第17話 魔法少女vs魔法少女
残りもので用意した鍋を食べ終え、日付が変わる時間帯になる。
仕事で遅い母さんを除いた全員が寝静まった後に、家を出た。
「ステイシア。そっちに案内してくれ」
呟くと、背後からがしっ、と腕が掴まれた。
振り向くと、
「兄ちゃん、おれもいく」
「せいは……?」
弟の真剣な目に、帰れとは言えず、追加で呟く。
「せいはも一緒にだ。
頼む、ステイシア」
ステイシアから許可をもらい、
俺たちはまばたき一つで裏面に到着する。
……たぶん、だけど。
それにしても、何度も行き来しているが、夜は表との違いが分かりにくい。
表でさえ、通行人の数でかろうじて分かるくらいだ。
元々、外を出歩いている人が少ない夜の時間帯の目安は、赤魔人の光源だろうか。
周囲が暗いと炎が分かりやすい。
赤魔人の中にも強弱が存在するため、いつもいつも都合良く雲を抜ける火柱を見ることができるわけではない。
ステイシアを疑っているわけではないが、果たして今夜の赤魔人は……?
「近くにはいない、か……。
それならそれで――うおっ!?」
すると、突然吹いてきた突風で、足下が後退させられる。
後ろのボロアパートがいつも以上に軋んだ音を鳴らし、少し不安になってきた……。
まさか崩れたりしないよな?
「それにしても今日ってこんなに風が強かったか……?」
雑談程度にせいはに聞いたつもりだったが、弟は周囲を見回しているせいか、耳に入っていないようだった。
「ぶつかってる音だ」
「なにが? というか、なにも聞こえないけど……」
「なにかは分からないけど……でもぶつかってんだよ……金属音か、これ……?」
強い風の音に紛れているのかもしれないが、俺にはまったく分からない。
「こっちからだ!」
せいはが駆け出し、アパートから遠ざかっていく。
「あっ、おい!?」
ステイシアと待ち合わせをしている近くの公園とは方向が真逆だが、仕方ない。
勘違いならそれでいいが、もしも本当に音がしているなら危険だ。
金属音なら尚更。
赤魔人との戦闘で金属音なんて聞こえてきたことがない。
なにか、イレギュラーが発生していると考えるべきだ。
「やべっ、早く追いかけないと振り切られる!?」
どんどん遠ざかっていくせいはの背中に、危機感を覚えて走り出そうとした時だ。
――目の前に、赤いセーラー服をまとうステイシアが舞い降りた。
「あっ……」
ステイシアに隠れて見えなくなったその一瞬で、せいはの背中が完全に消えた。
……なんてタイミングの悪い……、
もしかして、狙ってたのか……?
「まったく、タイミングが良いのか悪いのか……って、なんだ、そのすねた顔」
「なんでもない。……走っていくせいはを見失っただけだ」
「そんなの上から見れば一発でわかるだろ。
……もしかして、知っててこっちにきたわけじゃないんだな?」
「……? この金属音……のことか?」
「え、聞こえてる? ――アタシでも聞こえないのになんで……。
そうか、知っててきたわけじゃなくても、知ってはいるんだな?」
頷く。
まあなにも知らないわけだが。
それでもせいはの耳の功績を利用し、ステイシアを動かすことに成功した。
これは騙しているのではなく、向こうが勘違いしただけだ。
俺は否定をしなかっただけ。
ステイシアが作った流れに乗っているだけに過ぎない。
そう思うことにした。
ステイシアに抱えられ、民家の屋根の上を跳んでいくと、音の発信源に辿り着いた。
立ち止まったここから五十メートル先。
激しく動き、片や槍を、片や大槌を振り回し、衝突している二人の少女がいる。
「巻き込まれたくないから、これ以上は近づけない。……毎回毎回、会えば喧嘩をするあの二人のことだから、絶対に会わないようにアタシがいつも調整してるんだけど……、
今夜の赤魔人が、たがいに接近するように逃げちゃって……はぁ、こんなことにね」
「……イリスの他にも、魔法少女がいたんだな」
「さすがにイリス一人に任せるのは限界だったからな……おまえと初めて会った時にはもう魔法少女は複数いたよ。といっても、今も変わらず二人だけど」
あれ? 知ってたんじゃないのか?
