瞳の奥


「———ねえ!お父様!私、将来はお父様の商会を継ぐわ!もっともっと大きくするの!」


「———おっほっほ。”エリー”は可愛いのぉ。ああ、そうかそうかもっと大きくしてしまっては大変だな!ほっほっほ」


エリーという少女とその父親が仲むつましい会話をしている

大きな屋敷の庭でランチを食べながら‥‥


すると視界がどんどん暗くなりやがて闇に覆われた


「———!ハァ‥‥ハァ‥‥夢‥‥」


ここは娼婦専用の宿の最上階。


して”彼女”はベッドの上にいた


「また同じ夢‥‥明日は獣武祭だというのに。なんだか眠れない‥‥」


彼女こと娼婦街の最高級娼婦である”花魁エリー”は眠れずにいた


昨日の夜のことが原因だと予想はつく


(昨日、不思議な人が屋上に佇んでいたけれど何をしていたのかしら‥‥)



———私は昨日の記憶を遡り始めた


夜、いつもと同じように衣服を見に纏い、化粧をして男達を呼ぶ

ここの娼館は娼婦街で最高級クラス。獣人の綺麗な子が沢山ここで働いている


下は13歳から現場に出るとても過酷なお仕事。けれどその分、莫大な額の給金が渡される。その額を目当てに自ら娼婦になる子もいる。


無論、そうではない娼婦も沢山働いている


売られた子、身寄りがなく娼館に引き取られた子と様々な事情が入り乱れている


皆は笑顔で客引きをするけど、仮面の内側は汚れきった顔


絶対に誰にも見られてはいけない素顔‥‥


私はいつも娼館の最上階の窓から下を見下ろし客引きをする


私は自分の容姿に自信がある。自分で容姿を確認するがとても綺麗で美人 


出ているとこはしっかりと出ているこの憎き身体‥‥‥


そして獣人でも珍しい黒豹の一族


ほとんどの男は私を一眼観れば鼻の下を伸ばし、嘘で固められた笑顔で近づいて来る


———女は鋭い


男の表情は男自信よりも女が知っている 


私の両眼をしっかりと観て来る男などいない。見ていてもそれは私自身を見ている眼ではない事はすぐに判る


私の脚と腰と胸、身体にしか興味がない


何千何万と同じ視線を向けられて来たことで男が何を考えているか把握できるようになってしまった‥‥


私はここに来て7年。13歳の時に連れて来られ毎日のように奉仕している


週末は休みを貰えるけど、この容姿のため中々外へは出歩けない


スカーフを巻き顔を隠さなければならない。それでも気付かれる‥‥肩身が狭い気持ちになる‥‥


———私はただ自由になりたかった———


素顔を隠さず自由に出歩き、自由に笑いたい


いつも変わらないこの瞳に色を宿したい‥‥


そう胸に思い夜空を見上げる


すると途中に人影が視界に入る


目の前の娼館の屋上に何故か人が立っていた


こんな月明かりの下で何をしているの?


(‥‥男?体格は少し子供‥‥でもなんでこんなとこに‥‥しかも屋上なんて)


そんな彼に視線を向けていると彼もこちらに気づき視線を向けてきた


「‥‥‥っ」


視線が交差した。しかしすぐにこちらから逸らしてしまう


何故だかたった数秒ほどの交わりが数分ほどの長い時間に感じ取れる


(視線が重なった?私の目を見ていた?あの視線は私自身を見ていた‥‥)


———久しぶりだった。男の人が私自身を見る目‥‥『あの時』以来


間違いない、身体ではない‥‥瞳の奥の私自身を見ていた‥‥


子供だから?いいえ子供だからとか関係ない


ただ嬉しかった。久しぶりに新鮮な気持ちを味わえた‥‥


———でも私はここの娼婦街の”花魁”っ


他の娼婦のトップに立つ存在


とても綺麗な貴方とは笑顔で話せない‥‥


この汚れに塗れた身体では貴方を汚してしまいそう‥‥


久しく忘れていた思い出を読み替えさせてくれた視線


私自身を見てくれた不思議な人‥‥


私は彼に精一杯微笑んだ。私にはこれくらいしかできないと伝えるために‥‥


彼からしたらおかしな人だと思われても当然


でもちゃんと笑顔をつくれたかしら‥‥


彼について惚けていると娼婦の女の子ドルペが駆け足で呼びに来た


「ああ!ここにいましたか!いつもの『あの人』がお待ちです。下で待っ——」


「———おおぉ!ここに居たか!ささ、早うこっちに来い!」


ドルぺが呼びに来たところで、いつものあの『男』が割り込んできた


「ちょっとお客さん!ここは立ち入り禁止ですのに‥‥」


「黙れ!小娘!このワシがどれだけここに金を入れていると思っている?!引っ込んでいろ!」


「クッ‥‥」


男はドルぺを怒鳴り込むが何も言い返せずにいる


そして私に薄汚れた笑顔で近寄り、強引に私の手を取り連れて行く


(ああ。今日も始まるのね‥‥また同じ日々‥‥)


男に手を無理やり取られながら歩き窓から離れて行く


(あの彼はこの光景をどう捉えているのかしら‥‥)


私は彼にこのような姿を見られたくはないと密かに思っていた


最後にまた私の瞳を見て欲しい 


そう願い、彼の方に振り向く


———ふふ


やはり見てくれていたっ


まだ子供でも力強い眼差し‥‥


私も彼のような強い瞳だったならまた変われたのかもしれない‥‥


でももう手遅れ


ここまで落ちてしまっては後戻りできない‥‥


私は強引に手を引かれて窓から姿を消す

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