決着

———新たな魔法を唱えた途端、彼女の渾身の蹴りが空を斬る


「———え?!どこ!!」


攻撃したはずの脚は空振りし、目の前の俺を凝視する


しかし俺の姿は霧のように消えていった


「———残像?!」


すると彼女の周りを埋め尽くすように深い霧で包まれていく


「‥‥そこっ!」


霧の中で俺の姿や気配をとらえるが攻撃は一向に空を斬るのみ

エリーは次第に方向感も失い、残像の俺を何度も攻撃する


深い霧で辺り一面の視界が悪くなり、エリーの白黒の世界が仇となる


「一体何処にいるの!」


「ここだ‥‥」


突然、エリーの背後から声が聞こえ、必死に振り返ろうとするが


「———カハァッ!」


俺は振り向いたエリーのお腹に拳を撃ち込んだ


「‥‥なん‥‥でっ‥‥」


撃ち込まれた拳は急所を貫き、エリーは俺に寄り掛かるように体の力が抜けて倒れる


「すまない‥‥こうするしかなかった」


エリーに謝罪をする。そしてエリーは遠のいていく意識の中、誰に向けてか知らないが言葉を投げかけた


「ごめんなさいぃ‥‥」


レオンの膝の上にポタポタと彼女の涙が落ちる


大粒の涙を瞳に宿し、目元が赤くなっている


彼女の顔を覗いた俺は胸を掻き毟りたい衝動に駆られてしまう


俺の望む世界は誰も悲しまず暮らせる事

彼女の人生は誰かが決めて良いものではないっ‥‥‥


そこで俺は決心する——————彼女を‥‥エリーを救うと


今まで一度も助けられたことのない彼女


自身を助けてくれる存在に出会うことがなかった彼女


そんな彼女にある言葉を告げた


彼女の耳元で優しく‥‥


「安心しろ‥‥“必ず救ってやる”」


予想もしない言葉が耳に届く。涙で目元が真っ赤な彼女は少しだけ目の色を変えた。意識が切れる手前、彼女は絞り出すように喉から声を出す‥‥


「‥‥ありが‥‥と‥‥」


その言葉を最後に彼女は意識を失い眠りについた



◊◊◊



彼女が意識を失うのと共に闘技台の霧もゆっくりと晴れていく


「———どっちが勝った?!」


女王ストレニアはこの霧が晴れるまで席を立ち、待ち構えていた


そして霧が完全に晴れる


闘技場中の観客がただ一点を見つめている


全員の目に映ったのは気絶しているエリーの姿‥‥


とエリーを支えている少年のような人物だった———



「———しょっ、勝者はっローネ選手ぅぅぅぅ!!」


レオンことローネの勝利宣言が闘技場中に鳴り響く


「「「うおおぉおぉぉおおぉ!!!」」」


そして静寂からの嵐のような歓声が埋め尽くした


「「エリ-!!よく頑張ったよ‥‥!!」」


「「ちびっ!!お前すげーよー!!!」」


「「何つー戦いだっチビ!!」」


「「痺れたぜっ!!」」


相変わらずとんでもない声量だな‥‥それよりも医務室に運んでやらないとな


未だに、エリーを抱きかかえている姿のままなので少し視線が気になる


数分すると担架を持った係が来て、エリーを担架に載せて去っていった


「———さて、俺も戻るかな」


闘技台を降りると同時にアナウンスが響き渡った


「———さて、今回の第四試合は胸が高鳴り興奮した者がたくさんいたでしょう!私も先ほどの戦いは興奮しっぱなしでした!今でも心臓がバクついています!それでは最終試合の時間ですが今から一時間後に開始したいと思います! リコリス王女とローネ選手はそれまで準備をしていてください」


そういえば次が最後の試合だったか。時間は一時間後と、


それまでファシーノ達のとこへと戻るか‥‥いろいろと話しておかなければなりそうだしな


俺は医務室のエリーが気になり見に行こうとしたが、医務室の前にはたくさんの娼婦らしき人物達で埋め尽くされていた為に断念した‥‥



◊◊◊



時同じく、貴賓室では先ほどの試合を観戦していた二人の女性が苛立っていた


「まさかあの状況で逆転してしまうとは‥‥あの少年は何なのだ‥‥」


女王ストレニアは玉座に座り、先程の魔法が何なのか理解できずににいた


エリーの最上級魔法での攻撃をどうやって出し抜いたのか‥‥


今まで獣武祭であらゆる魔法を見てきたがどれにも当て嵌まらない‥‥


いきなり魔法陣から霧が噴出し闘技台を埋め尽くしたまでは見ていた。しかし問題なのはその後。霧が晴れたと思えば、圧倒していたエリーが少年にもたれ掛かり気絶していた


「‥‥霧の中で何かが起こったに違いない‥‥が視界を奪われただけなら匂いや気配で分かるはず、なのにエリーの敗北とは‥‥」


深く考え込んでいると独り言を言ってしまうのが女王の癖だ


その女王の独り言をリコリスは立ったまま聞いていた


「お母様。問題ありません。霧の中であろうが私には通用しません」


リコリスは考え込んでいる母親に言葉をかける


しかし返事は返ってこない。考え込んだ矢先に返ってきた言葉が


「リコリス。気をつけろ。例えお前でも出し抜かれるぞ」


女王は真剣な面持ちでリコリスに話す。


そしてリコリスは不思議に思う。普段の女王ならそのようなマイナス思考は絶対にしなかったと。それは家族の前でさえも同じ事だった。 


しかし今の女王は何かに怯えているように見えた。 


こんな女王は‥‥「お母様は生まれて初めて見にした」


リコリスは例え話してくれなくてもいいと思い、踏み込んで女王に話しかけた


「お母様。何を酷く怯えているのですが?」


「‥‥っ!」


リコリスの思わぬ発言に虚を疲れた女王 

娘に指摘されるまで怯えた表情だとは気づいていなかった


「す、すまぬ。そこまで怯えていたのか‥‥妾も歳が廻ったのかな‥‥」


「そんなことはありません。お母様はいつでもお美しいです。ただ、今日のお母様は酷い顔をしています。何かあったのですか?」


女王は悩んでいた、娘に本当のことを言っても良いのかと


まだ18歳の学園に通う子供。学園では常にトップを独走し年上でさえも圧倒する力。 


数年後は軍に就くかお嫁に行くか分からない年頃


しかし、ここで隠していてもいつかバレるだろうと考え切り出した


女王はリコリスに他言無用、並びに機密事項という事を伝え、ここ半年での各国の事件を話した———


「そ、そのような事が‥‥それではまるで『あの少年』がその人物という事ですか? 」


リコリスは女王からこれまでの事件を聞いて不思議に思う


その説明では先ほどまで戦闘していた少年がその人物ではないかと、当てはまり過ぎているのでは無いかと 


しかし女王は確信を持てずに悩んでいた


「しかしあの少年がその人物である証拠がない。それにたまたま強い者がこれまで現れなかったと言うだけかも知れん」


「‥‥それを確かめるのが私ですね?」


女王は遠回しに確かめて来いとリコリスに求めるとリコリスも意図を察したのか清く承諾する


「お母様。もしも私が敗北したならどうするおつもりで? 」


「さあ‥‥どうしてくれようか」


女王は頬杖を付き、笑みを浮かべたまま観客を見渡す


「その時はその時だ‥‥」


貴賓室では不穏な空気が流れ、次の最終戦まで静かに見守っていた

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