AI(愛)する人
トシヒコ
第1話 初めまして
日本の総人口中8割の高齢化が進む中、年金給付開始年齢は75歳に引き上げられ、介護保険制度も最早、破綻を迎えつつあった。結果、貧困高齢者層は膨れ上がり、それに対し高齢者を支えるべき若年齢層は異常なまでに不足していた。それを踏まえて政府が検討していた介護用ロボットの導入も、予算が膨大に膨れ上がり断念せざるを得ない状態となっていた。 そんな状況を救うべく、ある法人組織が一石を投じた。 それは“自己進展型介助AI機器”の開発であった。
㈱Pソニックと㈱四菱電工の技術提携を架け橋し、ようやく試作段階へ漕ぎ着けていた。実用性、安全性を含めモニタリング試験を行うべく、無作為選出した65歳~79歳の男女100名にその“介助AI機器”が送り届けられることとなった。
ある朝、65歳の尚子の元にも…
淡い初夏の朝の日差しの中、尚子が庭の畑の野菜を収穫している…赤く色付いたトマトである。 それを片手に抱えたカゴに二つ入れ、もう一つをもぎ取るとガブリとかじった。出来が良かったのか尚子はニッコリと微笑んだ。
降り注ぐ日差しが何かに遮られ、それに気付いた尚子は空を見上げた。
そこには小包を抱えたドローンがホバーリングしていた。 そして機体下に装備された超指向性スピーカーから、尚子に向け声が発せられた。
『毎度ありがとうございます。瞳孔認証しました…本条尚子様、お届け物です。お受取りには3回まばたきをお願い致します』 尚子が思わずパチクリまばたきすると、ドローンは地面にそっと小包を置き…
『ありがとうございました』と言い残し、小さな点になるまで上昇し飛び去った。
「何かしらね〜」呟きながら小包を手に取った尚子は、数日前に届いた通知のハガキの事をじんわりと思い出していた。
尚子はトマトを入れたカゴを小包の上に乗せキッチンに置くと、冷蔵庫に磁石で貼り付けたハガキを覗き込むように見た。
《介助AI機器モニタリング当選のご案内》
当社が、この程新規開発致しました、介助AI機器のモニタリングに、ご当選された事をご案内申し上げます。
この機器は補聴器やイヤホンと同じく、耳への簡単な装着のみでご使用頂けます。 尚、ご使用状況などの情報をインターネット通信により、当社が収集する事をご了承頂く必要があります。これは機器を送付致しました際、お受け取りになられた事で同意頂いたとみなしますので、ご注意下さい。
お問い合わせは、下記のフリーダイヤル、又はQRコードより当社研究開発部までお願い申し上げます。
「あら…受け取っちゃったわね…」
「ま、少し面白そうだし使ってみようかしら」
尚子は、送られて来た段ボールケースの封印のテープを外すとフタを開いた。
中には透明なビニール袋に包まれた、
開けたケースのフタの裏に
【装着して頂くと起動します】
と書かれている。
尚子は頭を傾け、耳に掛かった髪をよけるように右用の機器を耳の穴に差し込んでみた。
数秒後、中性的な声が尚子の耳に響いてきた。
『初めまして…この度は当社の製品モニタリングにご協力、誠に有難うございます…音量はいかがですか?』 と聞いてきた。
「初めまして〜、宜しくお願いしますね。音量は丁度良いですよ〜」 尚子は答えた。
『はい…こちらこそ宜しくお願い致します。お取扱いについての説明書はございませんので、直接口頭にて質問して下さい』AI機器は淡々と返した。
「えっと…これ、両方の耳に着けるのには何か意味があるの?」尚子が質問すると
『はい、故障などの際のサブ的な意味もありますが、周囲の音を取り込み最適化しているので、着けていない時よりも音が立体的に聞こえます。貴女には、その音がどこから聞こえているかが、まるで見えているかのように感じる筈です』と答えが返ってきた。
「なるほどね~、音楽を聴く時のイヤホンみたいなものね…こんなに小さいのに意外と性能は良いのね~」
尚子は機器を両耳とも装着してみて、耳が塞がれているという違和感が無いかを顔の前で手を打って確認した。するとその音は、波打つ音紋となって部屋中に反響し、その交差した音紋はキッチンの蛇口に顔を出している水を震わせシンクに落とした。ポチャ~ン♪その瞬間、尚子の頭の中にその方向と距離、水の作り出す王冠と波紋がまるで高速度撮影の画像を見ているかのように、感じて取れた。
『いかがですか?』
「す…凄い」
尚子はシンクの方向を見、ポカンと目を丸くした。
“介助AI機器”をつけた事により、尚子を取り巻く世界が劇的に変わった瞬間だった。
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