71 竜と軍
自分のクラン員のうち、特に戦闘力の高い者9割が集まった状態で、ソーヤは作戦を決行した。
力任せで、後々尾を引くような作戦だった。法に触れているし、犠牲も出るだろう。だが彼には地球に帰還出来ない理由がある。
近くの建物の屋上に立ち、クランのメンバーが突入する様子を見ている。
こちらの攻撃はあまり上手くいっていないようだ。怪我人が後方にどんどんと運ばれていく。しかし相手も手加減しているのか余裕がないのか、死者が出たという報告はない。
彼の祝福、軍神。
わずか100名の集団を軍と言っていいのかどうかはわからないが、効果は確実に発揮している。
小ざかしく生き残りを考える探索者の部下も、今は死を恐れない勇敢な戦士だ。
いくら相手に自分と同じくレベル100を突破している猛者が4人もいるとは言え、この数の暴力には抵抗出来ないだろう。
「出来れば椿さんは殺したくないけど……」
可能ならば女性は生かして捕らえろと言ってある。だがそれは、別の意味に捉えられているだろう。まあ、人間やエルフに発情する魔族は少ないので、くっ、殺せ! という展開にはならないだろうが。
そんなことを思いながら、ソーヤは呟いた。
「嫌になる……」
ソーヤがわずかに目を逸らした瞬間。
宿の窓から二つの反応が飛び出した。
セイのマップにも似た、戦場把握の能力も、軍神の祝福の一つ。
一人はマコから話を聞いていたセイだ。しかしもう一人は、ステータスが分からない。
戦力不明の存在は、戦場での不確定要素。第一に排除すべきである。
しかしソーヤがそれに対応する前に、事態は動いていた。
窓から飛び出たラヴィは、一瞬でその姿を竜へと変えていた。
飛翔の魔法で空中を飛ぶセイと並び、ソーヤへの進路を取る。
そして咆哮。
竜の咆哮は、人間の精神に状態異常を起こす。いくら軍神の加護で士気が高まっているとは言え、神竜の咆哮である。
戦場の空気を塗り替え、ソーヤの部下たちから異常な士気を奪うのは簡単だった。
セイは空中で刀の柄を握ると、全速でソーヤに襲い掛かる。
「シッ!」
居合いの呼吸で刀を振るうが、二者の間にソーヤの護衛が割り込む。
だが、割り込んだだけ。
刀の一閃で護衛は四肢を切断され、残りの護衛がソーヤの前に出る時間稼ぎにしかならない。
それでも充分だったのだろう。ソーヤは剣を抜き、傍のダークエルフは精霊術を使う。
しかしそこで、また咆哮。
レベルの低い戦闘員は抵抗できず、錯乱する。下手に密集していたため、同士討ちになっている者たちもいる。
ダークエルフの精霊術は霧散していた。もう一度精霊に呼びかける必要があるだろう。
「こんな市街地で、しかも宿を襲うとはどういうつもりだ!」
屋上に降り立ったセイは、ほとんど一撃ごとに護衛を無力化しつつ、ソーヤに叫ぶ。
「勝率の高い作戦を立てただけだ」
驚くほど冷たい声で、しかしどこか感情を抑えたように、ソーヤは答えた。
降下して来たラヴィはその巨体で爪を振るう。
ソーヤの部下の精鋭は、あるいはその攻撃をかわすが、直撃を受けている者もいる。
竜の攻撃だ。すぐに治癒しなければまずいだろう。
だがソーヤは目の前のセイから視線を離せない。もしそうしたら、一瞬で殺される未来が見える。
レベル100の、魔法戦士。それがソーヤの部下である魔法使いが鑑定したセイのステータスだ。
技能のレベルを聞いても、自分なら確実に勝てると思った。ソーヤの戦闘力は、他の祝福の勇者と比べて、真っ当に強くなるものだ。
だが、これは違う。
これはあれだ、偽装という術理魔法だ。
そうでなければ、たかだかレベル100の相手に、自分がここまで圧迫感を覚えるはずがない。
(怯むな)
心の中で思う。自分を慕う者。自分が守るべき者。この土地の異形な、それでいて愉快な魔族たち。
雄叫びを上げながらソーヤは突進しようとして――既に相手が自分の間合いに入っていることに気付いた。
セイの太刀筋は一閃であった。
金属製の胸当てを切断し、ソーヤの胸から肺までを切断した。
即死ではない。だが、ここから瞬時に治癒する方法をソーヤは持っていない。
ただの一撃で、勝負はついたのだ。
仰向けに倒れたソーヤの鼻先に、セイの刀が向けられる。
「降伏して、部下を止めろ。これ以上死人が出る前に」
ソーヤの戦意がなくなると共に、その部下たちに作用していた力も霧散する。
宿の階上で戦っていたマコは槍の石突で敵を叩き落し、戦闘が終わったことを知った。
セイは簡単な治癒魔法を使って、ソーヤやその周りの戦士たちの傷を、適度に癒していく。
死なない程度、戦えない程度というわけだ。
