第1章 望まれた転生

第1話~第4話 死んで花実が咲くものか

. どうやら、俺は死んだらしい。

 確か車道に飛び出したところを車にかれた……はずだ。

 となると、この真っ白な世界は……死後の世界?


「ちょっと違うけど、まあ大体あってるよ」


 突然話しかけてくるものが居た。

 人形ひとがたの……発光生命体?


「ボクはこの世界の管理者だ。一応君にはこのまま死ぬか、転生するかの選択権がある。面倒だからこのまま死んで欲しいんだが……」


 驚く暇もなく、こちらを気にすることもなく、言いたいことを言ってくる。

 やはり死んでいるのは確かなようだ。

 というか、このまま死んで欲しいなら、確認する必要がないのでは?


「そうもいかないんだ。君を転生させるのは約束だけど、意思確認は規則だから」


 約束……俺を転生させて欲しいと約束させた人がいるってことか。

 それは誰だろうと思ったが、親も友達も、自分のことでさえも思い出せない。


「思い出を対価に輪廻を外すのさ。だから君と関係ある人の記憶は預かってる。このまま死んでくれれば返すよ。魂が浄化されて輪廻転生するときには、全ての記憶が消えてるけどね」


 結局は忘れてしまうということか。

 だったら待つ必要は無い。


「む、そうか。……仕方ないな」


 管理者が向いた先には1人の少年の身体が宙に浮いていた。全裸で。

 背丈は175cmほどで、左目がキラリと光を反射している。

 黒髪短髪で、癖っ毛なのか毛先が跳ねていた。


「君の新しい身体だ。といっても、キミたちの星に派遣した監視者に生前の肉体を再構築させたから、姿形は変わらないはずだ」


 そうは言われても、自分の姿も思い出せないので変わっているのかいないのかの確認ができるはずもなかった。

 というか、新しい身体? なら、今の身体は一体……

 管理者は青白い炎を鷲掴みにすると、新しい身体の中へ無造作に押し込んだ。

 押し込んだところから徐々に燃え広がり、全身が青白い炎に包まれる。

 炎の形が次第に身体と馴染んでいくと炎が消え去り、糸の切れた操り人形のようにその場で崩れ落ちた。

 うまく身体が動かせない。指1本動かすのもままならないほどだ。

 呼吸するのもしんどい。酸素が足りない。息が苦しい。

 左目の視界もぼやける。


「ん? 身体が動かせないのか?」


 そうだと言いたいが、その一言を言える力さえなかった。


「おかしいな。知識は奪っていないはずなんだが……少し調べさせてもらうよ」


 言うが早いか、管理者は俺の頭の中に手を入れてきた。

 痛みは感じないが、頭に手を入れられているんだ。

 反射的に首をすくめようとしたが、やはり動かなかった。


「あーそういうことか。あいつ機械音痴だから君の身体を復元するとき、一緒にバラバラになってた携帯スマホも混ぜちゃったんだ。うん、後で説教だな」


 管理者は困ったような表情をしたが、なにかを思いついたらしく、空中に腕を突っ込むと、一握りの青白い炎を引っ張り出してきた。

 手を広げると炎は俺の顔の前に落ち、小さく燃えていた。


「さすがに小さすぎたか……よし、ついでに向こうの知識も与えておこう」


 管理者が炎に手をかざして指をすり合わせると、光の粉が降りかかった。

 光の粉を浴びると、炎は徐々に大きく成長し、次第に人形ひとがたに変わっていった。

 大きさはDVDのケースくらい。

 3頭身で、セーラー服姿の可愛らしい女の子だ。

 白の半袖シャツで袖口に紺の二重線。紺の襟には白の二重線が引いてある。

 かろうじて隆起が見られる胸元に赤いネクタイ。

 白いタイ留めには校章らしきワンポイントが金色であしらわれている。

 膝上丈の紺のプリーツスカートからすらっと伸びた素足に、白ニーソと黒革靴を履いていた。

 少女は顔を左右に振ると、足元まで伸びた真っ直ぐな黒髪が合わせて揺れた。

 両手で頬を叩いて二重瞼をギュッとつむる。

 深呼吸をすると、くりっとした目を開いて周囲を見渡した。

 俺と目が合うと「にゃあ!」と叫んで飛び退き、身構えた。

 自分より大きい顔と目が合えば、そりゃ驚きもするだろう。

 無表情な俺の顔を見つめて警戒をしている。


「うー!」


 この可愛らしい生き物を、撫でたり抱えたり頬ずりしたいところだが、できないからそう警戒するな。

 というか、〝にゃあ〟と叫んだときは、一瞬黒い猫耳と細い尻尾が見えたような気がするのだが、今は茶色い犬耳と太い尻尾が見えている。

