第11話 「聞きたいなら聞かせてやるよぉ!」

 アレクサンドル皇太子の父、ゴード帝国皇帝サンダルシア・エゼビメウス・ゴードは歴代皇帝の中で初代皇帝を除き、最も帝国を繁栄に導いた皇帝である。

 今の帝国が最先端の国と呼ばれるようになったのも、彼が世界各地の職人を積極的に誘致し、技術を広げたためである。


 だからこそ、現皇帝の後を継ぐアレクはそんな父を超える皇帝になろうと思っていた。


 アレクの才能は確かに傑物である父の才能を受け継いでいた。

 いずれは現皇帝にならぶ君主になるだろうと誰もが思っていた。しかしそんなまだ年若い彼を、周囲が過小評価をする節があった。

 父である皇帝サンダルシアの政策は完璧で、付け加える事箇所も修正する箇所も必要がなく、皇太子としての活動はただ父の政策を維持するだけ。たったそれだけでアレクを平凡な次期皇帝と見なす人物達がいたのだ。


 ――まだ何も、そうまだ何もやっていない。


 アレクには自他共に認める才能があり、その才能に胡座をかかずに努力する性格だ。

 未来は分からないがそれでも今の状況でそのような評価を受けるのは気に食わないという思いが、彼の心に少しずつ積み重なっていく。


 しかしそんな評価をする周囲を見返そうという気持ちもあり、皇帝として真価が発揮されるのは自分が皇帝になった時……つまりは父に何かがあった時だ。

 それにまだ急がなくていいのだ。

 皇帝になるまで愛しの婚約者と共に平穏な帝国を過ごしたいという思いが、彼の積み重なった劣等感を洗い流していた。


 だからこそ、急がなくてもいい。

 ――それなのに。



 ◇



「僅かに残っている劣等感を利用されてしまった……!!」


 ある日、いつからか姿を消していたバルトロ男爵がアレクに面会したいという旨の申請書がやってきた。訝しみながらも彼と会うと、魔人となったバルトロ男爵がアレクの持つ僅かな劣等感を媒介に魔術を放ってきたというのだ。


「通りでお主の行動があのような頓珍漢な事になっておったのだな……」

「歪になりながらも一貫して帝国のために行動していたしね……」

「すまない……! 私の心が弱いばかりに……!!」


 周囲に迷惑をかけた事に悔やむアレクだが、そんなアレクをカマラが抱き締めた。


「……誰にも心の内に不安や悩みを抱えています。私も皇太子妃として上手くやれるか悩んでいました……それでも、私はアレク様となら頑張っていけると思っているのです……!」

「カマラ……! あぁ私もだ……! だからこそ瘴気に侵されても尚カマラの声で目が覚める事が出来た……!!」


 僅かばかりすれ違っていた二人は、その空白となった時間を埋めるために強く互いを抱き締める。そのあまりの長さにノンナが辟易して突っ込もうとしたところ、魔人が理解し難い表情を浮かべながら言葉を発した。


