終章

エピローグ 1

「女々しい……」

 悪魔は、屋根の上で一人呟いた。

 マリィがこの街を出てから2年。未だ、夜がこの街を包んでいる。

 どうやら狼の魔力が原因のようだった。魔力の壁ができてしまい、今でも物理的に避ければ森を抜けられるが、魔力を使って通り抜けることは無理そうだ。魔女の呪いである“夜”も、魔力の壁を通ることができず、ここに留まったまま、明けることがない。

 狼を駆逐してしまえば、“夜”も消え去るだろうが、正直、今の状態が楽だった。

 魔力が回復してきたおかげで悪魔がひょいと指を動かせば、森の中から狼が飛んできて、そのまま口の中に入る。魔力も魂も入った狼。魔力の回復量も半端なく、食事にはもってこいだ。こういつも暗くては、人間が迷い込むこともない。

 のんびりと、屋根の上でマリィのことを思い出す。

 森を抜けられるようになったと伝えたあの日、あんな顔をされるとは思わなかった。

 真っ直ぐの、潤んだ瞳を思い出す。

 ずっと、マリィは王子のことを考えているのだと思っていた。いなくなってしまって悲しいのだと。

 けれど、あの日向かい合ったマリィは、確かに悪魔を見ていた。

 この街を出ていくと、マリィは言った。そんな風にハッキリと別れを告げられた事実があってなお、それでもマリィのことを常に思い出す。正直、女々しいとは思う。けれど、婚約者である王子も亡くなり、誰に遠慮する必要があるというのだろう。あの日もつい、独り占めしたくなってしまったのだ。

 マリィに大量の魔力と障壁を纏わせた。それも、食べてきた狼のおかげで、昔与えたお守りよりもずっと強力な。肌に沿って全身に張った障壁は、本人も気付かず、誰もマリィを害することはできない。

 また魔力が回復すれば、自分の魔力を辿ってここから気配を探ることもできるようになるだろう。

 ……これは、アリシアの子孫を守るという約束の一環でもあるわけだから……。

 心の中でひっそりと言い訳をする。

 こっそりついて行かなかっただけでも褒めてほしいくらいだ。

 回復したおかげで街の障壁の維持が片手間にできるようになった今、そんな風に、マリィを思い出しながら、狼を食べるのが日課になっていた。

 思い出す。玄関で転がってしまったマリィ……街を出る時にこちらへ両腕をあげたマリィ……。

 そして、あの瞳が確かに、あの王子ではなく悪魔を見ていたことに心が躍る。

 やはり、閉じ込めてしまいたかった。

 すっかり見飽きた星空の下。屋根の上で頬杖をつき、また狼をぱくり。

 そこへ、悪魔は、遠く、ガラガラと音がするのを聞いた。人工的な音。人工的な……車輪の音。馬のいななき。

「…………」

 顔を、上げる。

 翼を大きくはためかせた。夜の空気を受け止める。

 ふわりと、森の入口で地面に降り立つ。

 すると、ガラガラと一際大きな音がして、小さな馬車が飛び出してきた。

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