第26話 第四魔臣グラシャラボラス
目の前に現れた、久方ぶりに見る魔族。
自身が持つ絶大なる魔力を分け与え、数ある魔族の中でも確固たる地位を手にした選ばれし魔族。
選ばれし七体の中で、最も好戦的で争いを好む魔族。
その魔族こそ、第四魔臣――グラシャラボラス。
テネブリス直属の配下にして、魔族の軍勢において第四の地位を手にした実力者だ。
そんな何やら怒れる様子の
「貴様なら、私を追って来ると読んでいたが……よもやここまで思い通りになるとは。フフフ、あの森で派手に暴れた甲斐があったというものだ」
「なん……だとぉ? お前ぇ、舐めてンのかぁ……!?」
「ほう…………
「お前ぇは勇者だろうが! なに訳の分かンねぇことを……!! お前ぇは、必ずぶっ殺す!!!!」
怒り心頭のグラシャラボラスは、強靭な四肢を使い上空に跳躍する。そして落下の勢いを利用し、長い前腕を叩きつけるように振り下ろした。
テネブリスはさっと身を躱し、すかさず後方へ距離を取る。
振り下ろされた前腕は誰もいない地面を直撃し、その場所には巻き上がる粉塵と共に、大きな窪みが出来上がった。
「ふん……ろくに会話も出来ぬか」
「勇者とする話なンざ、何一つねぇ!!」
グラシャラボラスは勢いよく地面を蹴り、あっという間にテネブリスとの距離を詰める。
さすがに接近戦では分が悪い。
そう判断したテネブリスは、即座に魔法を詠唱する。
「人位魔法――
キンダーバルクとの戦闘の際にも使用した魔法だ。一定時間、空中を浮遊、飛行できる効果を持つ。
グラシャラボラスの前腕から繰り出される怒涛の攻撃を、のらりくらりと躱しながら反撃の機会を窺う。
その執拗かつ激しい攻撃は、テネブリスであっても回避に専念するほかない。
そこへ、突如後方から魔法が放たれた。
「人位魔法――
テネブリスとグラシャラボラスの間に、蒼い閃光が拡がる。
目の大きなグラシャラボラスには目くらましの効果が絶大だったらしく、その場でうずくまり動きを止めた。
一瞬出来たその隙に、テネブリスはふわりと飛行し大きく距離を取る。
テネブリスはその間に、ふと記憶を辿った。
心当たりのある魔法。テネブリスはいつかの時を思い出す。
当然、長い金髪を揺らす、あの魔法使いの女の事も。
その記憶に呼応するかのように、ちょうどその女が駆け寄ってきた。
「ルクルース!! 一体……何が起こってるの!?」
「気を失って目覚たら、こんな……何があった!? ルクルース!」
アルキュミーに続いて、フェルムとクラルスも慌てて駆け寄ってくる。その様子から見るに、つい今しがた目が覚めたようだった。
だが目の前で起きていた突然の惨状に、理解が追いついていないのだろう。
そんな中、クラルスだけは冷静だった。
「ルクルース……あの魔族はもしかして、七魔臣……ですか?」
「ほう……その通り。奴は第四魔臣グラシャラボラス。見ての通り、ただのデカい狼だ」
テネブリスはニヤリと笑う。
しかし、その後に言葉を付け加える。
「ただ、強さは只者ではないがな」
七魔臣の中で序列は四番目に位置するが、広大な場所における接近戦においては、その実力は一、二を争う。
つまりこのアグリコラ王国は、グラシャラボラスにとって実力が遺憾なく発揮される絶好の場所とも言える。
「奴は私が相手をする。貴様らは邪魔だ、下がっておれ」
「なっ……相手は七魔臣でしょ!? 相手は一体、私達が支援すれば……」
「一体ではない」
アルキュミーの言葉を遮るように、テネブリスは冷静に伝える。
その言葉を裏付けるように、グラシャラボラスが何者かに指示を出した。
「やっぱり仲間がいたか……雑魚の相手は任せたぞ、
グラシャラボラスの影から、這い出るように三匹の真っ黒な狼が現れる。
光も通さぬ程の漆黒。その存在はまさに影そのもののようだった。
グラシャラボラスの命を受けた
「ルクルース!