「馬鹿な……!? 聖女の奇跡もなしに私の魔術を……魔王様の瘴気を払ったというのか!?」

「……流石に今回は特殊だと思うがなぁ……」


 魔人の言葉にノンナが頬を掻きながら答える。

 確かに人に掛かっている瘴気や魔術を払えるのは聖女の奇跡しかない。今回はアレクとカマラの強い愛の力によって払えた特例に過ぎないのだ。


「それでも、人は瘴気を乗り越える力を持っている事だけは確かだよ」

「聖女、貴様ぁ……!!」


 魔人が体に瘴気を張り巡らせ、強烈な殺気を勇者一行に叩き付ける。

 誰もがその殺気に唾を飲み込む中、殺気をも吹き飛ばすいななきが響き渡った。


「ヒヒィイィイィイイン!!」

『!?』


 その瞬間、キングが荷台を引きながら勇者一行を取り囲んでいた兵士達を轢いてきたのだ。


『キング!?』

「ちょ、兵士の命は無事じゃろうな!?」


 何せデスキャリッジレース用の馬車だ。

 耐久性も頑丈さも比べ物にならず、人間が激突すれば一瞬で挽肉になるだろう。

 しかしそんなノンナの心配にキングはドヤ顔で返した。

 まるで「余がそんなヘマをするわけなかろう?」とでも言うような表情だ。


「……やっぱりムカつくな馬風情が!」

「――いってて……ったく緊急とはいえ乱暴だなぁ」

「……あっ!」


 サラが馬車から出てくる人物の姿を見て声を上げる。

 そこには腹の傷口を抑えているノルドがいたのだ。


「だ、大丈夫!? 今治すからね!?」

「あぁ……サラの顔を見れば一瞬で元気になったぜ……」

「まだ血が流れてるけど!?」


 一応近隣住民から薬草や包帯などで応急処置をしたが、それでも重症に変わりない状態だ。

 サラはノルドの傷口に手を置き、肉体治療の奇跡を唱える。


「ノルド……! 大丈夫……?」

「あぁノエル……見ての通り大丈夫だ!」

「いや重症だけど……!?」

「サラの力があるんだ、もう大丈夫になったぜ!」

「馬鹿ノルド! 失った血は戻らないんだよ!? 私の肉体治療の奇跡を掛けても普通なら絶対安静なんだからね!?」

「……だ、そうだけど?」


 サラとノエルの言葉にノルドは目を逸らす。

 そして目を逸らした先には怒りの表情を浮かべている魔人の姿があり、それを見たノルドは愉快そうに笑いながら顎で魔人を示した。


「奴さんが許してくれるなら休むとするがな?」

「貴様ら良くも……!! 良くも私の計画を……!!」

「おーおー怒り過ぎて憤死しそうだなぁ!」

「黙れぇ木っ端戦士風情がぁ!! 未熟な勇者にその勇者以下の貴様らを血祭りにして今度こそこの国を堕落させてくれるわぁ!!」


 更に――と魔人は一転して嘲笑を浮かべる。


「貴様らの武器に付与されている奇跡もそろそろ底を突きそうだしなぁ!」

『……』


 その言葉に誰もが口を閉ざす。

 確かに奇跡付与の奇跡は持続時間が三十分しかなく、更にはもう一度武器に奇跡付与をするには立ち止まって集中しなければならない。

 だがそのような隙を魔人が見逃してくれるわけもなく、より一層苦戦を強いる事だろうと誰もが思う。しかし、それでもただ一人だけは余裕を見せていた。


「――それで?」

「……何?」


 治療を済ませたノルドが立ち上がって、メイスを肩に掛ける。


「それでって言ったんだ……なぁ、その情報で俺達が諦めるとでも?」

「……貴様は馬鹿か? そこな勇者はこの私を倒せなかった未熟者……それに貴様らはその未熟な勇者よりも弱いのだぞ! 勇者が敵わない時点で最早貴様らに勝機などない!」

「勇者、勇者ってさぁ……お前勘違いしてるぜ?」


 その言葉に、誰もがノルドに視線を向ける。


「お前と戦ってるのは勇者一人じゃない……俺ら勇者パーティーと戦ってるんだ」


 その言葉に、誰もが気付く。

 そしてノルドと立ち上がって共に並び始める。


「頼るになる勇者パーティーの力って奴を、てめぇに紹介してやる」


 今この瞬間、魔王を討伐するためのパーティーが完成したのだった。


「……ふざけた事を抜かすなぁ!!」


 魔人の激昂と共に魔術によって操られている兵士達が殺到する。

 だがそんな彼らの前に出たのは二人の少女。


「行くわよノンナ!」

「貴様の技とやらを見せるがいい! 汝の土よ、動けイラ・グラエ・ムーバ!」


 ノンナがその聖術を唱えると何とヴィエラの立っている土が移動し、彼女を運ぶ。

 ――そして。


「『聖術・不動王の構え』!」


 重心を低くして盾を構える彼女が無数の兵士と激突する。

 だがそれによってヴィエラが吹き飛ばされるのではなく、彼女の盾に激突した兵士が吹き飛んで行ったのだ。


「……そんなまさかと思ったが本当に自身のマナをマナラインに接続しておるのか……っ! そんな才能ある聖術士よりも高度な技をいとも容易くやってのけるとは……何者じゃお主」

「そんなことはいいから早く動かして!」

「ええい人使い荒い騎士様よのう!!」


 ヴィエラの使う聖術・不動王の構えは体内のマナをマナラインに繋げ、ありとあらゆる衝撃を地面へと分散する究極の防御技だ。

 しかしその欠点として彼女自身はその場から一歩も動く事ができず、こうして欠点を克服するためにノンナの使う地面移動の聖術だった。


 物ともしない盾が自らぶつかりに行く様はまさに猪型の魔獣の如く。

 これが防御に置いて右に出るものがいないヴィエラと繊細かつ大胆な聖術をまるで手足に動かせるノンナ。


 これが勇者パーティーに所属する騎士と聖術士の力だ。


「ヒヒィン!!」

『ぐああ!?』


 一方ノンナに兵士達が行かないよう妨害しているのは突然変異体のバトルホース、キング。彼はその強靭な脚力によって戦場を縦横無尽に爆走しており、勇者パーティーの戦いの舞台を整えていた。