「それで、どうしてまたこんな襲撃をかけたんだ?」
刀の切っ先を向けながら、セイは問いかける。
ソーヤにはもう戦意がないのは分かるが、少し離れたダークエルフは憎憎しげにこちらを睨んでいるからだ。
「……相手の油断しているところを狙うのは、戦いの常識だろう?」
「いや、そういうことじゃなくてな……」
セイは片手で頭を掻く。
「市街地で戦闘して、ただで済むと思ったのか? そもそも地球に帰る気はないのか?」
「太守は俺に何か出来るほどの力はない。太守に力がないから、俺が代わりをするしかなかった……」
倒れたままのソーヤの話は、彼の行動が己の欲望から発したものではないと伝えるものだった。
この街の近くに飛ばされたソーヤは、最初はとにかく戸惑ったらしい。
何しろ魔族が多くを占める街だ。しかもその中でも、吸血鬼や三眼人、ダークエルフといった人間に近い容姿の種族は少ない。
だが同時に、彼が逆に差別されるということもなかった。物珍しさはあったろうが、人間が全くいないわけでもなかったからだ。
そして旧魔王城を探索しだして、彼はこの都市の問題に気がついた。
孤児が多いのだ。それは、探索者の両親を失った子供たちである。
これに対して太守は有効な手を打てていない。せいぜいが生きていける最低限の配給を行うだけだ。
休む家もなく、服はボロボロで、貧民街の更に軒下で眠る子供。
これを放っておくことが出来なかった。
ソーヤは問題の解決方法がすぐに思いついた。
探索者をある程度、自分が鍛えて死ににくいようにし、孤児たちを自分が雇って働かせることだ。
駆け出しの探索者には経験と知識を与え、広大な屋敷を維持するために、孤児を雇ってそれに仕事を教える者も雇った。
今後は探索者をあらかじめ訓練させる学校のようなものを作り、孤児には教育を与え、仕事に就けるようにする。
それが彼の計画だったのだ。
完全にそれが成されるまでには、まだまだ長い時間が必要だったろう。あるいは一生をかけても無理かもしれない。
だが彼はそれを選択したのだ。下手な英雄願望ではなく、地道な人助けとして。
「大魔王様の目も、全てに届いているわけじゃないか……」
フェルナは人間として見た場合、善良でありながら為政者としての面も優れている気がした。
だが全てにおいて完璧な人間などいない。為政者として優れているなら、冷徹に切り捨てる部分もあるだろう。
それにセイは、この街の問題にも気がついている。
この街は帝国の他の街と比べても、流通のインフラが整えられていないのだ。
魔石や魔結晶を狩ってきても、それを必要な場所に流通させるための鉄道がない。
ある意味単独で完結した街だ。経済の流動性があまりなく、優秀な人間を呼び寄せる要素がなく、そしておそらくは種族的な問題もあるのだろう。差別とまでは言わないが、人間に近い容姿の種族が少ない。
そう言うと、どうにか座る姿勢になるまで回復したのか、ソーヤも起き上がって頷いた。相変わらず刀は向けられたままだが。
「他の街に行くにしても、街道の両脇は危険な森林だ。武装したキャラバンは来るが、どうしても交渉はあちらの方が有利になる」
街の周辺に農地は作りにくく、魔境化していない周囲の森に狩りに行くにも危険はある。
そもそもこの街がどうして存続しているのかが不思議なのだが、やはり都市の遺跡が魅力的なのだろう。
迷宮に比べると当たりハズレが大きいが、それでも旧魔王城なのである。中にはお宝が眠っている可能性も高い。
裕福な観光客もいるということで、ある程度のレベルの探索者はそちらの収入も期待出来るのだ。
話を聞くに、セイはソーヤが考えていることが深い事に感心した。
「だから俺が生きているうちに、なんとか基礎を作りたかったんだよ」
刀をしまったセイはその場に座り込み、腕を組んでうんうんと頷いた。
「それがまさか、竜と戦うことになるとは思わなかった」
ラヴィはまだ竜の姿のまま、周囲を警戒している。
ぱちぱちと瞬きをする姿が可愛い。
それはともかく、セイはソーヤを説得しなければいけない。
帰還石は帰還を願わなければ発動しない。もしくは殺すか。
しかしこの少年を殺すという選択肢は、セイの中にはない。
「全部解決する暇はないけど、手伝うよ」
セイの言葉に、ソーヤは意外そうな顔をした。
まず、農地の開拓である。
火魔法を制御しながら使って、森林を適度に開拓する。
エルフであるライラも、畑にするような森の開拓には、別に反対することもない。エルフだって森を切り開くことはあるのだ。
むしろ積極的に、開拓するべき土地を選んでくれた。何かに活用できる樹木があまりない部分である。
