第111話 対決
一面の荒野に、非常識に巨大な穴がある。
直径30キロほどもある、巨大な穴だ。かつて帝都があった場所である。今は面影もない。
その上空に、7つの人影があった。
西にリア、カーラ、サージの三人。
東にアルス、フェルナ、そして見たこともない三眼族の男。
竜眼で見たところ、レベルは200を超えている。てっきり会議の時のようにレイを連れて来るのかと思ったが、魔族軍の陣容は想像以上に厚いようである。
そして両者の間には、燃える炎のような色の髪の女性。
火竜オーマ。最も若く、もっとも好奇心旺盛な神竜である。
「約束と少し違うが……」
リアの視線の問いかけに、オーマはきししと笑った。
「そりゃ、こんな面白い勝負を見逃す理由はないだろ。それにどちらかがやりすぎた場合、止めるやつが必要だしな」
なるほど、これはアルスの保険か。
リアと違って、アルスは自分の命の価値を知っている。勝負がつけば、命を落とす前にオーマに止めてもらおうという算段だろう。
アルスにとって、この決闘は余計なものなのだ。徒に命を賭けるなど馬鹿らしいだろう。
逆にリアが負けそうになった時、オーマがどう動くか。
いや、そもそもその立場になったら、アルスはリアの命を奪うだろうか。
それはないだろうな、となんとなく感じる。アルスはなんというか、効率的に命を使う人間だ。
死んでしまえばそれまでのものを、最大限に利用する。戦争においても魔族軍は敵を殲滅させはしなかった。
アルスは王としての覚悟を持っている。リアとは違う。
どんな言い訳をしても、リアは戦うために生きているような人間だ。バルスも自分の後継者として、とんだ不適格者を選んだものである。
「まあいい」
結果がどうなろうと、とにかく今は戦いたい。
「始めようか」
そしてリアは虎徹を抜いた。
「ちょっとその刀、おかしいよ! なんでオリハルコンの聖剣と打ち合って刃が欠けないのさ!」
数合の打ち合いの後、呆れたようにアルスが叫んだ。
「なにしろ虎徹だからな」
「なんで虎徹がこの世界にあるんだよ!」
「創世魔法で作った!」
レベル9の剣術スキルで斬撃を繰り返す。それで分かったことがある。
アルスの剣術はリアよりも劣る。もっと言えば、接近戦能力に劣る。
1000年も生きてきてそれはどうなのかと思うが、他の部分に力を注力してきたのだろう。このまま接近戦を繰り返せば、オーマの介入を許さずにとどめをさせる。
必殺の突きが、アルスの懐に吸い込まれる。
その瞬間、アルスの姿は消えていた。驚く間もなく、天空からの斬撃一閃。
第六感に従って、リアは体をひねる。
竜闘気を貫いて、肩の鎧を弾き飛ばす剣。
そのまますれ違った二人は、微妙な距離を取ってまた対峙した。
「転移か…」
高度な精神集中がいるはずの転移魔法を、アルスは瞬間的に使った。
「その通り。僕の奥の手その一だけど、やっぱり通用しなかったね」
アルスには余裕が見える。その一ということは、その二も三もあるのだろう。
「接近戦では、どうやら分が悪いようだし…」
そう言った瞬間、リアを包む結界。破る間もなく、魔法が発動する。
暗黒熱核爆裂地獄。
カーラが使ったよりも更に凝縮された破壊力が、リアを襲った。
「やった……わけないか」
アルスの呟きと共に、結界を破ってリアが飛び出す。
その勢いに任せた逆袈裟切りを、アルスは受け止める。弾き飛ばされるように天空へ昇るアルス。
「―― 深淵より来たりて、永劫へと還れ ――」
わずかな詠唱と共に、アルスの手の中に闇があふれる。いや、それは闇でもないものか。
それは全てを無へと帰す魔法。かつて戦った、当代の勇者が使った魔法だ。
