第46話 私は同じ事をしないように

 コトコは気がついた。


 女子トイレで誰かが泣いている。


 うすうす誰であるかはわかりつつ、そっとその場を離れる。きっとコトコに見られるのはあの子のプライドが許さないに違いない。


 珍しくお局様にしかられたもんね……。


 気持ちはわかるが、今まで自分を軽んじて来た河井さんを慰める気は起きなかった。ロッカー室には誰もいなくて、お局様達は定時でさっさと上がったようだった。


 誰かがいれば何かしら会話しなくてはならないから、コトコは無人のロッカー室にほっとした。もしかしたら、あの子も一人でロッカー室を使いたいかもしれない。


 そう思ったコトコは急いで荷物をまとめると、コートを羽織り、上履きを履き替えてドアに向かう。


「あ」


 ちょうど、泣きはらして目元を赤くした河井さんが入ってきた。


 正面から目があって、さすがのコトコも何か言わねばと頭を捻る。


 結局、コトコのプライドが折れ、慰めの言葉が口をついてでた。


「大丈夫? ○○さんには、私もよく怒られるから——気にしない方がいいよ」


 珍しくコトコが話しかけたせいか、それとも落ち込んでいた所を慰められたせいか——。


「あ、ありがとうございます」


 戸惑いながらも感謝の言葉が返ってきた。


 そして、コトコの方もぱあっと心が晴れたのだった。




 コトコは職場の空気がやや変わって来たのを感じた。


 例の一件から、標的がコトコから河井さんに向かってしまったようだった。コトコとしては胸を撫で下ろしたい気持ちであったが、彼女にしたらそういう気分ではないだろうとも思う。


 あの底なし沼に落ちてもがき続けるような日々は、本当に辛かった。


 なのに。


 なのに一転、自分が標的でないだけでこんなにもよく眠れたり、仕事のことを考えずに済む日々が来るなんて。


 ——…………。


 明日、河井さんに声をかけよう。


 ただ一言、おはよう、と。




 つづく

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