君と出会った屋根の下 3

 今日は天気が良いわけでもなく、水底は暗い。水底へ近づき、手をかざしながら、金属のようなものを探った。魔力が込められていればもう少し探しやすいのだが、ただのバッジならそうもいかないだろう。

 けれど探し物は、思いの外早く見つかった。屋敷の近くから手で探っていると、カチン、と指に当たるものがある。

 見ると、金色に光るバッジだ。

 紋章……。

 それは、アリシアがつけているのを見たことがある紋章が付いていた。

 王家の紋章か。

 その小さなバッジを器用にも指でつまみ上げ、水面へ戻る。

 水面に足がつかない程度のところでふんわりと浮く。屋敷の方を望むと、マリィが草原を歩き回っているのを見つけた。

 空は曇っていてどうにも寒いのに、殊勝なことだ。

 指でつまみ上げたバッジを眺める。濡れたバッジは水が滴っている。

 ……これを戻さなければ、エルリックとの関係も切れるのでは。

 なんてつまらないことを考えつつ、バッジをマリィの足元まで放り投げた。

 ブローチはキラキラと弧を描き、草の中へ消える。マリィがその光に気付き、ふとそちらの方を見たことだけを確認し、後ろを向いてジャケットを着た。ジャケットを引っ張り、形を整える。

 ……僕だって、殊勝なことだ。

 闇の色の翼を羽ばたかせた。湖の上を飛び、そのままクルクルと旋回する。

 屋根へ行く。屋根の上で小鳥が飛び交うのを見た。千年ほど前と変わらない。

 また屋根の上だ。

 目の前に広がる空。うず高く積まれた雲。そっけなく飛び回る鳥達。

 ここへ戻って来ることができたのも、きっと今頃あまり見たくもない表情をしているであろうマリィのおかげだ。

 本人の知るところではないけれど、マリィが、僕を目覚めさせたことに疑う余地はない。

 アリシアとの約束通り、アリシアの子供達は皆守ろう。

 悪魔は、遠く、見渡した。

 それから数日後。というのは、マリィが仲直りができたという理由の笑顔を見せなくなった頃。悪魔は指先に魔力を込めた。

 深夜、マリィに気づかれないよう、ベッドの脇に立つ。マリィはすやすやと眠っている。夢を見ているだろうか。どんな夢を、見ているだろうか。

 そっとその髪に触れる。大きな手で撫でるようにして、マリィに魔力を纏わせた。

「お礼に」

 目を細めて、マリィの寝顔を見る。月明かりが優しく包んでいる。

 これで、一度くらいはどんな事態になってもマリィの命を守るだろう。

 ちょっとしたお守りというわけだ。

 悪魔の方は、最近魂を食べていないせいで、街の障壁を保つのに屋敷から離れられなくなるが、屋敷から離れる理由もない。

 ふわりと浮いて、マリィから手を離す。気付きもせず、ぐっすりと眠っている。

 もう人間の前に出るつもりもないが、君を見守っていよう。また、この屋敷の屋根の上で。変わらず。

 君を、ずっと見守ろう。

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