 猫なのか犬なのかはっきりしてほしい。

 そんな思いもつゆ知らず、イッヌは俺の左目に映る自分の姿に違和感を覚えたのか、視線を下に向けて自分の手の平を見ている。肉球は無い。


「ふえ? なにこの身体」


 少女の顔から血の気が引いていく。

 そして膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。


「小さく……なってる?」


 耳をペタンと伏せて尻尾をまたの間に挟んでいるイッヌは、空中に開いた穴から伸びてきた手に捕まれて引っ張り込まれたということか。

 少女がはっとして管理者を睨み付ける。

 二人してなにか会話をしているようだが、俺には聞こえてこなかった。

 少女は管理者に対して抗議をしているように見える。

 時折俺の方を指さしているようだが、もしかして俺に関することで言い合っているのだろうか。

 しかし最後には少女が諦めたのか、項垂うなだれて俺を見つめていた。


「分かってもらえて嬉しいよ。それじゃ、クーヤのことは任せたよ」

「分かったよ……マスターがマスターだっていうんならね」

「じゃあ、僕の役目はここまでだ。後は転生先の管理者に聞いてくれ」


 その前に、サポーターの少女が来たのに、身体が動かないままなのをどうにかして欲しい。


「あ、それもそうか。……頑張れ! 女の子」


 管理者が少女にエールを送る。

 つまり、少女が頑張らないと俺はこのままってことか。

 そんな不安を余所に、管理者と少女が再び話し始めた。

 聞こえてくる内容を一言で言えば、取説マニュアルを読むための取説マニュアルを理解するための取説マニュアルが必要なのでは……という、不安しかつのらない会話だ。


「もういい、もう面倒くさい、もう相手したくない!」


 ヌッコの襟首をつまみ上げ、自分の顔の前にぶら下げる。

 「にゃーにゃー」とわめいて暴れるヌッコを尻目に、一呼吸置いてから大きく息を吸い込み、思いっきり吹きかけた。


「ぅきゃあー!」


 暴れることもできないほどの暴風が吹き荒れる。

 掻き乱れる髪が真横になびく。

 一切の抵抗を許されなかった。

 息が徐々に弱まり、髪や服が落ち着きを取り戻してきた。

 最後にもう一度一呼吸置いてから、ゆっくりと話し始めた。


「分からないことは自分に聞きなさい。分かるようにしてあげたから」


 ヌッコが「うきゅ?」と首を傾げる。

 続けて「うきゃあ!」と叫んで尻尾を膨らませた。

 右に左に上に下にと顔を向け、ひたすらに「?」を浮かべている。

 完全に不審者ふしんヌッコだった。

 そんなことは我関せずと、管理者はヌッコを俺の頭の上に降ろす。

 ヌッコが時折「ほえ?」だの「うみゅ?」だの子供っぽい声を垂れ流していた。

 暫くしてため息を吐くと、真剣な眼差しを後頭部に向けてきた。


「わかったよぅ。じゃあ、最初はなにをすればいいの? ……ん、分かった」


 一体なにが分かったというのだろうか。

 両手を俺の頭に付け、目をつむってなにやら呟きだした。

 独り言というより、なにかの調べのような流れるような文言を紡いでゆく。

 心地の良い透き通るような歌声。

 その一つ一つが頭に、手足に、身体にと、全身に流れ込んでくるのが分かる。

 それと共に身体が熱を持ってきた感覚がある。

 今までほとんど感じられなかった自分の体温が、認識できるようになった。

 ぼやけていた五感が、次第に鮮明になってくる。

 そうなってくると、崩れ落ちたときに打った膝や肩や顔といった、身体の痛みを感じられるようになってきた。


「痛っつつ」


 初めての言葉らしい言葉が痛いというのは、なにか悲しい。

 もっとましな言葉にならなかったものか。

 少女が頭の上で寝転がり、顔をのぞき込んできた。


「ごめんねマスター。痛いの痛いの飛んでけー!」


 不思議と痛みが和らいだ気がした。

 痛みから解放されると、少女の言葉に疑問を持った。


「マスター……って俺のこと?」

「んー、タイムがマスターって呼びたいのは、マスターじゃないと思う。でも、マスターがマスターなんだって」

「……すまん、もう少し分かり易く言ってくれ」

「タイムだってちゃんと言いたいよ。でもマスターとしか言えないの」

「よく分からないけど、俺が君の――」

「タイム」

「え?」

「名前! タイム・ラットっていうの」


 名前だったのか。って、ラット? ネズミ!?