「ふん……初めからそう言っておろうが」
(それに、相手はたかが
テネブリスは再びグラシャラボラスへと視線を戻す。
目くらましの効果は既に失われ、牙を剥き出しにして戦闘態勢を取っている。
両者が動き出そうと脚に力を込めた時、王宮の奥からそれは現れた。
兵士団と見られる者達の隊列。
アグリコラ王国が誇る王宮護衛兵士団だ。数にして百人規模。
手に持つのは新品のように磨きぬかれた剣や盾、槍の数々。
だが、進軍する兵士達の表情は青ざめ、ガチガチと歯を震わせていた。
それもそのはず、彼らは実戦経験が無いに等しいからだ。逃げ出さずにここまで進軍しただけでも勲章ものとも言える。
しかし、そんな稚拙な進軍を嘲笑うかのように、グラシャラボラスは無慈悲に魔法を放った。
「霊位魔法――
青い汚泥に塗れた前腕を兵士達に向けると、そこから濁流のような魔力の奔流が放たれる。その奔流は、恐怖で立ち尽くす兵士達の群れを瞬く間に飲み込んだ。
そこにある命という命、その全てを跡形もなく流し尽くす。
濁流が去った後に残ったのは、もはや人の形を成してない死体の数々。
――全滅だった。
「ちっ、雑魚がイキリやがって……。次はお前ぇだ、勇者ルクルース。お前ぇも殺す。絶対に殺す。お前ぇだけは俺の手で殺さねぇと気が済まねぇ」
ついさっき殺した人間達の事など微塵も気にかけずに、グラシャラボラスは憎悪の込もった眼差しをテネブリスに向ける。
怒りと憎しみで、その巨大は小刻みに震えている。
「ふん……許さぬ、か。貴様如きが私に対してそのような口を利くとは……仕置きが必要だな」
「あぁ!?」
「やれやれ、まだわからぬか。無能な貴様に教えてやろう。私こそが、凄惨たる魔王――――テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールであるぞ」
テネブリスは王たる貫禄と威容で、我が名を宣言した。
堂々とした佇まい。他を圧倒する威圧。そして僅かに匂うあの御方が持つ魔力の残滓。
そのどれもが、目の前の勇者が凄惨たる魔王である事を思わせる。
だが唯一、その姿のみが決定的に違っていた。
グラシャラボラスは困惑する。
目の前に見える姿と、直感的に感じるモノが相反する事に。
故に、確かめるしかなかった。
「どういう、事だぁ……?」
「ふん、ようやく話を聞く気になったか」
「本当に……お前ぇがテネブリス……様だとしたら…………何故……何故、キンダーバルクを殺したぁぁぁ!!!!」
グラシャラボラスは激昂する。
その胸に抱いた感情は、既に理性が働く許容量を遥かに凌駕していた。
憎しみ、怒り、嘆き、悲しみ、その全てが一気に押し寄せる。
だが、悍ましい圧を放つ配下に対して、テネブリスはただ静観する。
「ほう……貴様が部下の為にそこまで感情をさらけ出すとはな……。だが一つ言っておいてやる。貴様の無能な部下キンダーバルクは、愚かな事に魔王である私に楯突いたのだ。そのような不遜な輩はどうなるか知っているか? 答えは――――死だ」
テネブリスは、かの凄惨たる魔王を彷彿とさせる冷酷な眼差しを
一切の反論を許さぬ絶対的な
まるで勇者とは思えぬ禍々しい殺気。
だが、グラシャラボラスは怒りを鎮めない。
相手が誰であろうが、それが例え――畏敬する魔王だったとしても、敬愛した部下の仇を取る事に躊躇いはない。
「お前ぇが誰だろうが構わねぇ。俺は部下の仇を取るだけだ……! 本当に魔王だってンなら証明して見せろ! 勇者ルクルース!!」
「ほう……よかろう。では貴様も、私の配下に相応しい
冷たく言い放ったテネブリスは、手にする漆黒の魔剣を強く握りしめた。
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