第27話 晴れの日、あなたに会いたい

 普段の雨は憂鬱だが、まどかとの一緒の時の雨は心が弾む感じであった。ショッピングセンターで二人はウィンドショッピング。若い女性達が、好むような服がたくさん展示されている。彼女は楽しそうに色々な服を試着してファションショーのように俺に見せてくれる。彼女のはしゃぐ姿が、あまりにも可愛いらしいのでどれか服をプレゼントしようと申し出たが彼女はそれをかたくなに断ってきた。


「私達、援助交際じゃないんだよ」彼女が可愛らしく微笑みながら言うその言葉で、さらにこの少女のことが愛しく感じた。


「そうだ、あれを買わなくちゃ」唐突に何かを思い出したように、通路を駆けていくまどか。

「おい」俺も少し早足で彼女の後を追い掛けていく。彼女が飛び込んだ先は、女性物の水着売り場のコーナーであった。所せましと女性物の水着が展示されている。


「どれにしようかな……、どれがいいと思いますか?」色々な水着を胸に当て、俺に感想を求めようとしてくる。正直、俺を揶揄からかって楽しんでいるのではないかと勘ぐってしまう。直視出来ずに俺は目を背けた。


「いや……、あの……、その・・・・・・、解らん」女性水着の買い物など経験の無い俺には、さっぱり解らなかった。


「もう、じゃあ、試着するから……、待っていてくださいね、後で感想を聞きますからね!」まどかは『ね!』の部分を強く協調すると、試着室に飛び込み顔だけ出して「あ、くれぐれものぞかないでください!」と言ってから、カーテンを閉めた。


のぞかねえよ」俺が少し顔を赤くして言ったのを見て、女性店員が少し笑ったように見えた。俺は誤魔化すように、男性用水着を物色する。


「こんな水着、着る奴がいるのかね?」たまたま手に取った水着は、ブーメランのような生地の少ないものであった。きわどい男性用水着を手にして、俺は呆れ顔で呟く。ちょっと激しい運動をするとはみ出してしまいそうである。


「最近は、こういう物が流行りのようですよ。お客様ならお似合いかと……」中年の女性店員が営業をかけてくる。こいつ適当な事、言っているなと俺は思った。丁寧にそれを辞退しながら、ブーメランを元の場所に戻した。


「じゃーん」カーテンがいきなり開かれた。赤いビキニの水着を試着した、まどかが立っている。惜しい、もう少し胸が大きければ……、それは口にしないことにする。「どうですか?セクシーですか?」彼女は感想を求めてきた。なんだかキャラクターが変わっているだろうって突っ込みたくなった。


「子供らしくて……、可愛いいし、いいんじゃないか」直視出来ずに俺は少し天井を見つめた。


「……、子供らしいは余計!フン!!」お嬢様はヘソを曲げたようだ。あかんべーをしたかと思うと背中を見せた。傍から見ると娘と父親にでも見えるのであろうか。いやいや流石にそこまでは年齢の差は無いぞと自分を納得させる。


「えーと、この前の埋め合わせの話ですけど……、出来ればでいいのですけど……、今度、海に連れてってください!」まどかは、言い終わる前にカーテンを閉めた。


「海って?二人でか……?」突然の彼女の申し出の俺の目が点になる。


「はい、そうです!私と一緒じゃ嫌ですか?」カーテン越しの声が聞こえる。その言葉はまた俺を揶揄って楽しんでいるのではないかと勘ぐってしまう。


「.......」彼女の言葉を聞いてからずっと俺は呆然と無言のまま立ち尽くしていた。


 ハンバーガーショップでの彼女が俺の妻の事を聞いてきた事を思い出していた。彼女にとって、俺はどういう存在なのであろうか。年の離れた友達、兄それとも父親のような存在、はたまた恋人……、いやいや妻帯者の俺に対してそれは無いであろう。俺の彼女に対する思いは……、それを彼女に伝える事は無いであろう。


 さんざん彼女は水着売場で遊んでから満足したのか、まどかは再びウィンドショッピングにいそしむ。なにも買い物をしなくても好きな相手と一緒にいるだけでこんな場所も楽しくなるのだなと改めて思った。


 百貨店の大きなショーウィンドに、小さな人形が踊るような仕掛けが......、それは真夏のイメージだった。可愛らしいキャラクターの人形が真夏の海を駆けていくように移動していく。うまい事考えるものだと大いに感心した。


