魔獣討伐

———それから6時間ほど経ち俺は昼寝をしていた。起きた時に窓の外が夕方になっていた事に気が付く


明らかに寝過ぎてしまった。昼寝に数時間も使うのは1日を無駄にしている


すぐに体を起こし立ち上がる。宿の一階は食堂にもなっているのでそのまま一階に降り、空いているテーブルに座り食事を頼んだ


食事を待っている間に何やら周りがざわめいていることに気づき、その内容が面白そうなので耳を傾ける事にする‥‥‥



「———おい、聞いたか?今回の魔獣の討伐がまだ終わっていないらしいぞ」


「おいおい、マジかよ。いつもなら一時間足らずで終わるっていうのに、軍もギルドも何をやっているんだ」


「いやな、怪我をして戻ってきた奴が言うにはSランク以上の魔獣がいると言う話だぜ」


二人の酒飲み男が物騒に会話している中、最後に話した男が酒を口から盛大に吹いた


「お、おいおい!まじかよ!ここもやばいんじゃねーのか?!軍は何をしているんだ!」


「それが今年はあれの時期だろ? それで現在この国にいるのがSランクまでしかいないんだよ。それで今なんとか防衛しているらしい。それでもSランクの軍人が何人もやられて現場は今やばい状況らしい」


「おい、こんな浮かれて飲んでる場合じゃないだろう!」


「そこは大丈夫だろう。なんたって俺たちの国にはある”組織が蔓延っていると言う噂だぜ?」


「———なんだそれは?」


男の話がなんだか別な方向に行こうとしている‥‥‥と言うかその組織について俺も知りたいのだが早く喋ってくれ。俺はその組織について少し、ほんの少しだけ心当たりがある


ああ、あり過ぎるぞ



「‥‥それはな2年くらい前か?あの惨劇を知っているだろう?」


「ああ、黒い壁が大地と空を隔て、山脈の一部を二つに分けたとか言う奴だろう?そしてその最も被害が多かったのが“元マイアーレ公爵”の屋敷。そこでは大量の酷い死体が連なり庭には血の海ができたとか‥‥軍が組織と対立したときに女王陛下が使った魔法の産物だろう?あの時は朝から話題に上がってたもんな、みんなして見に行ったわな。それとその組織とやらが何が関係しているんだ?」


男の話は至極的を射ている。しかし、酒を片手に持つもう一人の男は口元をニヤリと笑い小声で呟いた


「———それはな、嘘だっ。本当は組織と組織の衝突で生き残った組織の親玉が使用した魔法らしい。軍はただ被害を最小限に留めるために魔障壁を貼っていただけだったとか。そしてその生き残った組織は今もこの国の何処かに潜んでいるって言う噂だ」


「おいおい冗談よせよ。そんなありえねーだろ‥‥」


男は笑って半ば信じようとはしなかったが、もう一人の男の顔があまりにも冗談を言っているようには感じず笑っていた顔をすぐに戻す羽目になる


「‥‥マジなのかそれ」


「ああ、だからこの国にいる以上はそいつらがなんとかしてくれるだろう」



———なんとも投げやりだなその組織は随分とお人好しなのだろう


って俺らのことじゃないのか?


買いかぶりも良いとこだな。まさかそこまで情報が入っていたとは2年半も経てば色々と情報がまわるのか‥‥そういえば俺ももう16の歳だな。


マイアーレの一件から2年以上も経過しているのか‥‥‥



そんなこんなで聞き耳を立てていると丁度そのとき料理が到着したのでナイフとフォークを手に持ち口に運ぼうとした


『———久しぶりね。少し良いかしら』


すると突然頭の中に声が響き口元に運んだ料理を皿に戻した。どうやら念話をしてきた人物がいたらしい。それにこの声質は懐かしいな‥‥‥


『どうした”ファシーノ”。俺はこれから用事がある』


『用事‥‥用事ね。その用事が予想できてしまう自分が怖いわ。私からは魔獣の大群についての事だったのだけれど‥‥心配いらないみたいね』


『ああ、心配しなくていいぞ。用事と言っても少し外に出て新鮮な空気を吸いに出かけるだけだ』


ああ、そうだ。少し外に出かけるだけだ。小一時間ぐらいな


『新鮮な空気ね、さぞかし自然に溢れている空気だと良いわね。それじゃあ、また連絡するわ』


そこで糸が切れたように念話が切れ、頭の中から声が消えた。念話が終わると先程噂をしていた男達に手を付けていない料理を渡す。「にいちゃん、あんがとよ!」と言われ軽く会釈して宿を出る。


