神の咆哮
『———そっちはどうだ?』
『『はい。殲滅いたしました』』
『そうか、よくやった。すぐに魔族帝国に迎え』
『『———はっ!』』
太陽が徐々に沈んで行き薄暗くなる頃。広大な森の中で響き渡る男性の声。その声の主は仮面を被り、黒いローブに身を包み込むなんとも無気味な容姿をしていた
そんな仮面の男は隣に佇むもう一人の人物に声を掛ける
「———“ファシーノ”魔族帝国の状況はどうなっている?」
「ええ、そうね。なんて説明しようかしら‥‥‥非常によろしくない状況よ。このままでは
ファシーノと呼ばれた仮面を付けた女性は考え込みながら魔族帝国について状況を簡潔に伝えるとそのまま続けて言葉を交わした
「それで、魔族帝国以外の三つの首都は我々で食い止めたみたいだけど‥‥どうするの?———ネ・ロ・さ・ま」
ファシーノは俺に視線を移すとその大きな胸を強調するように腕を組み、甘い声をかけてくる。俺はそんな凄まじい誘惑に心を沈ませ、静寂な森に自身の声を響き渡らせる
「どうする?そんなの決まっているだろう?———奴らを叩きに行くぞっ」
「———もうっ仕方ないわね‥‥‥ついて行くと心に誓ったのだもの。地獄までついていくわよ?」
ファシーノは少し残念そうな表情を見せたがすぐに切り返しキリッとした表情に戻る。そして俺は足元に魔法陣を展開させ転移の準備に入る。もちろん行き先は魔族帝国首都デモナートである
少し離れているファシーノの腰に腕を回し、自身の体に引き寄せた。するとファシーノの顔が一気に真っ赤になり見開いた瞳を俺に向けてくる
「———ちょっと!」
「———行くぞっ」
ファシーノは何か言いたかったようだがそんなのは言わせずに俺は転移を使用し光の中に消えていったのだった———
◊◊◊
———そして場面は魔族帝国に変わり厄災の魔獣が再度復活した頃。皆が絶望している中
「———ハハハハハハっ!貴様らに厄災の魔獣が倒せるものか!
セレスは魔力を莫大に消費した5人の王達を見下ろしていた。この瞬間にも厄災の魔獣ディザストロは傷を癒やし魔力を蓄えている。
セレスの計画がもう目前まで来ていたのだ———
(———そうだ、矮小な者共。その怒りに満ちた瞳を絶望の色に変えてやる。我々の計画はもう誰にも止められない‥‥!)
そしてセレスは今一度厄災の魔獣に視線を移す。その瞳は怒りと憎悪がひしめき合う悪魔のように濁っていた
「さあ厄災の魔獣よっ!お前の真の力をこの世界にとくと味合わせろっ!!」
—————グガアアァァッ!!
「「「———っ!!」」」
大陸が震えるほどの絶叫の様な雄叫び
その雄叫びは空に響き、国境を越え国々へと渡った。大陸中の女、子供は耳を両手で塞ぎ地面に膝をついてゆく。その体はガタガタと震え、怯えていた
男はその雄叫びを全身で捉え、本能が警告を出す。その警告は冒険者、軍人達ですらも同じく絶対に免れない“死” の警告。無論その警告は現在厄災の魔獣と戦い人類の最大戦力である
———
「この魔力の源は万物の根源か‥‥?これではまるであの厄災の魔獣に魔力を沸き与えているではないか‥‥‥一体どういうことだっ」
「そんな事、今はどうでもいい獣王よ。問題はあの厄災が何をしでかすかだ。おい、天族の王。厄災は何をしようとしている?」
「聞き方がなっていませんね魔王‥‥‥まあ、いいでしょう。ここで争っていては我々は全滅してしまいます。それでその質問の答えですが私にもわかりかねます‥‥」
「天族の王がわからぬとなると一体‥‥‥これは少し考えを改めないといけないようだ」
「人族総司令パエーゼの言う通り。我ら精霊とともに生きるエルフでも厄災の魔獣の底がしれない‥‥っ!!」
「「「————っ!!」」」
エルフ族総司令であるディアナが話している途中、突如として光が指していた空に闇が現れ世界が覆われ、そしてついに時が訪れる
厄災の魔獣は魔力を蓄積し終えると、龍である頭を王達がいる魔族帝国へと向けた。そして城を丸呑み出来るほどの大きな口を開き真っ暗な口の中に徐々に光が灯されていく‥‥‥
———そして
一瞬の隙が命取りと判断し攻撃の姿勢をすぐに撤回すると、防御に全魔力を集中させた
「おい、お前等!最大限の防御をしろ!死ぬぞ!」
魔王ルシフェルの荒上げた声に護衛達はすぐに魔障壁を展開する。
それは魔族帝国を呑み込む程の規模を誇り、世界最強の魔障壁である。何十にも重ねられた魔障壁は魔法を決して通すことのない絶対防御‥‥‥
そして厄災の魔獣ディザストロから放たれる光は巨大に膨れ上がり闇を照らし出していく
光の膨張が止まると縮んで行き圧縮され、豆粒ほどの大きさに変わり果てる
その莫大なまでの魔力の圧縮は何を意味するのか?