 猫でも犬でもなく、鼠だっていうのか。


「鼠じゃないよ。えーと、ラトス、レアルティメ、エイテンアイテン、トラアシング、スィ……ステ……え? 違う?」


 おいおい、なに言ってんのこの子。


RATSアールエイティエスRealtimeリアルタイム A.I.エーアイ Tracingトレーシング Systemシステム? 略してRATSラット……だって」


 何故疑問系。ラッツじゃないんだ。

 というか、口にも出していないのに何故分かるんだ?

 管理者なら、まあそのくらいできそうだが。


「それは、マスターと直結しているから、声に出さなくても聞こえるんだよ」


 それって、プライバシーが無いってことじゃないのか?

 内緒話にはいいけど、考えていること全部筒抜けなのは、勘弁して欲しい。


「んと、これから調節すれば、聞こえなくすることもできるようになるってさ」


 その調節を最優先でやってもらおう。

 ちなみに、左目の焦点が合わない理由が分かった。

 携帯スマホのカメラと同化していたのが原因だった。

 光学2倍、デジタル5倍の望遠がオマケで付いてきた。

 それにしても、転生をただ待つのも暇だ。

 もう1つの定番、ステータスチェックでもしてみるか。


「ステータス」


 ……なにも起こらない。もしかして、言葉が違うのかな。


「プロパティ……インフォメーション……アトリビュート……状態確認……うーん?」


 色々試してみるも、なにも出てこない。

 タイムが色々ウインドウを出してなんやかんややっていたから、てっきり出るものだと思っていた。ちょっと残念。


「マスター、いきなりどうしたの?」

「いや、ステータスでも確認しようかな、と」

「あ、そういうことか。今、出すね。ステータス」


 タイムが言うと、すっと目の前に1つのウインドウが現れた。

 お前が言うのかよ。


[CPU:ZX38k(1.4GHz/1core 1thread)

 GPU:MC80a(10GFLOPS)

 RAM:2GB(GPUと共有)

 ROM:8GB]


 これ、何年前の携帯スマホだよって性能だな。

 だからタイムは抜けてるのか。


「って、そうじゃないだろ!」


 イッヌがビクッと耳と尻尾を立てた。


「え、あの、ご……ごめんなさい」


 力なく耳を伏せ、尻尾を丸めた。


「なんでタイムのステータスを表示してるの? 俺の表示してよ」


 なにが悲しくて携帯スマホの性能見なきゃいけないんだ?

 あまりの低スペックに更に悲しみが増したけどさ。増したらダメでしょ。


「マ、マスターの、ステータスだね。えっと……どれ?」


 おい!


「これでいいの? ほんとに? うん、ステータス」


 やっぱりそれはタイムが言うんだ。

 だったらせめて自信を持って言ってくれ。不安げに言わないでほしい。


[50m走 7.3秒

 走り幅跳び 395cm

 ハンドボール投げ 26.4m

 懸垂 6回

 持久走 425.3秒

 反復横飛び 48回半

 垂直跳び 59.2cm

 背筋力 112.4kg

 握力 40.4kg

 上体そらし 60.7cm

 立位体前屈 6.1cm

 踏み台昇降運動 69]