「かわいい!」まどかはテンション高めに、その仕掛けに食いついている。こういうところは、やはり、まだ子供だなと改めて思う。高校生とのギャップを改めて感じさせられる一瞬でもある。


「あっ、あそこですよね」まどかが指差した先には大きなモニターがあった。モニターには、結婚式場のコマーシャルがそれらしい音楽と共に流れている。その動画をまどかは少しうっとりとした目で見ていた。彼女もいつか、誰かの横でウェディングドレスを着る日がくるのであろう。それを考えるとなんだか少し寂しく感じた。まあ、妻帯者の俺がどうこう言えた義理では無いのだが。


「そうそう、あれがビッグマンだ。そしてあれが……」自分で指差した指の先を見て俺は目を疑った。


「どうしたんですか?」目を大きく見開いた俺の顔を不思議そうに、まどかは問いかけた。


「子ビッグマンが、無くなっている……」俺の記憶では、そこにはビッグマンより、一回り小さな子ビッグマンがあった筈であった。そう、先日まどかと待ち合わせした場所。たしかにあの日、子ビッグマンはそこにあった。


 俺はこの場所でまどかが現れるのを三時間も待ち続けたのだ。しかし、そこには俺の知っているモニターの姿形は跡形も無く何やら映画の広告が貼り出されていた。


この数日で撤去されたのかとの考えも頭を過ったが、広告の内容を見て、俺の心臓は更に止まりそうになった。「な、なんなのだ……」そこに描かれているポスターの表記は明らかに俺の常識と異なったものであった。


(トイ・ファミリー最新作 2020年公開)


「あっ、あれですよ、この前一緒に見たいって言った映画、トイ・ファミリー4ですよ」まどかは広告を指差しながら言う。微笑む少女とひきつった顔の男、この組み合わせは滑稽であろう。


「4だって ? 俺が見たのは……、それに、今は2020年……だって……?」頭が混乱する。4ということは4作品目ということなのだろうか。俺が見たトイ・ファミリーはたしか、2作目だったと思う。そんな間髪入れずに続編が作られるなんて聞いた事が無い。それに2020年……公開? 俺の記憶が正しければ、今年は2003年のはずだ。あの年号が正しいのであれば、俺の生きている時間とこの場所は十七年間の差が生じている事になる。俺は一体どこにいるんだ!ここはどこなんだ!まどか、君は一体……!色々な思考が頭の中を駆け巡る。


 呼吸が乱れて過呼吸になりそうになる。さらに回りの人々の声、雑音で押し潰されそうになる。


 回りを見回してからすぐ近くにある本屋に駆け込んで書籍を片っ端から見回す。手帳のコーナー、すべての手帳が2020年!中には2021年と印字されているものまである。まどかは、あたふたする俺を不思議そうに追いかける。


「睦樹さん、一体……どうしたんですか?」茫然とする睦樹の目に、古い映画のポスターが目に入る。


「バック・トゥ・ザ……、フューチャー……」それは、俺が学生の頃、流行った映画。主人公がデロリアンという車に乗って過去・未来を冒険する物語だ。たしか主人公が過去に行って自分の両親を恋人にする為に奮闘する話であった。俺がいるのは過去・・・・・・・、いや未来の世界なのだ・・・・・・・!それならまどか!君と俺は・・・・・・・!頭の中に埋もれていた考えがムクムクと頭を持ち上げる。俺の母親に瓜二つの少女。十七年後の世界!考えられる事は・・・・・・。


 俺の頭の中にあの日の篠原昌子の言葉が甦る。


『タイム・リープ……』まさか、昌子の話していたことは本当に……、そうなのか。俺は時を越えて、未来に……。とにかく、人の少ない場所へ……。


 雑踏の中を小走りで移動し、人混みを抜けると小さな広場に出た。


円形の広場には、その丸い外周に合わせて、ベンチが設置されており中央には小洒落こじゃれた噴水があった。まだ、雨は降り続いておりまどかはそっと自分の傘を俺の頭の上に差し出した。


「大丈夫?!気分が悪くなったの?」まどかが心配そうに俺の顔を見つめる。俺は吐き気を押さえるように、右手で口を覆った。


「ひどい誤植まちがいだ、2020年なんて……」俺は気持ちを落ち着かせようと深呼吸を試みる。そうだ、意図的に西暦を変えて表記しているのかもしれない、そう、映画の舞台が2020年の物語みたいに……。


