凄惨たる魔王の黙示録〜目覚めると勇者になっていた魔王は、斯くして世界を救う。
幕画ふぃん
プロローグ
「
薄っすらと冷笑を浮かべたその存在は、煌めく剣を握りしめた人間に問う。
余裕漂う表情とは裏腹に、その言葉には対する人間の命運を左右する重みが秘められている。
深い真紅の瞳から浴びせられる重圧な眼差しを正面に受け、人間は力強く返答した。
「それは……俺が勇者であること。それ以外に理由などない!」
人間――否、勇者が言い放った正義感溢れる回答を、表情を一つも崩さず聞き入れる。
「ふ……愚問だったようだな」
黄金に輝く髪を片手でかき上げると、見下したように呟いた。
身に纏う漆黒のマントには、広大な平野から舞う砂塵が張り付いている。
背後には騒然と列をなす異形の者達。彼らが今か今かと殺戮の時を待ちわびているのを、青白い肌に伝わる殺意と狂気で感じ取った。
興奮冷めやらぬ配下達を落ち着かせる意味も込め、先程までと変わらぬ冷笑を保ったまま、強靭な肉体を覆うマントをさっと右手で払い除けた。
その威風堂々たる所作に、背後に控える異形の配下達は
たった一つの身振りで、異様な静けさを作り出した存在。
百年余りにも渡り、人間との熾烈な種族争いに明け暮れた魔族を統べる存在。
敵味方から
その存在こそが、
重苦しい威容を真に受けた勇者――ルクルースは、一筋の汗を頰に伝わせる。そして短く呼吸を整えると、覚悟を込めて言い放った。
「魔王テネブリス! お前に一騎打ちを申し込む!」
ルクルースの手に握られた
その輝きが目に入った為か、それとも命知らずな言動に呆れた果てた為か、テネブリスは目を細める。
「覚悟は……できているのだろうな?」
勇者との短い問答を終えると、瞳に宿る真紅が更に深みを増す。直後、禍々しい魔力が解き放たれた。
底知れぬ深淵の如き溢れ出る力の奔流は、目にしただけで健常な精神を畏怖させる凄惨たる魔王の象徴そのものである。
そして仰々しく両手を空中に振り払うと、身に纏っていた漆黒のマントが空中にはためく。風になびくようにひらひらと舞ったマントは左右に四枚に分離した。
それはさながら悪魔のように八枚の黒い翼へと変容し、
この姿を前にして微動だにしない勇者の不退転の決意を汲み取り、己が臣下達へ指示を下す。
「
「……御意」
絶対たる魔王の命令を受け、七魔臣の一人である赤髪の魔族が移動魔法を発動する。ほどなくして形成された巨大な魔法陣に包み込まれるようにして、背後に控える魔族の軍勢と共に姿を消した。
一瞬で目の前の光景が様変わりした事に勇者を筆頭にした群衆は動揺する。
しかし勇者ルクルースも仁義を通すべく、共に並び立つ仲間に向かって声を掛けた。
「アルキュミー、クラルス、フェルム! 兵士達を連れて城壁まで戻ってくれ!」
「でも……!」
「……あぁ、わかった。生きて戻れよ!」
「フェルム! あなたどういうつもり……」
「彼の覚悟を無駄にしてはダメ……信じて待ちましょう」
勇者の決断に納得がいかない様子の魔法使いの女・アルキュミーに、ハーフエルフの神官・クラルスと剣士の男・フェルムが場を顧みずに説得する。
しかしアルキュミーは、命を掛けた決断を勝手に下した事に対して、そして仲間である自分達を逃がす事に対して簡単に納得しなかった。
だが、勇者自身が提案した一騎打ちという選択。
命を賭した覚悟を、無駄にする事は出来ない。
そう瞬時に判断したフェルムとクラルスは、半ば強引にアルキュミーを城壁のある後方に連れ去った。
「――すまない、生きて戻る」
既にこの場を去った仲間達に聞こえもしない謝罪をすると、勇者ルクルースは不敵に笑う魔王に向かって目を見据える。
「よかったのか? お仲間は不服そうだが」
「ここでお前に勝ち、無事に戻れば何も問題はない」
勇者ルクルースが挑発とも取れる一言を言い終えると、突如空気が変わった。
――重く、そして苦しい。
魔王テネブリスから放たれる禍々しい魔力が、勇者ルクルースの戦意に襲いかかる。
少しでも油断をすればすぐ死が訪れる。そんな緊張感のまま幾秒かの時が過ぎた。
直後、魔王と勇者、両雄が同時に放った強大な魔法によりこの膠着は一瞬にて崩れ去る。
「黒き潮流よ、その血潮にて生きとし生けるものに慈しみを、嘆きを、死を。その一切を骸に変えんことを示せ。 ――神位魔法・
まるで詩にも似た魔法詠唱。それから放たれる魔法は、一般的な魔法を遥かに凌駕する膨大な魔力を生み出した。
魔王テネブリスが上空に掲げた右手からは、光さえ通さぬ無数の黒い渦が伸びていく。その渦は次第に絡まり合い、やがて一つの巨大な球体を創り出す。
どんどんと肥大していく
まるで濁流のように溢れ出る黒き魔力の奔流は、瞬く間にこの平野を覆い尽くした。
魔王テネブリスが魔法を詠唱したのと時を同じくして、勇者ルクルースもその身に聖なる光を宿した。
選ばれし勇者のみが持つことを許された聖剣、エーテルナエ・ヴィテ。
その切っ先を天に向け、力を込めた口調で祈りを捧げる。
「デアの加護よ、我に力を。その聖を
右手に持った聖剣エーテルナエ・ヴィテに込められた神聖なる光が
太陽と見間違う程の煌めきは、闇に染まりつつあった平野を再び照らしていく。
切っ先から真っ直ぐに伸びる聖なる光は、やがて巨大な刀身となった。
そして、魔王テネブリスから放たれた黒き魔力の奔流に向かって、聖なる光を纏った巨大な剣を振りかざす。
力と力。
光と闇。
勇者と魔王。
互いの放った強大な魔法は正面から衝突し、爆発音のような轟音と共に大きな閃光が生まれた。それはやがて辺り一面を覆い尽くす程の大きな白い光となり、周囲を飲み込んだ。
そして――――
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