第12話 判明する正体

「かなたー。夕食の準備、任せてもいいか?」


 冷蔵庫の中を覗いていたかなたが振り向く。


「えー。……めんどくさいなー。今日の当番は兄ちゃんだろー?」


「イリスを放っておくわけにはいかないだろ。

 もちろん、明日は俺がやるからさ。

 それとも、ここで一緒に事情聴取に巻き込まれるか?」


「あ、そっか……はーい! 夕食、作っておきまーす!」


 しっかりと襖を閉めて、巻き込まれないように徹底している。

 現金なやつだ。


「かなたさん……料理できるんだ……」


「ん? イリスはできないのか? 

 そう言えば、家事代行がどうとか言ってたな」


 作ってくれる人がいるなら、覚える必要もない。


「当番ってことは……せんぱいも作れるんですか……?」


「まあ一応は。と言っても簡単なものだよ。俺たちは質よりも量だから細かい味付けはテキトー。お腹を壊さずに食べられたらそれでいいってタイプ。味付け度外視するなら作れると言えるけど、美味いものを作れるかと言われたら微妙なところだ」


「でも作れるんですね……」


「作れないからって気にすることでもないだろ。必要に迫られたらから作ってるだけで、俺だって誰かが家事代行してくれるなら料理なんてしないし」


 かなたが作ってくれるなら俺の負担も減るんだが……あいつは女子なのに、どうやら料理に興味がないらしい。

 作るよりも食べる方に夢中だ。


 弟は言うまでもなく肉にしか興味がない。

 焼いてあればなんでもいいらしい。

 だから期待しているのはこなただ。


 あと二年か三年かしたら、料理に目覚めてくれたらいいなあ、とは常々思っている。


 我が家の中では一番、女の子をしてるのがこなただから。


「ふーくかーいちょー。夕飯食べてくなら一緒に作るけど、食べる?」


 襖が開けられ、菜箸を持ったかなたがエプロン姿で顔を出した。


「え、えっと……う、うん。じゃあ、なにか手伝うことはある?」

「いや、特にはないで――」


「簡単なことでも! 雑用でもいいから隣で見てていい!?」

「それはいいですけど……あれ? 事情聴取は?」


「あ・と・で!」


「ええっ!? じゃあなんのためにあたしは当番を代わって――、

 しまったっ、兄ちゃんにはめられたっ!?」


 そういうことは急に心変わりしたイリスに言ってほしいものだ。


 イリスがキッチンにいってしまったので、俺は手持ち無沙汰になる。

 掃除や洗濯など、探せばすることはあるのだが、せいはが帰ってきてからまとめてやった方が効率がいい。

 とりあえず外に干してある洗濯物を取り込み、畳む。

 それでも十五分ほどしか潰せない。


 それを終えてしまうと……本当にやることがない。


 日頃から掃除していると意外と汚れないものだ。


 汚く見えるけど元々の建物の痕なので、擦っても取れない汚れ……に似た傷なのでどうしようもないそれは放置だ。


 大した労力を使ったわけでもないが、ふうと一息吐く。


 キッチンに並ぶ二人の背中が見える。

 生徒会での役職が逆転したように、料理初心者のイリスが、かなたに叱られてる姿はかなりレアだ。


「違います、包丁っ、こらっ、危ないですから!?」

「だ、だって、これ、つるつる滑ってやりにくいから、がしっと掴まないと……!」

「猫手って言ってますよね!? 指切ったらどうするんですかもー!」


 イリスがあの調子だと、いつ裏のイリスに人格が変わるのか読めない。

 今日中に現れるのかどうかさえ、大体の予測さえもできない。


 なにか分かりやすい目安でもあればいいんだけど……。


 そもそもの話なんだが、裏の人格が表に出てくることはあり得るのか? 

 イリスの基本人格が俺を嫌うイリスだとするなら、裏のイリスが出てきたことで表のイリスの人格は、じゃあ一時的に裏に押し込まれたことになる?


 だとしたら、裏と表の人格の両方が、裏面の記憶を持つことになるんじゃないか?

 でも、今のイリスは裏面の記憶を持っているようには見えない……。


 朝、裏のイリスが表に出てきた時は、表のイリスは裏にいっていたわけではない?

 ……表のイリスは、どこにいたのだろうか。


 そんなことを考えていても五分が限界だった。

 元々、悩んだり迷ったり考えたりしているくらいなら、解決のために行動を起こすタイプだ。

 俺も俺で、じっとしていられない。


「ステイシアに聞くのが一番だとは思うけどな……」


 裏面への行き方が分からないのだから仕方ない。

 外を散歩してたら裏面にいけないかな……? と考えていると。


「いま、なんて言ったの……?」


 ヘッドホンを被りながら、俺をじっと見るこなたの姿があった。


「今? 俺が? ……声に出してた、か? 

 というか、ヘッドホンはずさないと」


「音なんて最初から流れてない」


 コードを繋げているだけだったらしい。

 なんのためにだ。


 しかし、本はきちんと読んでいたようで、栞を挟んで脇に置いていた。


「なんて言ったのか、教えて」


 こなたが改めて、ヘッドホンをはずした。


「口に出してたなら……あれか? 

 ステイシアに聞かないと……だっけ?」


「やっぱり、わたしの聞き間違いじゃなかった――」


 こなたがそっと近づき、俺の袖を掴んだ。



「どうして……兄さんがステイシアのことを知ってるの……?」



 逆に、どうしてこなたがステイシアのことを知っているのかが――いや。


 ステイシアは赤いセーラー服を着ていた。

 俺たちが通う中学と同じデザインだが、違いを言えば色だけだ。

 探せばあるかもしれないが、ほとんど同じと言ってもいい。


 そしてステイシアの背丈や、感じる幼さからすると、中学生とはとても思えない。

 だから制服を着ていることに驚いたものだが、別に着るだけなら自由だ。


 誰が着たっていい。

 サイズさえ合っていれば、小さい子供から大人まで着ることはできる。


 似合うかどうかは別として。

 ステイシアは、制服を着たら幼く見えても、中学生に見えないこともない。


 それもそうだろう、だってステイシアは恐らく、小学六年生……一年の差だ。


 誰が見ても抱くような違和感はない。

 なぜなら来年には着る予定なのだから。


 中学生にしては少し童顔だな、くらいにしか思わないだろう。

 そして年齢を見れば、こなたと同級生だ。


 まだランドセルを背負う、小学生。

 こなたが塞ぎ込んでしまった原因である、現在も意識不明の同級生も同じく――。


 ならば、だ。

 ……まさか。


「宍戸ステイシア。こなたの、友達、か……?」


 いいや、言い方を変えよう。

 こなたの前では誤魔化さない。


「――お前が、女の子なのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る