いつかまた会おう
行平かのん
第1話
あの時の私は、まだ口約束ってものを知らなかった。
まだ幼稚園生だった私の両手を掴み、小学四年生の兄はいつか買ってあげるよと言って、私のケーキを食べてしまった。
約束が守ってもらえることはなかった。
兄はインドへ出張に行った際、テロに巻き込まれて死んだからだ。遺体と一緒に私へ届けられたのは、いつかのお菓子よりもずっと高いブランドのバックだった。テロだったから、最後の言葉とか、遺書とか、そういうものは全く残っていなかった。遺体は無残なまでに崩れ、整っていた兄の外見は姿を消していた。
突然のことに呆然としているうちに、葬式があり、兄の遺骨はお墓に収まった。葬式の際、兄の婚約者が遺影にすがりついて泣いていたのが、私の記憶の中で色濃く残っていた。
母と父は親戚に挨拶回りをし、同情の言葉に笑ってお礼を言っていた。自分の息子を亡くした時でさえ、笑みを浮かべなくてはいけない文化を、私はその時初めて呪った。毎晩遺影の前で泣き崩れていた母、疲れて帰ってきては兄が座っていた席に向かって話しかけながら酒を煽る父。部活から帰ってきて一言も話さずに部屋にこもる一つ上の兄。元には戻れない形にまで崩れてしまった家族の在り方に、私は疑問を覚えていた。たった一人の人間を失ったことでここまで崩れてしまうもろさに、わずかな怒りを覚えていた。
家族の絆なんて所詮あてにならないものなのではないか。
そう思ってしまった日を境に、私は人を信じられなくなった。
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