その矛先がどこへと向けられているのか?それが分からない者はこの場に居合わせていない
———この闇の世界に一点の光。世界に二度目の静寂が訪れる
風も波も大地の音すらない無音の世界。己の心臓の鼓動と血液の流れが奏でる死の音
「「「‥‥‥‥」」」
声も息もできない世界においてただ一つ実行される事
一点の光が線になり、線のなる方向‥‥‥気づいた頃には目の前に差し掛かる死
———それは 神の咆哮である———
「「「———うおおおぉぉぉっ!!!」」」」
一線の光は何十もの魔障壁を破り突き進んでゆく
威力もスピードも衰えずただ一線に目標へと近づいてゆく
そして彼ら
「はは、まさか‥‥‥これ程とはな。魔王であるこの我が死から免れぬとはっ」
「あら、奇遇ね‥‥‥私もです。天族の王であり母であるこの私が世界を民を守れないなんて‥‥」
「貴様等は随分と腑抜けてしまったな。しかし妾も獣たる本能が知らせてきている‥‥」
「申し訳ありません。我が王よ。人族軍の頂点たる私が貴方様をお守りすことはできませんでした‥‥」
「‥‥ごめんなさい。ウンディーネ。貴方との契約は終わりなようね。次の主を見つけてね『ディア‥‥もう貴方ったら‥‥仕方ない子ね』」
—————パリィィィンッ
そして最後の魔障壁が破られ、目を開けられぬほどの絶望という名の光が彼らを、世界を包み込む———
しかし、皆が死を覚悟している中一人笑みを浮かべていた者がいた。その者も当然の如く光に呑まれていくがその笑みを絶やす事はなかった
光が魔族帝国全体を包み込み、音もなく生物は死ぬ
建物も森も川も山も大地の全てが無に帰り、魔族帝国全体を包み込んでいた光はやがて収縮していく‥‥‥
———そしてセレスは厄災の魔獣のそばに”転移”を使用しことの顛末を見ていた
光が収縮した後の光景は想像の斜め上をいきその顔は酷く焦り、全身に恐怖を、現すことのできない怯えを感じていた
———なぜなら
「———なん‥‥だ‥‥と‥‥一体どういうことだっ!?なぜ、なぜ、なぜ“無”に帰らない!ありえぬっ!あの光は確実にこの世界を滅ぼす魔法なはずっ!なぜなのだっ!?」
セレスは混乱し光が収縮していく方向を見るや否やそのあり得ぬ所業に目を、口を大きく開けた
最後の一枚の魔障壁と王達の間に佇むある“2人”の人物の姿を捉える
そのうちの一人の人物に神の咆哮である光が集約されていく‥‥‥
「———お前は‥‥誰だ‥‥?」
セレスは聞こえぬと分かっていてもその怯えた声を漏らす。到底聞き取ることのできぬ距離。しかし、セレスの問いが聞こえたのか、光を収縮させた“黒い者”は口を動かし、こう話すのだった‥‥‥
「———間一髪というべきか。流石にヒヤッとしたな‥‥‥おい、聞こえているぞ?その耳に刻みこめ。俺の名は“ネロ”だ———」
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