始まりの日 5


 魔女キタカゼがエルリックの頭を掴み上げ、拘束する。マリィを見据え、一歩一歩近づいてくる。足音は聞こえない。足を着けているようで、やはり浮いているのかもしれなかった。

 フワフワと……、フワフワと……。

 視線の中に吸い込まれそうな。その瞳が嗤う。

「千年……!千年ぶりに城壁が弱まったと思ったらァ……こんなことが理由だったなんてねェ……。可哀想なね・ん・ね・ちゃん……」

 マリィはなにも言えず、動くこともままならず、魅入られたようにじっとその瞳を見つめた。

 一歩、一歩と近づく、その時。

 全ての窓ガラスが、パーンと割れた。

「きゃぁ……」

 マリィが思わず悲鳴をあげる。

 部屋に、沢山のガラスの破片が降り注いだ。まるで、光が雪を真似たように。あまりにも眩しくて、まるで真っ白な世界に降り立ったみたいに見えた。

 魔女キタカゼも腕で頭を覆っているところを見ると、この魔女がやったことではないらしい。

 部屋の中に風が入り込んだかと思うと、風の唸り声のような、それでいて獣のような音が部屋中に鳴り響いた。

 マリィの髪が、突然の風に舞い上がる。

「また来たのォ……?ね・ん・ね・ちゃん?」

 魔女キタカゼが空中に呼び掛ける。どうやら、何処かに他の存在が居るらしかった。まるで、風に呼び掛けているような。その風が、生きているとでも言うような。

 その風は確かに、生きているように動きまわり、魔女キタカゼを取り巻いていく。

 竜巻のようになり、マリィが吹き飛ばされるように後ろへ歩くと、不思議なことに気がついた。

 人が……いない……。

 ホールの中は、黒く渦巻く竜巻と、マリィしか存在しないようだった。

 お……父様……?お母様……?

 母がいたはずの場所に駆け寄り、床をなで回す。

 どうして?どこに?なんで?

 外に逃げたのだろうか。そうだったらいい。そうだったら、何の問題もない。でも……。

 なぜだろう、心の中が、落ち着かない。

 風の音だけが、マリィの耳に入ってくる。

 おかしい。

 こんなことっておかしい。

 黒い竜巻を見ると、どんどん風が弱まっているようだった。

 黒いドレスが、また姿を現す。エルリックは、すっかり頭を掴まれ、呻いている。持っていたはずの聖剣は、部屋の隅まで追いやられていた。

 座り込んだまま、黒いドレスを着た貴婦人の顔を見上げる。

「アタクシのォ……認識の外で動き回ったわねェ……」

 小さな女の子のように頬を膨らませる。ご機嫌ナナメのようだ。そんな、まるで人間のような仕草で、場違いながらこの人が美しい女性なのだと理解できた。

「みィんな後でゆっくりいただこうと思ったのに……。どいつもこいつも、笑っていて美味しそうだったのに……。まァいいわァ……ここまで来たら、このお嬢さんにも……楽しい贈り物をしなくてはいけないもの」

 魔女が、また上を見上げる。

「そ・し・て……かァわいそォーな、ね・ん・ね・ちゃんに・も」

 魔女が、エルリックの頭を掴んでいる手に力を入れた。

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