第2章 魔力0での生活
第5話 1より1小さい数
♦♦♦ 補足
※第2話から第4話は、第1話に捕食された為、存在しません
※では、第1話の続きをどうぞ
♦♦♦ 本文
やっと父さんを探しにいける。
今日も朝から鉱石の調律に勤しんでいた。
ずっと椅子に座ってパネルを操作しているから、肩が凝って仕方がない。
座ったまま両手を組んで伸びをする。
「んー、もう一息なのよ」
作業台にあるガラスケースに囲われた小さな魔法陣が、淡く青白い光をまとってゆっくりと回っている。
魔法陣から魔力の帯が伸び、上に浮いている小さな鉱石へと吸い込まれていく。
規則的に脈動する鉱石は、状態がとても安定していた。
ぱさついた携帯食をひとかじりすると、湯気が立ち上っているマグカップのブラックコーヒーを一口すすって、混ぜ合わせてから飲み込む。
パネル上部に浮いているモニターに表示されている数値は、最高の値を示していた。
やっぱり父さんの持ってきたものは、品質が高いな。
十五の誕生日に母さんから貰った、父さんが残した鉱石。それを加工して魔術式を刻み、調律を進めてやっとここまでこぎ着けた。
母さんは父さんが死んでいると思っているけれど、私はそうは思わない。父さんが簡単に死ぬものか。
だから私はなんとしてもこれを仕上げ、来月の試験に合格して、父さんを探しに行くんだ。
そのためにも、まだ気を抜くことはできない。
モニターと鉱石を交互に見て、魔力を更に馴染ませていく。
すると、目の前にある伝送管が開いた。台所と繋がっているやつだ。
「エイルさん、そろそろお夕飯ですよ」
母さんの夕飯を告げる声が聞こえてくる。
お昼の携帯食を食べ終わっていないのに、もうそんな時間になったのか。
そうだな。もう少し私の魔力と馴染ませてから仕上げをしたい。
今日の疲れをとって、明日にした方がいいだろう。
最後の仕上げは慎重に、は父さんの口癖だ。
「分かったのよ。片づけたら食べるのよ」
立ち上がって伝送管の蓋を閉じながら、片手でパネルを操作する。
いつも通り、いつもの手順で、いつものように魔力干渉を行い、魔法陣の効力を抑えていく。
手順は同じだったはずだ。なにも変えてはいない。
本来なら魔力の帯が消え、回転が止まり、魔法陣が光を失う。
なのに、回転が止まるどころか、徐々に早くなっているではないか。
「どうしてなのよ!」
あわててモニターを確認する。
理想だった数値はとんでもなく高い数値へと変化していた。
「なんでこんなに高いのよ。しかもバランスが悪すぎるのよ!」
横着して片手で操作したから、なにかを間違えてしまったのかも知れない。
椅子に座り、両手でパネルを操作し、魔法陣を書き換えて緊急停止措置を試してみる。
「ダメなのよ、数値が下がらないのよ!」
鉱石を中心にして、魔素の渦が発生する。
その渦は魔力の帯と混ざり合い、徐々に大きく強くなっていった。
部屋の中をぐちゃぐちゃにかき回し、棚に置いてあった本や紙が乱舞する。
仕方がない。調律をやり直さなきゃならなくなるけど、鉱石の術式を初期化して魔力を解放させるしかない。
このままだと暴走してなにが起こるか分からない。この家が消し飛ぶ程度ならいいけど、最悪を想定しなくてはダメだ。
大丈夫、まだ一ヶ月ある。データは残っているんだから、時間はかからないはず。だから試験に間に合う。
魔法陣を変更し、鉱石の初期化を試みる。
糸巻きから糸が
一ヶ月かけて練り込んだのに、開放するときは一瞬だ。
あっという間に部屋が高濃度の魔力で溢れ返る。逃げ場のない魔力が部屋の中で暴れ狂う。
魔力の帯が出尽くすと、部屋を渦巻いていた魔力が再び鉱石周辺に凝縮されていった。
おかしい。拡散することはあっても、集束することはないはずだ。
モニターを確認すると、鉱石の魔力値が0になっている。
魔力が集束しているのに、その中心点である鉱石に魔力がない?
なんの冗談かと思った。他の数値はおかしな値を示してはいたものの、常識の範囲で収まっている。
魔力値だけが有り得ない数値だ。
鉱石周辺の魔力値測定立体図をパネルに表示させる。
周辺は真っ白に染まり、離れると急速に色を失っていた。
そこまではまだいい。鉱石そのものは真っ黒に表示されている。つまり、魔力値0ということだ。
実像と立体図を重ねて表示させると、この異常性がよく分かる。
「あはっ」
冗談を通り越してもう笑うしかないといったところか。
いや違うな。世界の非常識を目の当たりにして歓喜がこみ上げているのだろう。
渦巻く魔力が鉱石を中心として集約し、そして消えていく。意味が分からない。
見た目には鉱石に魔力が溜まっていっているはずだ。一緒に吸い込まれている魔素はどうなっているんだ?
魔素濃度測定立体図に切り替えてみる。魔素そのものは鉱石内部に取り込まれているようだ。
両方の立体図を合わせてみると、魔力だけ綺麗さっぱり消滅していることになる。更に意味が分からない。
意味が分からないといえば、大きさが変わらないのに魔素量だけがどんどん重くなっている。もともとの魔素量の数百倍……いや数千倍……まだまだ重くなっていく。何処まで魔素密度が高くなるんだ。
でもこれが理解できたとき、私は次の段階にいけるのだろうか。
部屋に笑い声がこだまする。そうか、私は笑っているのか。
恐怖よりも、喜びが勝っているのだ。
魔素と魔力の渦が弱くなっていくのとは対象的に、鉱石の青みが強くなっていく。
青みが強くなるのは、魔力値が高くなるのが常。なのに測定結果は0。
まあいい。今は意味がわからなくても、データは残っている。後でいくらでも解析してやるさ。
そのあまりの輝きの強さで部屋が青く染まり、目を開けていられなくなった。
そんな中、扉を叩く音がする。
「エイルさん! エイルさん! 大丈夫ですか?」
母さんの声だ。
気がつけば、渦は収まっていた。恐る恐る目を開けると、乱舞していた紙が床に散乱していた。
見渡すと、部屋全体がまだ青みを帯びて淡く発光している。
そうだ、父さんの鉱石はどうなっ……た?
そこに鉱石はなかった。
代わりに男の子が横たわっていた。全裸で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます