第53話 人魔衝突

首刈の戦乙女鎌デスピニス!!」


 ベルフェゴールが手にする大鎌サイスは、迫りくる巨大な光弾を容易く斬り裂いた。

 いかなる魔法であっても、この大鎌サイスの前ではただの糧にしかならない。魔力に対する絶対的な攻撃性能。それは魔法使いにとって天敵と言える。


「ベル……かたじけない」

「ふふ、これは貸しね。それよりも……なんで第二魔臣アイツがここにいるのよ」

「それは、儂にもわからん……だがまるで、こうなる事がわかっておったかのように待ち構えておったのだ…………」


 荒い呼吸の中、マルバスはゆっくりと立ち上がった。重傷を負っていた身体は徐々に再生している。しかしまだまだ万全とは言い難い。それだけハーゲンティの魔法による攻撃は激しいものだった。


「待ち構える……? ちょっと、テネブリス様は無事なんでしょうね!?」

「あ、あぁ……テネブリス様は先にメンシスへと向かったが、ここにハーゲンティとアスタロトがいる以上、道中の心配はいらんだろう」

「ふぅん……って、アスタロトまでいるの!? あのまでいるなんて全く、どうなってるのかしら」


 ベルフェゴールは大鎌サイスを肩に抱えて眉をひそめる。

 ハーゲンティはともかく、あのだらしないアスタロトがメンシスの外へ出るのは非常に珍しい。何かと理由をつけて仕事をサボる怠惰の天才だ。

 そんな彼女が魔境に来るとはある意味、異常事態だ。

 メンシスで何かが起こっている――そんな予感がベルフェゴールの脳裏に浮かんだ。


 そこへ、宙に浮いている骨だけの牡牛の頭部を持つ魔族が声をかける。第二魔臣ハーゲンティだ。


「ベルフェゴール、お主も邪魔立てをする気かの?」

「邪魔立て、ですって? 私が誰の邪魔をしてるっていうのかしら」

「無論、ワシら魔族だとも。テネブリス様……いや、前魔王の事は残念だった。しかし勇者が生きていると判明した今、ワシら魔族の取る道はひとつしかない。新たな魔王を据えて、勇者を殺すのだ」

「ふぅん、前魔王……ね。あの御方がそれを聞いたらなんて思うのかしら。想像しただけで全身が震えるわ」


 ベルフェゴールは不敵な笑みを浮かべる。暗く怒りを宿した金色の双眸は、まるで獲物を見据えるようにハーゲンティに向けられている。


「その言い方……まるで前魔王が健在だという風に聞こえるが?」

「そう言ってるのよ。ごめんなさいね、年寄りにはわかりにくかったかしら?」

「……! どういう事か説明してもらおうかの」

「説明? それは貴方がする事でしょう? テネブリス様を差し置いて勝手に事を進めるなんて、七魔臣失格ね」

「…………説明してもらうのは、お主の後ろにいる人間たちの事だが?」


 ハーゲンティの暗い眼窩が見つめた先――ベルフェゴールの後方には、三人の人間が身構えていた。

 紺碧のローブを着た魔法使いの女。身の丈ほどもある大剣バスターソードを背負った恰幅のよい男。純白のローブを纏い、聖なる錫杖ロッドを手にしたハーフエルフ。


 勇者ルクルースの仲間であり、魔族と争いを繰り広げてきた敵。それがまるで、ベルフェゴールとマルバスの仲間であるかのように駆けつけてきた。


「ここがアルボス魔境……思ったより普通な感じだな」

「そうね……でも、凄く濃い魔力が周りに満ちてる」

「これも禁忌の世界樹の影響なんでしょうか……」


 フェルムたちは初めて踏み入れた魔境の様子を、確かめるように見渡していく。

 一見するとただの荒れた平野。だが、肌にまとわりつくような魔力の密度は、この一帯ならではの異様な感覚だ。

 そんな特異な地に降り立ったアルキュミーは、目先に見える一体の魔族に強い警戒感を抱く。


「ベルフェゴール、あの魔族は一体……?」

「ただの年寄りよ。でも――――貴方たちじゃ到底勝てないでしょうけど」


 ベルフェゴールの言葉に、アルキュミーは息を呑んだ。

 同じ魔族同士が言うのだから、嘘は言っていないはずだ。つまり、それだけの強敵がここに立ちはだかっているということだ。

 だがこちらには魔族が二体、そしてフェルムとクラルスがいる。数だけでいうと圧倒的にこちらに分があるのは間違いない。

 しかし、そう思っていられたのも今だけだった。


「ベルフェゴールよ……えらく人間と仲が良さそうじゃないか」

「どこがっ! それに、全てはテネブリス様の為よ。勘違いしないでくれるかしら」

「勘違い、だと? この状況を見て何を勘違いするというのか。全く、笑わせてくれる。だが、これで決定的。お主らはワシの手で葬ってくれる」


 すると、ハーゲンティは枯れ木のようなスタッフを天に掲げた。

 魔法による攻撃か、とアルキュミーたちは即座に身構える。


「空より地へ、地より天へ。有象無象、虚より出でろ。天位魔法――大転移エルフギオー


 天位魔法の発動に必要な詠唱を言い放つと、ハーゲンティを中心とした荒れた大地に巨大な魔法陣が浮かび上がる。直後――青白い閃光が魔境に広がった。


 数秒経って光が収まり、アルキュミーたちの視界に映ったのは、辺り一面を埋め尽くすほどの魔族の大軍。

 ゴブリン、オーガ、トロール、インプ、ガーゴイル、グレムリン…………ざっと目に入るだけでも、これだけの魔族が確認できる。しかしそれだけでも、ここにいる勢力のほんの一端だ。


「なっ……転移、魔法……!? 一度にこんな数、ありえない!!」

「でも目に前にいるのは確かだ。一気に形勢が逆転しちまったぜ……!」


 狼狽えるアルキュミーたちを横目に、ベルフェゴールとマルバスは冷静に戦闘態勢を整える。周囲を囲う魔族の大軍を気にも留めない様は、まるでこうなる事を見越していたかのようだった。


「さてと……じゃ、貴方たちは周りの雑魚の相手ね。ワタシとマルバスはハーゲンティ。異論は?」

「儂は無いが」

「俺もねぇよ」

「私も、ありません」

「……じゃあ頼んだわよ、あなた達」

「さっ、サクッと終わらせてさっさとテネブリス様と合流よ!」




 人間が三人と、魔族が二体。

 対するは千を超える魔族の大軍。


 この日、アルボス魔境で起こったこの戦いは、後に人魔衝突と呼ばれる事件として世に語り継がれる事になる。


 そして、世界が邪悪なる混沌へと向かう始まりだった。

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