人間の真似事 4

 その日、悪魔の姿に戻ったのは、夜遅くのことだった。

 屋敷の中でも会う人会う人に声をかけられた。声をかけられては驚かれる。

「え、あ……悪魔さん?え……ずいぶんその……」

「……どうも」

「きゃぁっ、……あ、いえ……」

 ……そこまで予想外な姿なのだろうか。

 夕食でもそんな調子だった。

 悪魔は相変わらず、アリシアの家族と共にテーブルについていた。この屋敷では、メイドを何人か雇ってはいたが、食事時には給仕係は用意せず、同じ時間に使用人は別室で食事を取っている。食事時の使用人達の食卓は賑やかだ。

 悪魔は、大抵子供達と会話をしながら食事をしていた。悪魔と会話している間は子供達も大人しくテーブルについているので、アリシアとサウスも歓迎していた。

 その日は人間の姿で食事を取った。何故か特にハリスとマロイの目が爛々と輝き、悪魔をじっと見ていた。

「二人とも……見過ぎじゃ?」

「え?あははー」

 声をかけると取り繕うようにして目を逸らすが、数秒後には、やはり視線を感じた。

 そんなに気にするほどの姿ではないと思うが。

 夜、一人になり、鏡の前に立ってみたけれど、自分の人間の姿だとしか思えず、そんなに興味が持てるものでもなかった。

 鼻がつくほどに、鏡に近づいてみる。

 人間のような肌。

 人間のような瞳。

 人間のような舌。

 変身した時点で、外側は人間と同じものになる。

「い〜〜〜〜〜〜っ」

 フム。

「む〜〜〜〜〜〜……」

 フムフム。

 人間らしい表情をつくり、自分の顔を見てみたが、やはり、それほど面白いものでは……。

「…………」

 悪魔の姿に戻った後、深夜、屋根の上へ登った。人間の姿でも空を飛ぶことはできるが、人間には何故か人間の姿の方が目につきやすい。今日屋根の上へ来たのはその時が初めてだった。ただ、1日ぶりだというだけで、どこよりも落ち着く場所のように思えた。

 星空の下。

 星空の下で。

 ただ一人。

 翼を折り畳んで。

 ふっと、また人間の姿になった。

 ひとまとめにされた黒髪。ベスト姿。

 屋根の上に座る。

 青みがかった瞳が、星空を映した。

 健康そうな二つの手。

 人間らしく伸びた足。

 人間になることなんて、もうそうそうないだろう。

 もともと、好きではないのだから。

「フッ……」

 と、一人笑った。

 翼を広げ、元の姿に戻る。

 今日は特別な日だ。

 人間みたいに過ごす特別な日。

 翌日、悪魔の姿でふわふわと浮き、陽が差した廊下をいくと、誰もが「あっ」という顔をした。少数は……まあ少数は残念そうな顔をしていた。

「あーくまー!」

 けれど、走ってきた子供達3人が、この姿に飛びかかってきたので、これでいいんだと思えた。

 人間の姿になるのも悪くない。

「飛んで!ねえ、飛んで!!」

 これが僕の姿なら、あれも間違いなく僕の姿だ。

 悪魔は青空の中、翼を広げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る