第一章 但し書き

 人生の無意味さに耐えるだけなら、ワラビー*でも人間程度の事はできるだろうと思う。たぶんこれが、私の退屈でちっとも面白くない人生において起こった、たったふたつの興味深い出来事について書きたい動機だ。グーズベリーの実がいっぱいの籠の中のどれが私かなんて、分からないでしょう? いえ、もし私が黙っていたら分からなかっただろうけど、私は語る事にした訳だから、私に注目してもらうためにこうして改めて説明する事のこっぱずかしさは耐えないといけない。99パーセントのわが同胞たちと同じように、自分というテーマは私にとってもとても魅力的だ。これにはちゃんとした理由がある。


 興味深い出来事のひとつというのはヘンリー・ビーチャムとの関わり。もうひとつは新しい形式で自伝を書いた事にまつわる体験。そういう事をしたのは、よくある正統派の書き物にうんざりしていたから。まずは自伝について語ろう。ここに書く事はいくらか、というか大体において、日記を参照している。


 当時私は、男の子たちなら山賊や機関士やボクシングのチャンピオンになりたいと夢見るような、そういうお年頃だった。そういう派手でシンプルなものでは、女の子は満足しないものだ。私は世界中を、病気や飢えに苦しむ赤ん坊のいない、大人は貧乏に襲われない、全ての動物が肥えて幸せで、私たちの妹のような花々でさえ踏み潰されたり意に反して摘まれたりしないような、そういう美しい場所にしたいと願った。缶詰めの中のめんどりみたいにおしとやかに振る舞ったり、そして男がただ偶然に振り当てられた性別によって優れていると認めなければいけない、という事は私をカンカンに苛立たせた。


 ストリンギーバーク・ヒル公立校のような機関に通う少年少女の生活というものは、民主主義の良い見本と呼んでも差し支えなかった。思春期のおとずれにひっかき回されたとはいえ、競争相手の誰にもお金持ちはいず、お金は何の問題にもならなかった。生まれも容姿も何の役にも立たなかった。教室ではただ頭の良さと真摯さだけが、そしてグラウンドでは運動の武勇と公平さが重視された。


 長い数式以外のどんなクラスも楽しく、楽勝だった。小さなグラウンドだったけど、私は足が速く、特別にすばしっこかった。12歳になるまでは男の子にも負けないぐらい高く跳べたし、クリケットだろうが野球だろうが陣取りゲームであろうが、いつも私がキャプテンに選ばれた。教室でのまぬけは外では最高の打者や走者だったし、成長すれば運動に秀でた者はただの優等生よりもよほど華々しく迎えられた。そういう風に、塩梅は取れていた訳だ。


 早く学校という小さな世界から、より広い世界に大きく踏み出したくて仕方がなかった。どうして誰もが小さな穴ぐらに居ついて、乳牛ほどにも気概を持たないのか不思議だった。外の世界は冒険に満ち溢れているのに。


 この友情と日々の楽しみが続いていくと思っていた。私はどんな試合や遊びでも積極的に貢献して、いつも良い結果を残したし、これから何をするかについても、選びきれない程の選択肢があるように思えた。愛と賞賛を得ていく事を疑ってもいなかった。だって私は試合でイカサマをした事も無いし、何かに優れているからと威張り散らかしたりもしなかったし、物でも楽しみでも、何でも独り占めしたりしなかった。持てるものは何でも人と共有したのだ。


 そんな中、親愛なる老先生に守られる日々の終わりがやってきた。我らが学校は、繊維質でノッポなユーカリの林の間に建つ小さな平べったい校舎だった。私たちは彼の事を裏では、ハリス爺、と呼んでいた。ハリス爺は時に酒に飲まれる事もあったけど、子ども達の一人ひとりをよく知っていて、とても大事にしていたから、入植者たちには受け入れられていた。どんなに頭のノロい子どもの才能も取りこぼさない人で、彼の下で私は思う存分暴れる事ができたし、好きなように振る舞った。イギリスでも有名な学校を卒業していたという事だけど、学校名をハリス爺が殊更に告げる事は無かったし、この地域の素朴な人間には分からなかっただろう。とても有名な人々との繋がりもあったらしいけど、それもやっぱり普通は語りたがらなかった。ただ時折、少々酔いどれている時に鼻持ちならない魔が差すと口を滑らせた。天使のような人で、人好きのする優しい顔つきをしていて、バッタを踏みつけた事も無かったに違いない。こういう人だったから、どんな乱暴者や冷血漢からも一目置かれた。ハリス爺は週にほんの3パウンドにも満たない謝礼で、片手で足りるほどの数の子ども達に勉学の基礎を教えていた。ハリス爺の下宿していた家の人々は勤勉で実直、そして心優しかったけれども、知識を共有したり、知性を楽しませる事のできる人々では無かった。