「一体、どうしたんですか……、間違ってないですよ、今は……、今年は2020年ですよ」不思議そうな顔で、まどかが言う。


「そ、そんな、それじゃあ、君は?!」俺はまどかの両肩をきつく握りしめた。


「い、痛いです……、睦樹さん……」怯えるような目を見て、俺は彼女の腕を放した。


「まどかちゃんのお母さんは……、君のお母さんの名前はなんていうんだ?」俺は、自分の中である仮説を立てていた。もしも、万が一昌子の話が本当なのであれば、まどかは俺の……。


「どうしたんですか、急に……、お母さんの名前ですか……?小林幸恵ですけど……、お母さんがなにか?」まどかは、唐突に自分の、母の事を聞かれて驚く。


「幸恵……さんか」その名前を聞いて、俺は愕然とする。俺の予測は的中していた。まどかは、幸恵の娘。ということは……。


「まどかちゃんは、産まれた時から、ずっと小林姓なのか?」聞き覚えのあるその苗字に俺はゴクリと唾を飲みこんだ。


「そうですよ。ずっと小林まどかです。睦樹さん、どうしたんですか?なんだか変ですよ」まどかは、心配そうに俺の顔を見ている。


「す、すまない……」やはり、俺の仮説は整合性が取れない。まどかが、俺と幸恵の子供であるのなら、母に似ている事もあるだろう。ただ、彼女が俺以外の男と、幸恵の子供であるのであれば、俺とは血縁がないということになる。それでは、どうして、あれほど俺の母親に似ているのだ。


「じゃあ……」次の質問をしようとしたその瞬間に広場を女性の悲鳴が響き渡った。



「キャー!!」

その声の方向を見ると人混みの中に空間が出来ている。


「なんだ!!」男の声がする。「変な奴がいるぞ!!」なんだか騒がしい。「誰か警察を呼べ!!」入り交じる人々の声。


 その方向には手にナイフを持ち返り血で真っ赤に体を染めた男の姿が見えた。その顔は完全に正気を失っている。男は薄ら笑いを浮かべているようにも見える。どちらにしてもまともでは無い様子であった。


「あっ、あいつは」俺は男を見て呟いた。それは見覚えのある金髪の頭であった。そうだ、あの男は以前まどかをストーカーしていて乱暴をしようとした男。あの公園で俺が懲らしめてやった男だ。どうしてこんなところにいるのだ。まさかまだまどかの事をストーカーしているのか。愛しさ余って憎さ百倍とはこの事だろう。まどかへの執拗な愛情は彼女への憎悪に変わってしまったのか。さきほど、悲鳴を上げた女性は首元を切り裂かれたようで、その場に倒れていた。その女性は、かなり派手で高そうな服を着ていた。ぱっと見て結構な高齢のようだった。女性の倒れた場所は血溜まりと化している。彼女は、もはや全く動く気配がないようだった。


「お、お前はあの時、俺を馬鹿にした男だな!それに、その女、その女は俺の女だー!」ストーカー男は意味不明な事を呟きながらこちら目指して歩いてくる。その足取りは、フラフラして、重心が定まっていない。明らかに男の視線は、まどかに向けられている。周りにいる人間は、奴にとっては邪魔な樹木位にしか感じていないかもしれない。


「ばかにしやがって!どいつもこいつも……、ばかにしやがって!あーーーーー!」刃物を振り回しながら男は、唐突に叫ぶと短刀を両手と腹部で固定して、まどかめがけて突進してきた。まどかは、その状況が呑み込めずに、声も出さずにその場に呆然と立ち尽くしていた。


「まどかちゃん!危ない!!」


 俺は咄嗟に彼女の体を突き飛ばし、俺の体で彼女を覆うようにした。俺の背中に男のナイフが触れる。刃物で切れる独特な痛みが脳に伝達された。ズブズブと背中に、鋭い刃が押し込まれていく感覚が神経を伝う。「くー!!」体から脈に合わせて鮮血が吹き出しているようだ。

「いやー!」まどかの悲鳴が響き渡る。生温かいものが俺の背中を濡らして腰から、足元にかけて流れていく。その足はガクガクと震えがとまらない。


 ズボッ!