「ハァ!」

旋風の鉄槌よポルカ・カラエ・マギカ!」


 更にキングの引く馬車の中にはアレクとカマラがおり、彼らはそれぞれ剣と聖術でもって兵士達を薙ぎ倒していく。

 これが勇者パーティーを魔王討伐へと導く戦馬とそして勇者パーティーと同じ魔王を倒さんとする者の力だ。


「くっ……!? 貴様の聖剣には奇跡がもう付与されていない筈だ! それなのに何故私の体に傷を付ける事が出来る!?」

「僕にも分からない、よ!」


 ノエルの聖剣と魔人の瘴気を纏った腕が激突する。

 しかし本来ならば奇跡無くしてノエルの聖剣は魔人の瘴気を破る事が出来ない。だがそれもさっきまでの話で、ノエルの聖剣はちゃんと魔人に通用していた。


「だけど……! 僕を仲間と思ってくれる人がいると分かった……! 僕の仲間と思っていい人がいた! 僕はそんな彼らのために力を振るいたいと今この瞬間思っている!!」


 この瞬間、ノエルはただ義務や命令で働く勇者ではなくなった。

 ただ己のために、大切な者のために力を振るう真の意味での勇者となった。

 その思いが聖剣ラヴディアへと流れ込み、勇者としての力が解放される。


「こ、これは!?」


 魔人が聖剣に集まる『奇跡マナ』の力を目の当たりにし、目を見開く。

 これが聖剣、これが女神に選ばれた勇者の力。


 ――その技の名を。


「『斬魔激玲ざんまげきれい』!!」


 ――チィン……。


 まるで鈴の音のような優しい静かな音が周囲を包み込む。

 それと同時に膨大な量のマナを纏った斬撃が魔人の身に刻まれ、そして後からその一線の傷から黒い血が吹き出す。


「馬鹿な……斬撃が見えなかっただと……?」


 規格外な速度によって放たれるノエルの一閃は気が付けば既に振った体勢になっており、魔人の知覚や防御力を超える一撃を生み出していた。


 だがそれでも魔人は倒れない。

 心の臓に達する一撃を受けようとも、魔人の持つ瘴気その物を吹き飛ばす威力でなければ魔人を消滅させる事が出来ない。

 その点で言えばノエルの聖剣に込められた『奇跡マナ』が不足している証だろう。そして見れば先程の一撃でノエルは相当消耗したようだ。


「ハァ……ハァ……!」


 魔人もまた先程の傷が治っていない。

 いや、聖剣の一撃によって傷が治らない。

 しかし問題はないだろう。今ここで消耗している勇者さえ倒せれば魔人の勝利なのだから。


「それを俺が許す筈がねぇんだなこれが!」

「ぐぼっ!?」


 横っ面をこれまた規格外な威力で叩き込まれる魔人が吹き飛んでいく。

 それを成し遂げたのは、メイスを振った姿勢をしているノルドだった。


「貴様……!!」


 メイスによる負傷はない。

 勇者の一撃によって瘴気による衝撃吸収は軽減されたものの、それでも先程の一撃は大した効力はなかった。


「どうだ? これが勇者パーティーだ!」

「ただの戦士風情が何を偉そうに!!」


 確かに身体能力や力は勇者パーティーの中では随一だろうが、それでもこれまで戦ってきた戦士達よりかなり戦いやすい。

 だからこそ最初はノルドの防戦一方だったのだが、戦いをすればするほど何故か拮抗していく現状に魔人は顔を顰めた。


「何故だ? 何故貴様を倒しきれん!? 何故私の動きについてこれるようになっている!?」

「これが愛の力だぁ!!」

「何故そこで愛!?」

「この想いがあるからこそ人は頑張れるんだよ!!」


 武闘大会での優勝。

 魔術の突破。

 魔人との戦い。

 どれもこれもがサラへの想いあってこそだとノルドは思っている。


 例え目の前の存在が強大でも、前に進められるのが愛。

 例え絶体絶命の状況に陥っても、諦めないのが愛。


「……」


 サラは、ノルドのその言葉を聞きながら聖杖を構える。

 これまでノルドの告白を受けてきた。

 その事に嬉しいという感情はあっても、受け入れる事が出来なかった。

 あの日の夜から、勇者と結ばれる夢を見たサラにとってノルドの告白を受け入れる事が出来ないのだ。


(でも……!)


 武器への奇跡付与は他の奇跡と比べて習得難易度の低い奇跡だ。

 それでもサラの奇跡付与は未完成のままで、大凡十全な性能とは言えない物だ。


 ――でも今なら分かる。


 何故この技が未完成のままなのか。

 それは確かにこの技は武器に奇跡を付与する技ではあるが、武器は扱うのは人である。

 ならば真に掛けるべきは武器そのものではなく、その武器を扱う人。

 その人を想い、その人に力を授けるのが奇跡付与の技なのだ。


「ノルド……!」


 ノルドの想いは受け入れられない。

 それでもノルドに自身の想いを捧ぐ事が出来る。

 故に、奇跡付与の言葉はこれなのだろう。


「――『あなたに愛を』!!」


 それが奇跡付与を発動するための言葉。

 それによってノルドのメイスに『奇跡』が宿る。


「何故だ……! 何故ただの戦士がこの私と渡り合える……!?」

「はっ……聞きたいなら聞かせてやるよぉ!」


 頭上へとメイスを振りかぶり、真っ直ぐと魔人を見つめて口角を上げる。


「俺はサラの事が大好きな――」


 そして勢い良く。


「――ただの戦士だぁ!!」


 振り下ろす。


「……あ」


 魔人の小さな声が口から漏れると同時に、魔人の脳天へとメイスが叩き込まれる。

 だがメイスの勢いは止まらず、頭から胴体、胴体から足にまで貫き、そして大地をも割って衝撃によって周囲の建物を吹き飛ばす。


 あまりの威力に耐えきれなかったメイスが音を立てて砕け散る。

 だがその代わりとして、魔人モンドは塵も残さず消滅していた。

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