「破滅」
虚無の力が空間ごと食い散らかし、リアへと迫る。これは竜闘気でも防げないものだと咄嗟に判断する。
全力でかわす。左腕が闇に食われて消滅していた。
「―― 光あれ ――」
続けざまにアルスは唱える。
「神罰」
今度は光の光線が、文字通り光速でリアを襲った。だがそれは、暗黒の竜闘気と相殺される。
「さすが魔王」
凄惨な笑みを浮かべて、リアはアルスを見上げた。
その左腕は既に再生している。それに要した体力も、高速で回復してつつある。
「今のは少し、死ぬかと思った」
「破滅の魔法は、奥の手その二だったんだけどね…」
背中に汗をかきながら、それでもアルスはとぼけた様子を崩さない。
接近戦では分が悪い。かといって魔法の攻撃もかわされたり無効化される。
何この子、勇者より強い。
転生者とはいえこの年齢でレベルが230というところがおかしい。1000年生きているアルスでも、レベルは300にわずかに及ばない。
そしてそれだけのレベル差があってこの内容だ。
さらに持っているギフトが、勇者や魔王よりも凄まじい。
これが竜の血脈か。正直、1000年前に戦った魔王よりもよほど強い。
黒猫の五人と戦った時と同じぐらいの緊張感がある。文字通りの化物だ。バルスの後継者なだけはある。
破滅の魔法を直撃させたら倒せるのだろう。だがそんな隙を見せるとは思えない。
「ああ、駄目だね。やっぱり君の方が強い。これ以上はやっても負けるだけだと思うな」
「戯言を。何かまだ隠しているのは分かっている」
「いや、本当に君の方が強いよ。確かに奥の手は残っているけど、これは大崩壊で使うためのものだしね」
「それじゃあ、このまま死ぬか?」
リアの殺意が高まる。アルスはオーマの方を見るが、にやにやと笑って止める気配はない。
「仕方ないな。じゃあお見せしよう」
アルスは覚悟を決めた。
確かにリアはアルスより強い。しかし、何でもありのこのルールでは、アルスの切り札が使える。
「召喚」
巨大な魔方陣が浮かび上がり、それは出現した。
「魔王機械神」
それは黒い巨人。装甲に身を固めた、科学と魔法の融合。
六対十二枚の翼に、二対四本の腕。それぞれに違う武器を持っている。
「個人の力では、これには勝てないよ」
アルスは静かに宣告した。
機械神の腕から短剣が繰り出される。高速振動剣。それはオリハルコンをも断ち切る破壊の刃。
リアは全速で回避する。このロボット、巨体のくせに素早い。ギネヴィアのゴーレムとは比較にならない性能だ。
回避したその先に、違う手から繰り出される武器。巨体に比して小さな戦鎚が迫る。それでもリアを叩き潰すには充分だ。
空中に静止した状態でそれを受け止めようとするが、怪力のギフトの恩恵があってもそれは無理だった。
はるか数キロも吹き飛ばされ、地面にめり込む。
「どうだい? 魔族領ではこれを量産している。さすがに性能は少し劣るけど、核兵器の直撃にも耐えられる性能だよ」
どこからかアルスの声が聞こえてくる。リアは口の中に入った土を吐き出し、すっくと立ち上がった。
虎徹を納める。いくら魔法で強化しても、この巨大な装甲は破れないだろう。
「こちらも、切り札を切らせてもらう」
リアは胸の前で両手を合わせた。それをゆっくりと広げていくと、両手の平の間から、漆黒の刀が生まれる。
暗黒竜の牙より生まれし、世界最強の武器。ガラッハという名の刀。
「ここからが本番だ」
リアがガラッハを振るう。その一閃は大気を裂き、はるか彼方の山を一つ爆散させた。
「……聞いてないよ」
呆れたような声で、アルスは呟いた。