 

 俺は、苦痛で顔を歪めながら振り返りストーカー男の顔面に抜き手を放った。指先に嫌な感覚が走る。それは、あの日、竜野師範に教わった技。危険過ぎるということで、決して使う事が無いだろうと思いながら練習したあの技だった。二本の指が男の眼球部に第一間接の辺りまでめり込んだ。

『そうか、そうだったんだ。あの日の練習はこの日の為、この少女を守る為だったのだ』俺の頭の中をそんな言葉が過った。


「うぎゃー!痛い!!痛いよお!!」俺の抜き手が目に入り、ストーカー男は断末魔のような悲鳴をあげた。奴は手に握りしめていたナイフを放り投げると両目を覆いながら地面でのたうち回っている。凶器を手放したストーカー男を見て、回りにいた男達が一斉に取り押さえようとしているようだ。


「ママ、ママ……、助けてよ……、ママ」男は先程、自分で殺害したであろう女性に向かって手を伸ばしていた。男の母親だったのか……。朦朧もうろうとしていく、意識の中でそんな事を考えていた。男のその声に絶命しているであろう女性が答えることは無かった。


 しばらくすると数人の警察官が駆け付けてきて男が確保されたことを確認した。まどかと自分への危険が無くなった事を自覚すると体から一気に力が抜け、まるで爆破された高層ビルのように俺の体はその場に崩れ落ちた。


「む、睦樹さん! 睦樹さん!」まどかは、俺の体を支えようとするが、大の男の体を少女が受け止める事が出来る訳もなく地面に倒れ込んでしまった。


「まどかちゃん……、大丈夫か?」まどかが怪我をしていないか、俺は彼女を守ることが出来たのか。そればかりが気になっていた。


「私は……、私は大丈夫です!睦樹さんこそ……、しっかりして」まどかは激しく動転しているようである。


「君が無事で良かった……」少し意識が脆弱ぜいじゃくになってきた。痛みが薄れていき、まぶたも重くなっていく。体の力がどんどん抜けていく。


「睦樹さん!しっかりして!誰か、誰か救急車を!お願いします!誰か……!睦樹さんを!彼を助けて……!!」まどかは、俺の頭を膝に乗せて泣きじゃくっている。彼女のその声が今の俺にとっては唯一のいやしのような気がする。他の雑音は耳に入らないようになった。


 一滴、二滴……、まどかの涙が俺の顔を濡らす。彼女は嗚咽おえつを漏らしながら泣いている。


「泣かないでよ……、君は泣いたら負けなんだろ……」俺は力が入らなくなり重くなった右手をゆっくりと持ち上げて、まどかの涙を拭った。手についた赤い血が彼女の頬を汚した。彼女の涙と俺の血が混じりあう。


「ごめんよ、まどかちゃんの可愛い顔を汚しちゃたね……」俺は精一杯微笑んで見せた。しかし、そんな事では、彼女の涙を止める事はできなかった。空に少しずつ晴れ間か出てきた。雲間からこぼれた光が、まどかの顔を照らす。


「笑ってよ、太陽の下で君の笑顔を見たいんだ……」精一杯の力でまどかに懇願した。それは俺にとって最後の願いになるかもしれなかった。


「……」まどかの涙は止まらない。


「お願いだから……笑ってよ・・・・・・」まどかは、無理やり笑おうと試みる。しかし、なかなか笑うことが出来ない。何度も、何度も……。


「……ううう……」嗚咽が漏れる。笑顔を作ろうとするがすぐに泣き顔に戻ってしまう。彼女はこの悲しみに打ち勝つ事ができないようだ。


「がんばって……」痛みが麻痺してきたのか俺はそんな彼女が愛おしくなって微笑んでしまう。彼女は今、出来る精一杯の笑みを俺に送ろうとしてくれている。最後に彼女は満面の笑顔を俺に送ってくれる。


「ありがとう……、俺はその笑顔が見たかったんだ……。」まどかの笑顔を太陽の光が包む。雨露に濡れた一輪の花が咲き誇るように……。そう俺はずっと、晴れた日に、君の笑顔が見たかった……。


 いつも晴れた日に、君に会いたかった……。


 まどかの笑顔で癒されていくかのように、背中の痛みが引いていった……。ああ、まどかに出会えて良かった。最後にこの少女の笑顔が見る事が出来て本当に……良かった・・・・・・。


 ありがとう……、最後に幸せだった。


 そこで、俺の意識は途切れた……。

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