‥‥偶然にも良すぎるな。さすがは公爵家と言ったところか?その実力にそぐわない金を一体どれだけ積んだのか、滑稽だ」



俺の発言の後、一瞬でレオナルドの雰囲気が変わる。試験官の開始の合図がまだだと言うのにせっかちな奴だ。俺の発言が気に食わないのか頭に血が上り今にでも噴火しそうだな。


顔を真っ赤にしてどうした?



「貴様‥‥っ刀を出せ‥‥!!———おい?なんだその棒切れは?まさかその棒切れで俺に挑むと言うのか?!ハッハッハッハ!とんだ間抜けだよお前は!さすがは庶民だ剣の一本も買えぬとは!貴様を道化として一生飼ってやっても良いぞ?ハッハッハッハ!!」



———棒切れ‥‥棒切れか‥‥確かにどこから見ても棒切れにしか見えないだろうな。レオナルドが腰に置いている煌びやかな装飾が施された刀と比べれば棒切れもいいとこだ


しかしこの棒切れの凄さを知らない哀れなレオナルド。お前は後悔するだろう



「———両者もう済んだろう。そろそろ始めるぞ」


「さっさとしろっ!」 「ああ」


闘志を燃やす二人の間に試験官が割り込んできた。そして頃合いと見て開始の合図をする



「では、初めっ———」



「———死ねぇぇぇえええ!!」



開始の合図と共に正面から斬り掛かってくるレオナルド。先程観戦していた受験者よりは幾分マシだ。それでもマシと言うだけで俺の遥か下


レオナルドは幾千もの斬撃を奮ってくるがそれら全てを難なく避けきる俺は暇でしょうがなかった‥‥‥


「クソ‥‥っ!なぜ当たらない!?」


剣技を全て見切り、避ける俺に対して苛立ちを露わにするレオナルド。余裕の表情が徐々に薄れていき息遣いも荒くなっていく。そして当たらないと理解したのか連撃を一旦やめ後方に距離を取ったレオナルド。


その顔は苦痛と羞恥で歪んでいた


「た、たまたま避けれたからと言っていい気になるなよ!庶民風情が!弄ぶのはやめだ。一撃で貴様を消してやるっ!いいか、庶民?この魔法を、その身を持って受けられる事を光栄に思え‥‥そしてこの魔法を見て恐れ慄け!」


後退したレオナルドは遂に爆発し、怒りをぶつけてきた。感情を制御しきれず少々暴走気味だが‥‥‥鋭い眼光を俺に向けるとレオナルドの足元に魔法陣が浮かび上がった



「———次はその魔法で俺をやると言うのか?一撃とは大博打もいいところだ」


「ハっ!庶民にはまだ早すぎたか!この魔法はとっておきだ‥‥これが人族の真髄たる魔法。何も持たぬ我ら人族が他の種族と対等に渡り繰り広げてきた至高の魔法!」


魔法陣の輝きとともにレオナルドの刀も共鳴し光を帯びてくる。俺はこの魔法を初めて見たが、どうやら知らない魔法をこいつが持っているようだ。少々腑に落ちないが人族の真髄とやらは気になる。俺も人族だがそのような魔法聞いたことはない


周りの観客も騒めき出している事から他の者達は認知しているようだな


「おい、あれって不味くないか?!ダッチ家のレオナルド様が“あの魔法”を使うぞ!」


「嘘だろ?!もう使えるのかよ?!さすがは公爵家の長男。腐ってもその才能は本物って訳か!」


「あの庶民ももうおしまいだな!はぁー本当に一撃で終わらすつもりだよ」



———耳をすませばやはり他の人族は知っている。だとするならば人族は皆が扱えると言うわけか?それでもレオナルドの年齢でその魔法を扱えるという事は、才能はあるのだろうか? まあ、その才能は俺の前では通用しないぞ?



レオナルドの魔力が格段に上り、魔法陣と刀が共鳴し合い最高潮に達する。

そしてレオナルドは鞘にしまった刀をゆっくりと抜き始めた


「———力を貸せ 紅凛喰アラマント


レオナルドがその名を呼ぶと刀から人影のような存在が浮かび上がってきた。精霊のようで少し違う雰囲気を纏う存在。刀から現れた存在は美しい女性の姿をしていた。踊り子のような格好をする女性はレオナルドの背後に周ると、両手を彼の肩に付けた