向かう先は東の森付近。魔獣の大群を留めている拠点に向かう。マスクは常時持ち歩いているので着用していく



———その後、街を出て森を最速で駆けること数分。普通なら一時間ほどかかる距離だが、俺には関係ない


国から離れて行くにつれて魔獣の死体が増えて行く。この付近は小さな町がないから良いが、町が進行方向にあったならば壊滅的だったろう


そんなこんなで前方から音が聞こえてきた。剣がぶつかる音、魔法による爆発の音が盛大に森に響き渡る


「さて、一体どんな魔獣なのやら。噂によるとSランク以上の魔獣だとか‥‥てか、Sランク魔獣が最高じゃないのか?S以上の魔獣なんて聞いた事ないぞ」


木のてっぺんに飛び乗り周辺を見渡す。すると一つの一帯に巨大な岩の様なものが動いており、軍や冒険者が必死に戦闘を繰り広げていた


「———あれはなんと言う魔獣だ?」


そこには20mはある巨大な甲羅のような鎧に脚、腕、頭が生えており、重量感がとんでもない魔獣だ。夕方から夜になる時間帯でもそのデカさははっきりとわかる。緑色のあの巨大な甲羅が剣や魔法を防いでいる。難攻不落の動く要塞とでも言おうか


「あの身体を守る甲羅?鎧が厄介なのか。S以上ねえ‥‥‥まあ、あとで調べよう詳しくわからん!」


俺は木のてっぺんでその動く要塞をどうするか考えていた。視線を固定して解決策を模索して、その時を待っていた



◊◊◊



「———っ!なんて硬い鎧をしているっ!このままでは太刀打ちできない‥‥どうすればあの鎧を斬れる?!」



———私はこの巨大な魔獣と数時間は対峙していたが一向に傷一つすら付けれていない。この名刀、”紅一文字”でさえ斬ることのできない強固な鎧。この魔獣は動きが鈍く隙だらけだがこの鎧で何もできていない‥‥‥


私の紅一文字で斬れない物は今までになかったはずが、この魔獣に対しては押し負けてしまうっ


「”ヴィオラ”さん!一度退いて立て直しましょう!」


「いいや!私はまだやれる!先に退いて!」


軍に立て直しの合図を叫ばれるが私は気にせずこの化け物と対峙する。ここで退いてしまってはこの化け物は国にまで直進するだろう。それはなんとしても避けなければならない


「またしてもここで‥‥っ!私はっ‥‥‥」


目の前の巨大な魔獣は、甲羅の中から頭を出すとその大きな口を次第に開いて行く。それはまるで口から何かを吐き出すような姿‥‥‥


次第に口が蒼く輝き出し周囲の魔力が集約されていく


「———これはまずいっ!そこの道を避けろ!!魔力の咆哮が来るぞ!!」


私は起こり得る現象を察して後退した者たちに向かって叫んだ

しかし、その声は彼らに届く事はなかった


軍と怪我を負う冒険者の方角目掛けて化け物は今にでも集約された魔力を放出しようとする‥‥‥


「———っく!間に合わない!」


そして化け物が魔力の咆哮を放出しようとさらに口を大きく開けた‥‥‥



———夜月



その時どこからか男性の声が響くと目の前の化け物は口が閉ざされ魔力の咆哮が止まる‥‥‥


化け物はそこで長い頭を急にダラリと地面に下げ、一切動かなくなる。次第に頭から背中の甲羅に掛けて一線の血が吹き漏れた。金剛のような強固な身体がまるでケーキを切るように二つに割れる


「———え?何が‥‥起こったの?それにこの魔力は‥‥」


私は目の前で起きた予想外の事象に混乱してしまった。あの強固な鎧をいとも簡単に斬られた光景が頭から離れない‥‥‥そしてこの感じ取れる魔力はどこか知っているような気がした



「———どこ?」



———辺りを見渡してもこの現象を起こした本人の姿は見当たらず化け物の死体が転がっているだけ


そんな時、一度後退していた軍が増援を連れて再度やってくる


「ヴィオラさん!だいじょうぶ‥‥で‥‥す‥‥かっ」


「これは‥‥なんと」


「すごい‥‥」


「たった一人で‥‥」


———軍達が見ている光景は真二つに裂けた化け物の死体とそこに佇む深紅の女性。誰がどう見てもこの化け物を倒したのが目の前の女性であると思うだろう


その光景に軍と冒険者は皆歓喜し、騒ぎ立てる


数時間以上も続いた防衛がようやく終わりを迎えることができたことにより全身が脱力していく戦士達。この終わりを告げた要因の女性に異性も同性も目を奪われていた


男はヴィオラに熱い眼差しと想いを寄せ、同性は憧れを抱く


「‥‥‥違う、これは私じゃない」


否定をするヴィオラだが皆の耳には決して届かずこの奇跡の光景を祈るように見納めていた。英雄の誕生の如く、皆の瞳には一人の女性しか映らない


「私じゃないのに‥‥」


ヴィオラは説得を断念し、この現状を受け入れようと必死に自分に言い聞かせた。そしてこの現象を引き起こした謎の男性を、声を頼りに探し求める

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