 ママはハリス爺がこんな所に留まっているのを腑抜けだと言ったけど、パパは頭をポリポリしながら「ハリス爺の歳にもなれば、人生は快適なベッドと充分な食糧があればよしという事になるんだろう。少なくともそれは確保されているわけだし」と言った。


 その最後の授業の日、ハリス爺は私の肩をポンポンと叩いた。これはこの内気な人にしては驚くような馴れなれしさだった。彼がそうしたエゴティズムを見せるとしたら酔った時ぐらいで、普段はそんな気配も無かったのだ。私はたぶん、つぶれた足の爪みたいに引いてしまったと思う。ハリス爺は私にちょっとした薫陶を授けた。それは若者がその時には老人のたわ言だと受け止めてしまうような、でもその若者がやがて歳を重ねていくにつれて鮮やかに思い出される、そういう類のものだった。そんな風に歳を取った現在21歳の私に響いてくる、その言葉はこういうものだった。


「シビラ、君はとても良い子だ。義に厚く誠実で、おまけに才能がある。君は若い獅子のように勇敢だが、やがてその心を砕こうと荒波がやってくる。今は幸せな子どもだが、ああ、君の才能と気性では、普通の人の満足するような条件では幸せを感じられないだろう。君は私がこれまで教えてきたどの生徒よりも鋭い頭脳を持っているが、それは君を幸せにはしない。ただ、その頭脳を以って頭脳の存在を隠し、君の美しさを際立たせるのに使うのでなければ……しかしその美しさというものも、君は女性のほとんどが満足するだけのものを持っているけど、君はけしてそこに満足はしないだろうから、私はこれ以上何も言わない方が良いのだろうね。どんなものであれ、君に幸運が訪れますように。君のいないこの校舎は寂しくつまらないものになるよ」


 この時私は、ハリス爺はちょっと飲んだのだろうと思っていたけれど、今、彼が亡くなって6年が過ぎて、ただ彼は私よりもよほど人生経験があったという事なのだと分かる。


 校舎から離れる私を、ハリス爺は佇んで見送った。植樹祭の日に私も植えるのを手伝った若木に挟まれた小道を進む私を。愛情というのは何て面倒なものなのか。別れはいつも名残惜しい。数歩進むごとに振り返ってハリス爺に手を振った。彼はもう過去のページになってしまって、これから私を待つ輝かしい若者時代に連れては行けないのだという事が、何だか悲しくてならなかった。


 近道を使っても、家まで2マイル(3.2キロメートル)はあった。その道は跳び越えるのに最適の倒木や丸太が転がっていて、1、2ヤードごとに、地面に影を落とすユーカリの葉を掴みに高く跳び上がった。空は洗濯袋みたいな青空で、山脈のような入道雲が、雷を連れてきそうな勇壮さで西の空に積み重なっていた。荘厳な夕焼けが見られるだろう。目に入るどんな美のかけらでも味わいながら、これから足を踏み出す、高いフェンス越しに見えるガタガタの地平線の向こうに広がっているだろう素晴らしい冒険を思い描いた。目に入る景色の中で最も素敵で心が躍るものは、放牧場からゴウルバンに、そしてシドニーへと続く道。私を冒険の旅にいざなう最初の関門。私は家に入る前にフェンスの柱によじ登って、しばし景色を惜しんだ。学校時代の終わりを。


「何を男まさりな事をやっているの」ママが言った。「これからは、今までと同じとはいきませんからね。遊ぶだけで仕事も心配も無いなんて、そんな人生で一番楽しい時間はもうおしまいです。人生とはどういうものか学ぶ時よ」


 人生とはどういうものか! これまでとは一変するといいなと私も願ってる。冒険という青い海原が、漕ぎ出しなさいと呼びかけていて、他の何も聞こえなくなるようだった。




*🦘←ワラビー。少し小さなカンガルーのようなもの。

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