「ハッハッハッハ!!庶民!これが力の差だ!これが世界だ!これが魔法だ!この歳で“解放”出来たのは俺が天才だからだ!理解したか?!俺とお前とでは格が違う!次元が違う!分かったならさっさとくたばれ! 紅凛喰アラマント 一撃でやるぞ!『了解っ!あまりイジメちゃだめよ?』 」



紅凛喰アラマント という刀?女性?に命令を下すレオナルド。先程の戦闘がなかったかのように威勢を取り戻す。なんとも忙しない奴だ。いっそ清々しいな


「———それが切り札か。俺を失望させるなよ?全力で来いっ」


「ああ!!消し飛べっ上級魔法 炎柱アヴァンザーテ フォーコ!!!!」



———はぁ、上級魔法か‥‥てっきり最上級がくるのかと思ったが期待外れもいいとこだ。仕方ない、見せてやろう‥‥‥



俺はレオナルドが棒切れと侮っていた“刀”を鞘から抜き出す。その鍔のない刀はあの男から奪った物。およそ5年前。エルディートの救出の際、バラトロの幹部であるバッコスと死闘を繰り広げ勝ち取った戦利品。元々はバッコスの所有物だが今は俺が使っている



と、目の前には上級魔法 炎柱アヴァンザーテ フォーコが近づいてきている。この魔法は初めてみるが‥‥なるほど。竜巻のように襲ってくるという訳か、この竜巻は風ではなく炎の渦と。なるほど、食らえば擦り傷は付く‥‥か



「———つまらんっ」


振り上げた刀を振り下ろし、近づいて来る炎の竜巻を躊躇なく斬り伏せる

すると炎の竜巻は縦に真っ二つに割れ、音もなく一瞬で消滅した‥‥‥



「———え?『え?』」



レオナルドと紅凛喰アラマントという女性の二人の腑抜けた声が耳に届く。

闘技場全体は静寂が訪れ、時が止まった錯覚に陥る



「あ、紅凛喰アラマント‥‥魔法を!魔法をしっかり使え!」


静寂に響き渡るレオナルドの焦りの声。紅凛喰アラマントに怒りをぶつけ、現実を逃避している。彼女に怒りをぶつけたからと言ってこの状況が打破される物ではない


そしてレオナルドは気付き観客席中を見渡す。観客席に座る全員が予想だにしない結果と現実をを目の当たりにし、レオナルドを哀れむ目で見つめる。それに気づいたレオナルドは羞恥を駆り立てられ今一度、攻撃を仕掛けようとした



しかし、紅凛喰アラマントの女性は魔法は愚か、何か別の事に気が付いたのか、その全身をガタガタと震わせ恐怖していた‥‥‥


「ど、どうした?!紅凛喰アラマント!なぜ攻撃をしない!?俺のいうことが聞けないのか?!」


『む、無理よ‥‥あれには勝てないわっ‥‥だって、だって!』



体を震わせながらこちらを睨んでくる紅凛喰アラマントの女性。唇を震わせるが声だけは怒気が混じる。俺はレオナルドの元までゆっくりと歩き、一歩一歩確実に奴の元まで近づいていく。


「くっ‥‥くそが!なんなんだよ!?この天才の俺が‥‥!こんな庶民のカスなんかに負けるわけがねーんだよ!!」



体から吐き出した最後の叫びを俺はしっかりと聞いたぞレオナルド


お前にもう活路はない。その自身に満ち溢れた顔を、心を折るのが楽しみでしょうがないんだ。どうだ?庶民に負ける屈辱は?


魔力値1000と侮った俺に負けるその心はまだ折れていないか?


今すぐに後悔させてやる。ファシーノを俺の前でなんと言ったかな?


なあ? 


ははは、今にも泣きそうなツラをしてももう遅い。喧嘩を売る相手を間違えたな


「———レオナルド」


「———ヒィっ!」


体を硬直させるレオナルド。名前を呼べば跳ね上がる面白い奴。そんな彼ももうお終いだ


腰を抜かしたレオナルド目の前まで歩いてきた俺は最大限に殺気を放ちながら刀を握った。そして上段に構えた俺はレオナルド目掛けて振り下ろす————


その間際に紅凛喰アラマントは俺に向かってある事を叫んだ。レオナルドに刀の刃が当たるコンマゼロの世界で彼女は必死に伝えてきた



『———な、なんでそれを貴方が持っているの?!どこでその“お方”を見つけたというの?!その刀は”覇王五剣“の内の一つ!なぜ貴方が————っ!』


しかし、その問いに答える間にレオナルドは気を失ってしまった。そして気を失ったと同時に紅凛喰アラマントも刀に吸い寄せられ戻っていった


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