第23話〝勇者〟の知名度

「ありがとうございました」

「ひっ。は、はひ」


 アトモス号から降りてお礼を言ったが、どうしても逃げ出すのを我慢しているようにしか見えない。


「あ、あの……こ、こちらでふ」


 声まで裏返って……

 それでもワンさんに言われたとおりきちんと案内してくれている……はず。

 歩いていると脇道から人がゾロゾロと出てきた。

 1人1人ではなく、数人の集団が一緒に歩いてきている。

 そしてアトモス号を見ていない人たちでも、俺たちを見て驚いている。

 というか、逆に俺が驚かされた。。

 勿論顔に出したりはしていないが、これはどういうことだ?

 みんな同じ服装をしている。

 作業服だからか?

 男女の差も無く、パッと見全く同じだ。

 多少汚れてはいるが、クリーム色をしている長袖長ズボンの同じ格好をしていて、軍手っぽい手袋もしている。

 髪もそうだ。

 男女問わずみんな短めで長い人が見当たらない。

 一部の男性が周りより涼しげであることを除いて。

 確かにこんな中、俺たちみたいにバラバラな服装の一団が居たら物凄く目立つ。

 それでもザワつくとかジロジロ見たりとかはしてこない。


「貴方方は外から来たのか?」


 そんなことはなかった。

 1人の男が集団を離れて俺たちの側へ来て聞いてきた。


「あ、はいそうです」

「そうか。本当にここの外にも生きている人たちが居るんだな。どうやって来たんだ?」

「飛行船で来ました」

「ヒコウセン?」

「空を飛ぶ船です」

「ほー、貴方のところの船は空を飛ぶんだな。こっちの船は水に浮くだけだ。しかし、変わった服を着てるな」

「そうですか? こっちではこれが普通ですよ」


 っと。この辺は話してもいいことなのか?

 どうなんだろう。


「そうか普通か。ところで魔神まがみ様は一緒ではないのか?」

「ワンさんはみんなを呼びに行きました」

「そうではない。貴方方だけでここに来たのかと聞いたんだ」

「そう……ですね」


 さすがに〝魔神まがみ様は居ません〟とは言えない。


「よく結界の外に出てこれたな」

『〝俺たちだけで来た。魔神まがみ様は来ていない〟ということにしよう』


 口裏を合わせておかないとな。


「あ、はい。アトモス号のお陰です」

『〝来てない〟ってどういうことだい?』

「アトモス号?」

『〝居ない〟とは言えないだろ。ましてや〝排除すべき相手だ〟なんて言ってみろ。前回の二の舞だぞ』


 人々から矛先を向けられるのはもう懲り懲りだ。


「えーと、飛行船のことです」

『〝排除すべき相手〟なのかい?』

「へー、アトモス号っていうのか。貴方方が造ったのか?」

『確定じゃないけど、間違いなく魔人寄りの存在だろ』


 ただの人間が馬より速く走れるはずがない。


「あ、いえ。勇者の遺産を譲り受けました」

『そうですね。あの身体能力は人間ではなく魔人と言っていいでしょう』

「ユウシャノイサン? なんだそれは」

『排除すべきかどうかはまだ分かりません』


 確かにまだそうと決まったわけではない。


『なにしろここに居る人たちは僕たちより毒素に汚染されていません』

「おい、どうした」

『これは注目すべきことです』

「あ、すみません」

「なんだ、長旅で疲れてるのか。また後でな」


 なんか悪いことをしたな。

 話しながら電話までしているみたいだったぞ。

 折角話しかけてきてくれたんだから、そっちに集中すればよかった。

 昔の偉い人みたいに10人の話が聞き取れるようになるアプリはないかな。

 それで……えーと、なんだっけ。


『マスター、ここの人は勇者のこと知らないのかな』

『そういえば勇者の遺産が分からなかったな』

『こっちだと知らない人が居ないくらいだったのにね』


 勇者のことはエイルが騒いでいるだけではなく、本当にみんながよく知っている。

 お伽話や童話のような子供向けの本から、エイルがよく言う勇者小説だったり漫画にテレビと沢山あった。


『ここの人たちって千年前の生き残りなんだよな』

『どうでしょう』

『違うのか?』

『勇者の話は国を超えて世界的に有名だったと聞きます。それこそ千年前は今よりもっと盛り上がっていたと文献に残っています』


 4千年以上前のことなのに凄いな。

 まるで宗教の経典だ。


『ですので知らないということはないはず。なのに彼は勇者という言葉すら分からなかったような気がします』

『そんなことあるか?』

『一部の言葉が言語から消えることは多々あります。ですが僕たちと共通の祖先なら、勇者を知らなくても言葉まで消えることはないはずです。あくまで推測ですが』

『なるほど。デイビーは知っているんだな』

『当たり前です。だから異世界部門に……なのになんでこんなことに……』


 あ、しまった。

 地雷を踏んでしまった。


『あ……ほら、となるとここの人たちは異世界人の可能性が――』

『それはありません』


 即答かよ。


『彼らの身体の造りは僕たちと同じ魔素と魔力の塊です。そんな異世界人を今まで見たことがありません』

『分かるのか?』

『分からなかったら異世界部門に……だというのに何故僕がっ』


 ……もうなにを言っても地雷なんじゃないか?

 相当今回のことを嫌がっているみたいだ。

 こうなったら毒をくらわば皿まで。


『そんなに嫌だったんなら断ればよかったじゃないか。なんで了解したんだ』

『指令書は絶対です。拒否することは出来ません。仮に拒否が受理されたとします。僕の代わりにウィーラーが来るだけです』


 あいつかよ。


『そうなるとどうなるか……火を見るより明らかです。拒否なんてできるはずもない』

『それは……そうだな。俺たちとしてもデイビーが来てくれて助かったよ。ありがとう』


 相対的な意味でな。


『言っておきますが、戦闘は専門外です。そういう意味ではウィーラーの方が当たりですよ』

『そうならないように願っておくよ』


 戦闘か……そんなの俺だって専門外だよ。

 剣どころか竹刀だって握ったこと無いぞ。

 ゲームの中だけだと思ったんだけどな。

 狩りなんか普通剣を振り回さないだろ。

 猟銃でズドン……イヤ、弓矢で射貫くところだ。

 魔力が無い俺には銃どころか弓もまともに使えない。

 なにしろこの世界の弓は弦も弓矢も無い。

 魔力を通さないと弦も弓矢も現れない。

 逆に言えば魔力さえあれば、弓が折れない限り弦は切れない。

 矢筒から魔力が尽きるまで無限に供給され続ける弓矢。

 それは猟銃にも言えること。

 つまり俺の選択肢は自ら用意した物理的な剣による攻撃のみとなる。

 最初は苦労したなー。

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