第一章 黒きAP

 眼前に灰色の大地が広がっていた。それは彼方で緩やかな丸みを帯び、さらに向こうには何者をも歓迎することのない虚空の宇宙が無限に続いている。大小さまざまな形をした丸い陥没に沿うように、方形の建造物が草木の根のように張り巡らされていた。

 心底気分が悪い。ベスト・グレンシュティムは天を仰いだ。


「LF-02、発進を許可する。わかっているだろうが対象以外の兵器は逐次抹消せよ、暴れてこい」


「了解」


 感情のこもらない敬礼が画面に映る。こんな忠誠心も野心もない、ぬけがらみたいな奴らが、今後は主戦力らしい。気に入らないとばかりにため息を一つし、続けた。


「結構なことだ。地球の奴らにもよろしく伝えてくれよ、


 刹那、画面がノイズで覆われる。同時に耳をつんざく轟音。予定通り、地球周回軌道に乗ったようだ。

 途端に手持ち無沙汰に陥ると、戦闘配備で照明の落とされた司令部内を見やる。どれも生気のない、大佐と同じ白髪を生やした人形みたいな連中だった。

 暗がりだった司令部ににわかに電気が灯る。


「グレンシュティム少尉。どちらに」


 呼び止める白装束の声に、ベストは何百回呟いたかわからない言葉を述べる。


「どこだっていいだろ」


 手早く暇を告げると、基地内をなんとなしにぶらつく。目を合わせてくる者たちも全員白髪に死んだ人間のような目。薄気味の悪い空間だった。


「戦争で生んだのがこんな人形だけか」


 地球を一つになんて大仰なことをおっしゃる割には、月の安全保障はないということなのか。こんなことなら、家なぞ出てくるものではなかったろうと、ベストは自嘲する。ポケットに手を突っ込み歩き続け、なぜかいつもたどり着くのはAPハンガー。作業の音や機器の喧騒が、少しは活気のある月の街並みをベストに思い起こさせてくれた。

 元が農工業用の重機だったなど、誰が想像するだろう。それがいつしか核戦争の時代を生き延びるため、戦車に代わる新しい軍用車両として台頭してきた。大企業GHIの圧倒的な量産体制も相まって、「核弾頭よりAP一機の方が安上がり」などというスラングは生まれて久しい。

 だがそれでも、眼前の黒い巨人には、憎悪の念を抱かずにはいられない。兵士たちが愛着を持って接し、背中を預ける相棒のような金属の暖かさがそれにはなかった。あるのは文字通り人間を食い物にして成長する、人間が生み出した人喰いの怪物という冷たさ。ところどころの装甲が外され、無骨な生命循環装置が露出するAPを一瞥し、ベストはこう呟く。


「なあ。お前これから何人殺すんだろうな?」


        * * *


 ほのかに吐き出した紫煙が鼻腔をくすぐった。南方は軍律にまみれた他方面と異なり、さながら自由を謳歌できる補償がなされているものの、フィーナの瞳に映る男は戦績が芳しくなければ厄介払いされてしかるべきだろう。


「……なかなか面白そうじゃないか」


「ウィリー、手のかかる奴が一人増えたんだぞ。ありゃ子守りが大変になるやつだ」


 視線を移すと、何やら喧騒が耳に入ってくる。炎天下の日向で火花を散らしているのは言わずと知れた幼年大将と、半ば期待外れの新入り二名だった。どうやらAP一機の受領にも、並々ならぬこだわりを捨てきれていないらしい。

 ははは、と隣の男は笑う。ふかしていた煙草の煙が揺れた。


「まぁ、どこまで行けるかはわからんけどな。あいつにかかってる期待はでかいのさ」


「珍しいな、お前がそんな肩入れするとは」


「俺じゃあない。准将閣下のな」


 そう言って白い歯を見せて笑いかけた。相変わらず、そんな大人たちの会話の聞こえないところでは、幌の張られた輸送車に横たわる巨人とじゃれつく二人が周囲の注目と笑いを誘っている。

 ふうん。准将の、ね。不思議なこともあるものだと頭を掻き、フィーナ・ミオンは炎天下の茶番を呆れ顔で見つめていた。

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El せいばー @Saber401

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