将来的には、この街独自の細工物などを作っていければいいと言うが、そこまで教えている暇はない。
だが土産物や特産品を作るというのはいいことだ。実際に悩むのは現地の者だろうが、それは仕方ない。
そして次に街道の整備である。
エルフ族の者たちが集まって、魔物が避ける匂いを出す樹木や野草を、街道脇に並べていく。とりあえずは魔法の結界も設置するが、これは時間稼ぎにしかならないだろう。
列車が通行できるようになれば最善だが、それはどうしようもない。大魔王様あてに、こんな街がありますよと手紙を出しておくぐらいだ。
他人に丸投げなのだが、これは政治家の仕事だろう。
探索者の養成は、学校を作って引退した探索者を教師として招いた。
充分に稼いで引退した探索者は、他の街に行ってしまう場合も多いが、それでも故郷に残る者はいる。
彼らにとっても交通の便が良くなって、各地の様々な商品が充実するのはありがたいことだろう。
つましい生活を送れる程度の稼ぎで引退した探索者にとっては、第二の職業となる。
改めて冒険者ギルドを設置して、その辺りを整備する必要はあるが、これはやはり政治家の仕事で、太守から中央に要請をしてもらう必要もあるだろう。
……こう考えるとこの街の太守、あまり仕事はしていない。
大魔王様への手紙には、それも書いておこう。
そして最後が孤児たちの行方である。
孤児院を作る。ただ孤児を集めて養うだけでなく、ある程度の学問と、何らかの手に仕事を覚えさせる。
識字率の高いガーハルトだが、この街はそれほどでもない。
計算や読み書きが出来れば、やれる仕事はどっと増える。
中には才能があって、他の地方の高等学校に進める者もいるかもしれない。その場合、街から奨学金を出すなどの手段が取れるだろう。
職人の中で引退して暇をかこっている者に頼んで、職業訓練校のようなものも作れるかもしれない。
全ては実行する人間に託されるわけだが。
この全てを、セイ仲間の力を借りて三日間で行った。
だが実際にこれが持続していくかは、指導していく者の意志の力によるだろう。
ソーヤがいなくなれば、誰が率いていくのか。
「カタリナ、悪いけど頼めるかな」
そう言われたダークエルフの女性は、ぷるぷると首を振った。
「私にはソーヤの代わりは出来ない。そんな力はない」
「一人で出来なくても、皆でやればいいんだ。そうだろう?」
ソーヤを囲む魔族や亜人が、大きく頷く。
「姐御なら心配ないが、それでもって言うなら……」
「ソーヤの兄貴に心配をかける訳にはいかねえからな」
ブンゴルと見分けのつかないハイオークや、杖を持った魔法使いのようなゴブリンが肯定する。
大きく息を吐き出し、ソーヤは部下という名の仲間たちを見つめる。
地球人とはかけ離れた異形の者たち。だがそこには確実な心の交流があった。
「じゃあ、行くよ。あんまり話していると、別れづらくなる」
そう言ったソーヤは、セイの元に歩み寄った。
「やってくれ」
セイが帰還石を額に当てると、わずかな間の後にソーヤの姿は掻き消えた。
それを見て、こらえた涙があふれる魔族もいた。
「さあ! じゃあ始めるよ! いつまでもめそめそしてちゃ、ソーヤに笑われるからね!」
カタリナの声に、仲間たちが動いていく。
それを見たセイとマコは、ほっと息をつく。
「終わったね」
「まあ、もう一仕事残ってるけどな」
眉をしかめて、セイはそう言った」
街道を馬車が行く。
ぽかぽかといい日取りだ。その中に座るセイもすがすがしい顔をしている。
「いいことをすると気分がいいな」
「本当だねえ」
無言でラヴィは頷いたが、三人の置き土産は強烈なものだった。
無能か不熱心か知らないが、とにかく働いてもらわないとカタリナたちに余計な手間をかけてしまうため、太守の屋敷を訪れたのだ。
竜の姿のラヴィの背に、セイとマコが騎乗して太守の館の庭に降臨。
どかどかと衛兵を無力化して、ラヴィがその牙で太守の服を噛み、宙吊りにする。
その状態で、セイは太守を説得したのだ。
とてもスムーズな説得で、あまりにも素晴らしい内容に、太守は頷く以外の行動をしなかった。
…ちょっと股間から嫌な匂いがしたのは気のせいにしておいてあげよう。
そんなわけで、カタリナたちの仕事も少しは楽になるだろう。
街道を馬車が行く。
その行き先は、海だ。
セイたち一行は、ついに海を渡って竜翼大陸に向かうのだった。
ガーハルト編 了
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