第34話 雨の日、あの人に……。

 雨が激しく降っている。


 アスファルトに跳ね返る水しぶきで、傘も全く役に立たない。跳ね返る雨で靴下まで濡れている。こんな雨が降った日は、嫌でも睦樹の事を思い出してしまう。この雨のふり方は、まるで睦樹と初めてあったあの日のようだった。


 まどかは、傘をさしながらあの民家の軒下へと自然に足が向いた。


 あの日と同じように前の見えない道、傘がなく鞄を頭にこの、道を走った事を思い出した。


「あの場所で、あの日……、睦樹さんに……」呟きながら民家に視線を移す。あの日はたしか器械体操部の練習のあと、突然雨が降り出した。いつもであれば鞄の中には折り畳みの傘を入れているのだが、あの日に限って入れ忘れていたのだ。それに気がついたのが部員が全て帰ってしまった後であったので、一緒に傘に入れてもらう事が出来なかった。仕方なく鞄を傘代わりにして雨の中を走ったのだが、どんどんと雨が酷くなり前が見えない状態だったので目の前にあった民家の庇の下に飛び込んだのだ。今、考えてみればあの時雨が降らなければ、傘を忘れなければ、クラブの後一人残らなければ睦樹と出会う事は無かったのだ。そうすればこんな悲しい思いもしなくてすんだ。いや、彼と出会った事は自分にとってはかけがえの無い大切な宝物なのだ。だから彼を失った事でこんなにも苦しい気持ちになっているのだ。


「まさか?!」まどかは、民家の軒下に人影を見つける。その瞬間彼女の胸の鼓動が激しくなっていく。まるで血液が逆流するのではないかというぐらいであった。その場に傘を放り投げ小走りに走りあの日のように軒下に飛び込んだ。


「はあはあ……」両肩で息を整えながらまどかはそこにいる男性の顔を確かめる為に視線をゆっくり上にあげる。


「大丈夫、すごい雨だね」その言葉を聞いて、目を凝らし相手の顔を確認した。そこに立っていたのは、睦樹には似ても似つかない中年の頭の禿げた小太りの男であった。男はまどかの顔を見てニヤリと中年独特の笑いを浮かべた。その瞬間、まどかの両目から大量の涙が溢れ出す。


「うっ、うっ、う……」


「どうしたの?何かあったの?!いきなり雨の中から目の前に飛び込んで来た少女が泣き出したので男性は驚いているようだ。


「うわーーーーん!」今まで、出した事のないような大きな声で彼女は号泣した。


「ちょ、ちょっと……!」中年の男は目の前の少女の突然の号泣に狼狽えている。


「うわーーーーーん!」さらに勢いを増したように、まどかの雄叫びは続いた。


「ひー!」中年の男は居たたまれなくなったのか、豪雨の中へダイビングしていった。


「う、う、う、う……」まどかの号泣は止まらない。


 少し遠くから車のエンジンの音が聞こえる。その音はまどかが雨宿りする家の方向に近づいてきた。まどかがその音に気がついて視線を上げると真っ直ぐ一台の車が彼女に向かって飛び込んできた。


 ガラガラガシャーン!!轟く轟音!!!


 その音に驚いて近所の住人達が飛び出してきた。


「車が飛び込んだみたいだぞ!」慌てて男性が車を確認する。


「大丈夫か!ケガ人はいないのか!?」車に乗っていたドライバーを救出する。どうやら、軽いケガですんだ様子であった。


「ここは、長い間誰も住んでいないから……、でも巻き込まれた人とかいないか?」手分けして、車の下、バンパーの辺りをチェックする。


「幸い、誰も居なかったみたいだ」住人達は、安堵のため息をついた。


 この後まどかは家に帰ってくる事もなく心配した母親は警察に届け出し行方不明者として捜索されたが結局見つからず、この日を最後にして誰も彼女の姿を見る事は二度と無かった。

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