第38話 やっと会えたね
二人の結婚から、数年の月日が経った。
利樹はいつまで経っても、まどかに夢中で嫁離れ出来ない男と友人達からバカにされていた。それは彼と不釣り合いな美しい嫁へのやっかみもあるようだった。利樹が結婚をすると報告してその相手を紹介された時、友人は皆なぜか悔しそうな顔を見せた。
「そんな事では子供が生まれたら大変だぞ。女は子供が出来たら、女じゃ無くなるんだから」よくこういう事を言われるが、それなら子供なんか要らないと利樹はずっと思っていた。このまどかを思う彼の気持ちはずっと不変だと自信を持っている。
しかし、ついにその日はやって来てしまったのだった。産婆さんの家の廊下を、利樹は行ったり来たりウロウロしている。時折、床に座ったりするが、どこに居ても居心地が悪いようで、立ち上がり、またウロウロ……、これをずっと繰り返している。
「あー、鬱陶しい!こういう時は、男はなにも出来ないんだから、どしっと構えておくものよ!」利樹の母は彼をたしなめるように言った。
「う、ううう」襖の向こうで、まどかの息む声が聞こえる。その声を聞いて利樹は更に不安になったようだ。
「なあ、母さん、長すぎないか……、なんかあったんじゃ……、まどか、大丈夫かなぁ……」半べそを書いたような顔で母を見る利樹。母は、情けない男だと自分の息子に幻滅する思いであった。
「お前ねぇ、大変なのはまどかちゃんなんだから、生まれてくる子供とまどかちゃんを大黒柱として、どっしりして待ってやりなさい」気合でも入れるかのように利樹の背中を思いっきり一発叩いた。
「い、痛い!!なにするんだよ。でもなぁ……まどかぁ……」こんなことでこの子は本当に父親になれるのかと母は少し心配になってきた。
「おぎゃー」
突然、赤ん坊の声が屋敷の中を響きわたる。元気で健康そうな泣き声。
「やったー!う、生まれたー!」利樹は両腕を振り上げて絶唱した。結構年齢のいった産婆さんがゆっくりと障子を開ける。
「生まれたよ、元気な男の子だよ」彼女が言い終わるより先に、利樹は部屋に飛び込んだ。
「ま、まどか!大丈夫か!?」利樹にとっては、赤ん坊よりもまどかの事が心配のようだった。やはり十月十日、自分のお腹の中で子を育てる母親と、生まれてから父親の自覚が芽生えてくる男との違いであろう。
まどかは、赤ん坊を胸に抱き天使の微笑みを浮かべている。赤ん坊も疲れたのか目を瞑って眠っているようであった。
「か、可愛いいなぁ~、よく頑張ったなぁ~」利樹の視線は、まどかの顔に注がれているようだった。赤ん坊にはまだ興味が無い様子であった。
「パパが可愛いだって、良かったね」まどかは、赤ん坊の頬にそっとキスをした。まだ赤ん坊に少し、嫉妬を感じる利樹。その様子を後ろから見ている母親は呆れてため息をついていた。
「そ、そうだ、名前、名前はどうするかな!男らしい名前がいいかな……、大五郎とか!」こういうセンスは全くない男だった。
「名前はね、私、前から決めていたの……」まどかは、人差し指を赤ん坊の手に重ねる。 赤ん坊は、その指を精一杯の力で握りしめた。「ムツキ……、睦樹くん……」まどかは噛みしめるようにその名前を口にした。
「ムツキ、ムツキか……、コンドウムツキ……、虐められるんじゃないか……その名前……」利樹はなんだか納得しかねる顔でまどかを見た。
「大丈夫よ。この子はね、本当に強い子なんだから……」なんだか、赤ん坊がニヤリと微笑んだような気がした。
「そっ、そうか……、まどかが、そう言うなら……、そうだな!近藤睦樹!いい名前だ!」利樹は、自分を納得させるように何度も、睦樹の名前を連呼した。
その、様子をまどかは優しい瞳で見つめていた。
「ずっと一緒だよ。今度は私がちゃんと、あなたの事を守ってあげるからね」
そして、赤ん坊に向かって微笑みながら呟いた。
「やっと会えたね……、睦樹さん」
外は、二人が出会ったあの日と同じように雨が降っていた。
おしまい
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