と、ステイシアの質問を背中に受けながら、屋根から下りて衝突の場へ近づく。
その途中でせいはの背中を見つけた。
「せいは!」
「意外だな兄ちゃん。もう追いついたのか」
ステイシアに抱えられてここまできた、とは言いたくないな。
「まあな。それで、見たか? イリスの隣にいる、黄色い魔法少女……」
「見た。見間違いじゃなければ――」
激しくぶつかる衝突音と振動が俺たちの足を止める。
だが、そこはもう二人の少女に声をかけて届く距離だった。
見たことがある魔法少女と、見たことがない魔法少女。
イリスと同様、デザインは同じだが黄色い衣装に身を包む、二人目の魔法少女だ。
ただ、イリスとは違い、色気という色気はなく、
陸上選手のような動きやすく合理的な肌の露出度だった。
小麦色の肌と、激しい動きで揺れる頭の後ろのポニーテール。
握る大槌は、大人一人が足を抱えて丸まったものを二つくっつけたような大きさだ。
少女の体の周囲には、バチバチと、緑色の火花が散っている。
「……見間違いであってほしかった」
上空にいるのは、そう――、
『かなたっっ!!』
「あ。大きい兄さんと小さい兄さんだ……えへへっ、ちょっと元気出たかも?」
にへら、と緩んだ笑顔を浮かべたかなたの油断を逃さず、
イリスが握る槍を突き出そうとした時だ。
「隙あ――」
「あの顔を見たら躊躇いとかなくなるよ。
じゃあ、あと一段階、魔力を上げようかな」
瞬間、
雲が螺旋を描いて動き、大穴を開けた空から緑色の稲妻が落ちてくる。
極太いそれが、直撃を受けたかなたの体を通り、大槌に集まっていった。
大槌が纏う緑色が、さらに濃く、緑色に染まっていく。
バリバリバリィィッッ!!
という反射的に顔をしかめそうになる音が轟く。
「吹き……飛べっ!!」
振り抜かれた大槌がイリスの体を捉えた。
槍を横に持ち、盾のようにして衝撃を受け止めたイリスだったが、
さらに激しく鳴り響く雷鳴と共に、弾き飛ばされる。
強烈な白光に思わず目をつぶる。
次に開けた時には、破壊の痕が目の前にあった。
一キロ先まで縦一列に、民家が壊されていた。
中の住人は……とゾッとしたが、そうか、この世界での破壊はすぐに修復される。
俺とせいはが例外なだけなのだ。
いつまで経っても慣れない感覚だ……。
「よっ、と」
大槌が、紐のついた風船のように、かなたの後ろで浮いていた。
かなたの動きにしっかりと追従している。
屋根の上から飛び降り、俺たちの前に着地した黄色い魔法少女。
かなただ。
間違いなく。
でも、なんだか、かなたではない気がして……。
これが、かなたの裏側だって?
順当にいけばそうなのだろうが、しかし、本当にそうか……?
「噂には聞いてたけど、ほんとにこっちにきてたんだ、兄さん」
「兄さん……?」
「あ、兄ちゃん」
それで! と、かなたが俺たちに質問の間も与えず、
「なんでここにいるの?」
「もぐらの方は定期的にこっちにきてるんだ。見学がしたいって。
危険を冒して赤魔人を討伐したいって言ってるわけじゃないから、いいかなって……、
アタシも今のこなたの話を聞いておきたいしな」
「ふーん」
追いついたステイシアが、かなたの質問に答えた。
「毎晩どこかにいってると思ったら、やっぱりこっちにきてたのかよ……一人で」
「お前を連れていっても、どうせ『おれが戦う』とか言い出すだろ」
「当たり前だ!」
「だから嫌なんだよ」
せいはもせいはなりに、俺と同じことを企んでいそうだが、多分、真逆だ。
目的は同じでも、方向が違っている。
であるなら、正直に言って邪魔になるだろう。
しかし、きてしまったなら仕方ない。
せいはを邪魔する力が俺にはないからだ。
「……おい、なんだよ」
俺の周りをぐるぐると回って、
匂いでも嗅ぐように俺の背中に額をつけたかなたが、
「ちょっと、こうしててもいい?」
「せんぱいから――離れろっっ!」
同時、
飛んできた槍が俺たちの足下の地面に突き刺さる。
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