 こういうのは同年代の比較対象がないと、高いのか低いのか分かりづらい。

 せめて平均が分かればよかった。


「って、そうじゃないだろ!」


 イッヌがビクッと耳と尻尾を立てた。


「え、あの、ご……ごめんなさい」


 力なく耳を伏せ、尻尾を丸めた。


「なんで体力測定の結果なの? いつ測定したの? そうじゃないだろ、ステータスだよステータス!」


 頭の上から飛び降りると、管理者の後ろに猛スピードで逃げていった。

 縮こまって身体を振るわせ、手で犬耳を押さえ、尻尾はまたの間に収まった。


「あ、ごめん。責めてるんじゃないんだ」


 ボケには相応のツッコミが必要だが、タイムには通用しないようだ。

 あまり強く言うのは控えた方がいいだろう。

 それよりも不安なのは、ボケではなく本気ではないか、ということだ。


「ゲーム的なステータス表示は?」

「んと……はい、そういうものは無いそうです」

「敵を倒してレベルアップは?」

「……無いそうです」

「スキルは?」

「……ごめんなさい。あ、CPUやメモリは買えばアップグレードできるそうです」


 顔を少し上げ、尻尾をかすかに振りながらご機嫌を伺うように伝えてくる。

 なるほど、貧弱だった携帯スマホが快適になるのか。

 確かにそれは嬉しいかも知れない。

 あの貧弱なスペックの携帯スマホと一生付き合うのかと思うと、泣きたくなる。


「一応聞くけど、スペックが上がるとなにが変わるの?」

「えっとね……なにが変わるの?」


 それを俺が聞いてるんだってば! と突っ込みたい気持ちを握り拳で抑える。

 あくまで笑顔で。耐えろ、俺。


「演算速度っていうのが早くなったり、描画性能が高くなったり、アプリがいっぱい入れられるようになるみたい!」


 普通にスペックアップしてるだけに思えるのは気のせいか?

