最弱蠱術のドミネーション 〜「銃弾を喰う」能力で国の頂点に成り上がります〜

中川大存

序章

000:「未だ世界を知らない」

 

 けたたましい笑い声。

 この世のあらゆるものを笑い飛ばすように豪放な、さりとて邪気も悪意もない、底抜けに朗らかな笑い声──それが自分の発しているものだと気付いて、私はぴたりと口をつぐんだ。

 

 眼前には数十万の軍勢。

 皆、敵意に満ちた視線で私を刺すように睨みつけている。

 どうやら彼らには──私の肚の底から湧き出た愉快が、挑発や軽侮の類にしか映らなかったようだ。

 彼らは何故に私に対峙しているのか。

 ここはどこで、私は誰なのか。

 何一つわからないままに、私は本能の導くままに言葉を紡いだ。

 

「何をしている。さあ、笑いなさい」

 

 言い終えて再び、私は笑い始める。

 しびれを切らしたように、私の正面に立つ兵士が雄叫びを上げながら抜刀した。

 

 私の笑い声に乗って、何かが私の中から滑り出た。

 一拍遅れて、湿った音と緋色の飛沫が上がる。

 さらにそれを追うように、宙を舞った剣が地面に突き立つのが見えた。

 

 私は再び笑いを止め、何が起きたのかを見定める。

 私に襲い掛かろうとした兵の上半身が齧り取られ、残った下半身が血を吹き出しながらゆらゆらと傾いでいた。

 その異様な光景に一瞬ひるんだ周りの兵達は、私に視線を戻すと慌てたように戦闘態勢を取る。

 しかし、無意味だった。

 

 次々と兵が肉塊に変わり、悲鳴と断末魔が連鎖する。

 踊るように身を翻しながら手当たり次第に兵士を喰らい続けるのは──大きな金色の蜥蜴だった。

 ──ああ、さっき私から出てきたのはこれだったか。

 暢気に見物する私に構うことなく、金色の蜥蜴はほんの数分で見渡す限りの大軍勢を見事に喰い散らかしてしまった。

 悲鳴の絶えた荒野には、私と蜥蜴、そして無数の兵士の残骸が残るのみである。

 

 蜥蜴は鎌首をもたげ、赤黒い血にまみれた顔を私に向けた。

 特にかける言葉も思いつかず、私はただ肩を竦めて見せる。

 蜥蜴はふいと私から視線を外し、手近な木立に食らいついた。

 幹を噛み砕き。

 茂みを頬張り。

 木の根やら下生えやら先程の兵士の屍やらを土石もろとも一口に呑み込んで、蜥蜴は飽くことなく視界に映るすべてを喰らい尽くしてゆく。

 蜥蜴は丘を喰らい。

 山を喰らい。

 地を喰らい。

 天をも喰らった。

 

「羨ましいな」

 

 無意識に、言葉が漏れていた。

 

「私は未だ世界を知らない。ごく限られた風景を眺め、僅かに定まった話を聞くのみだ。見聞どころか、世界を丸ごと喰ってみたらどのような気分になるのか──およそ想像もつかない」

 

 本心だった。

 私はこの暴虐に過ぎる蜥蜴を心底羨ましく思っていた。

 

 ──羨ましがることは無い。

 

 低く落ち着いた声が響いた。

 

 あらかたのものを喰らい終えた蜥蜴が、虚無の真ん中に寝そべって私を見ている。

 小さな両眼が、虚無の端に立ち尽くす私を見つめている。

 

 ──我は、貴様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る