 携帯スマホなのにパソコン的な入れ換えができるのは不思議だ。

 それよりも、アプリが入れられるのか。


「どんなアプリがあるの?」

「えっとね……翻訳アプリとか、地図アプリとか、……うにゅ? なんか色々アプリケーションストア? にあるって」


 あ、これ自分でストア見た方が早いやつだ。後で確認してみよっと。

 ……タイムをかいさないと見られないとか言わないよね。


「へー、分かった。ありがとう」


 一応頑張ってくれたみたいだし、誉めてあげないとね。

 頭をナデナデしてやると、頬を緩ませ尻尾を勢いよく振って喜んだ。


「えへへー」


 なるほど、こんな感じで扱えばいいのか。

 ……正直、疲れる。思わずため息が出てしまった。

 そんなことをしていると、音もなく縦長の黒い穴が開いた。


「あ、やっと来た!」


 穴から管理者とそっくりな、でも髪の毛? 的なものが長い管理者が現れた。

 ただし、胸部装甲は無いに等しい。


「遅いぞ1693号!」

「すみません、遅くなりました」


 1693号と呼ばれた管理者がこれから向かう世界の管理者らしい。

 こっちの管理者は何号なんだろう。


「後は任せたからな、僕は帰るぞ」

「あ、はい。お疲れ様です」


 さっきとは別の場所に、同じような穴が開き、その中へ消えていった。


「それでは、こちらの世界のことを軽く話しましょうか。一言で言うなら、魔法の発展が終わって滅びゆく世界です」

「ちょっと待って、そんな世界に転生させられるのですか?」

「あなたたちが寿命を迎えるまでは大丈夫なはずよ。使命とかを課すつもりはないから、新しい人生を楽しんでちょうだい」

「あれ? 誰かとの約束で転生させてもらえるから、てっきりなにかをやれって言われるものだと……」

「それは気にしないで。あなたが転生して生活することで約束は果たされるから。それよりこれからが大変なの。魔法の無い世界から、ある世界に行くんだから」

「まさか、魔法が使えない……なんてことないですよね」

「あなたたちの身体は、魔法に適正が無いのよ」


 せっかく魔法世界に行くのに、魔法が使えないとか、酷い縛りプレイだ。


「適正を持たせてもらうことはできますか?」

「ごめんなさい。代わりの力はタイムちゃんが貰ってるから、大丈夫よ」


 せっかくの異世界転生なのに、主役はタイムっぽくないか。


「俺、要らなくない?」


 思わず口からこぼれてしまった。


「そんなことないわよ。あなたは、あなたを大切に思う人に望まれてこの世界に来るのよ。そんな風に思わないで」

「それって誰なんだよ」


 心当たりなんてない。

 それともまだ見ぬ異世界人に望まれたというのか。

 管理者1693号はなにも答えてはくれない。

 ただじっと見つめてくるだけだ。


「教えてあげられない代わりに、1つだけ欲しいものをあげるわ」

「欲しいもの?」

「失った思い出は無理だけど、私の権限でできることならなんでもいいわよ」


 なんでもと言いつつ、制限があるのはお約束か。だったら……


「手が届く範囲の人を守れる力が欲しい」

「手が届く範囲? 随分と限定的ね」

「手が届かない範囲の人も守れると、魔王を退治して世界平和を……とか頼まれそうですから」


 勇者になりたいわけじゃない。だから、人々を守れるような大きな力は要らない。

 俺を大切に思ってくれる人を、俺が大切に思う人を守れればそれでいい。

 タイムを手の平に乗せてじっと見つめると、屈託のない笑顔で見つめ返された。

 とりあえず、こいつくらいは守れないとな。と思いながら、イッヌの頭を少し乱暴に撫でてやる。


「うきゃっ、急になに!? 髪が……んにゅ、乱れちゃう」


 力なく両手で抵抗をしてくるものの、だらしなく頬をゆるめ、尻尾を軽快に振っていた。口では嫌がっていても、身体は正直だな。


「分かったわ。必要なときに必要な力が発揮できるようにしてあげましょう」


 管理者1693号が胸の中からまばゆい光球を取り出した。

 影さえも消し飛ぶほど眩しかったが、すぐに左目が絞りを調節した。

 光球が管理者1693号の手を離れ、俺に近づいてくる。

 身体に触れるとすっと入り込んできた。

 熱くなく、冷たくもない。力がみなぎる、といった感覚も無い。

 特別変わった感じがしないけど、大丈夫かな。


「これで力の譲渡は終わったわ。なにも感じられないのは平穏無事だからよ」

「わかりました」

「それと、携帯スマホの使い方を簡単に教えておくわね」

「なにか違うんですか?」

「特に変わらないわ」


 おいおい。


「アプリをインストールして使うことができる。ね、変わらないでしょ」

「確かに、それだけを聞くと変わりがないように思います」

「アプリは全部有料で――」

「お金かかるんですか?!」

「当たり前よ。作った人にも生活があるんだから」

「そ、そうですね」

「それから、通信費は別途かかるから」

「通信費?!」

「だから言ったでしょ。特に変わらないって」

「……言いましたね」

「でしょ。驚かないでよ。私も説明義務があるから言っているだけなんだから」


 携帯ショップの店員みたいなことをするんだな。

 契約書に線引っ張りながらじゃないから、説明漏れとかあったりして。


「ちゃんと説明してますー」


 管理者1693号が頬を膨らませてぷいっと横を向く。

 可愛いところがあるじゃないか。


「料金は月末締めの翌月10日引き落としだから、気を付けてね。引き落とせないと速度制限がかかるから」

「速度制限まであるんですか?!」

「いきなり止めないだけありがたく思いなさい。2ヶ月滞納すると止められた挙げ句に口座凍結ですからね」


 そこは厳しすぎる気がする。

 でも、そうなるとお金を稼ぐ手段を考えないといけないのか


「電話やメールもできるけど、やり方は現地の人に聞いてね」

「なんでそこは現地の人なんですか?」

「当たり前でしょ、通話相手は現地の人なんだから」


 当たり前と言われても、そんな当たり前は知らないよ!


「細かいことは取説マニュアルに書いてあるから、タイムちゃんに言えば読んでくれるわ」

「そ、そうですか」


 一番持たせちゃいけないやつに取説マニュアルが渡されている気がする。


「そんなこと思わないの。じゃあ、そろそろ送るわよ」

「最後に1つ、いいですか?」


 多分本人に聞いても分からないだろうから、管理者1693号に聞いた方がいいだろう。


「ん? なにかな」


 タイムを乗せた手を、管理者1693号の前に突き出す。


「うゆ?」

「こいつ、誰と話してるんですか?」


 どう考えても、伝言ゲームのような喋りはおかしい。

 自問自答もよくやっている。

 絶対誰かと話してるはずだ。


「あー、やっぱり気になる?」

「なります」

「そこは慣れてもらうしかないのよね。お互いに」


 慣れればなんとかなるものなのか? というか、慣れたくない。


「タイムちゃんが慣れてくれば、ちゃんと話せるようになると思うから。それまで頑張れ! 男の子」


 頑張りたくない。

 脱力して項垂うなだれる。

 手からこぼれ落ちたタイムが、床を転がっていった。


「しょうがないわねー。じゃあ、頑張ってくれたらご褒美あげちゃうよ」


 そんな餌に釣られないぞ。

 脱力したまま、顔だけ上げる。目に生気は宿っていない。


「ごほうびってなぁんでぇすかぁー」

「それはー、頑張ってからのー、お・楽・し・み(はあと)」


 そんな可愛らしく言われても……なぁ。


「はあ、期待しておきます」

「うん、期待しててね」


 床で伸びているタイムを拾い上げる。

 頼りないとはいえ、こいつがいないとまともに動けないからな。

 頼りにするしかない。


「じゃあ、今度こそ送るよ。分からないことはタイムちゃんが知っているから、なんでも聞いてあげて」


 なんでも、ねえ。

 辞書は持っているだけじゃ役に立たない。

 そして持ってるのは俺じゃない。

 まずは辞書アプリタイムの扱いに慣れることから始めるとするか。


♦♦♦ 補足


※第2話から第4話は、第1話に捕食された為、存在しません

※続きは第5話になります

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