「さあ、この刀を止められるかな!」
魔族領の技術を結集した巨大ロボットと、暗黒竜の力をドワーフの手によって武器とした神刀。
神話の時代の再現とも言えるのではないだろうか。
「せいやああああああ!」
凄まじい気迫と共に、リアは機械神に斬りかかる。機械神の翼が盾のようにその身を守るが、その翼をも切り裂いて、刀身が機械神の装甲に傷を付けた。
「滅びよ」
機械神の装甲に魔方陣が浮かび、そこから破滅の虚無が何本もリアに襲い掛かる。
リアはそれを、あるいはかわし、あるいはガラッハで弾き飛ばした。
「なんで破滅の魔法が効かないのさ!」
悲鳴をあげながらも、アルスは無数の虚無をリアに投げつける。
リアもまた高速で飛翔し、ガラッハの衝撃波を飛ばす。
「亜空間障壁」
そのガラッハの力が空中で消滅した。
「反転」
そしてリアに向けて反射される。
「ははっ!」
リアは笑いながらそれを斬る。
そこへ伸びる機械神の槍。かわしたタイミングで振るわれる斧。
「うらああああっ!」
黒い刀身が巨大な斧を真っ二つにした。
物理的な攻撃力は、リアには通じない。かといって魔法も通じない。
リアのほうも、斬撃を飛ばす攻撃は通じない。かといって刀の間合いには一歩届かない。
どちらか、魔力と体力の切れたほうが負ける。そんな状況だ。
しかしこの勝負は、リアに不利だった。
ガラッハは振るうどころか、その手にするだけで魔力を吸い取っていく。一方のアルスは機械神に埋め込まれた魔核の魔力で持久戦が可能だ。
だが先にしかけたのはアルスの方だった。
手にした短剣を投げつける。その巨大な質量を、リアはガラッハで弾き飛ばす。
わずかな隙。だがその隙こそ、アルスの欲していたものだった。
「封印解除」
機械神の装甲が、内側から吹き飛ばされた。
そこにあったのは魔核から魔力を吸い取る光の巨人。
かつて竜によって封じられた、異世界の神が、顕現していた。
「な……」
なんだそれは、とリアは問いたかった。
自分をはるかに上回る魔力。竜眼でも見通せないその能力。
装甲を脱ぎ捨て、膨張したその巨体は数キロにもなるか。頭部は雲を貫いている。
「3000年前にこの世界と戦った、別の世界の神だよ。聞いたことはないかな?」
この世界には竜がいる。そして神もいる。
だが神は3000年前の戦いでほとんどが滅び、残りも封印されたという。
封印された神々を祭っていたのが神聖都市だが、竜という確実な絶対者がいるこの世界では、神への信仰は薄い。
それでも確かに神は存在する。今、目の前に。
「さて、これで切り札はなくなった。まだ何かを隠しているなら君の勝ちだけど」
「こちらの切り札はこの刀だけだ。これで、それを止める」
リアはぶらりと刀を提げたまま、神を見上げる。
「あんなもんが残ってたのかよ……。つーか、どうやって制御してんだ?」
オーマの呟きに答える者は傍にはいない。
だが次の瞬間、現れたものがいる。
「魔族の領域には確かに封印された神がいたはずだ。それをあの魔核で制御しているのだろう」
銀色の髪、竜眼。
風竜テルー。その実体は、この世界の大気の中ならばどこにでも存在が可能だ。
突然の出現に驚いた顔も見せず、オーマは感嘆した。
「すげーな人族。神まで支配下に置くか」
「あれは魔王だからな」
「テルー様、オーマ様」
呼びかけられて振り返ると、カーラが珍しく必死の表情をしている。
「お二方の力で、この戦いを止められませんか?」
「ふむ?」
興味なさげなオーマと違い、テルーはまじまじとカーラを見つめた。
「この間も見たが……やはり我が眷属の血を引いているようだな……それに加えて堕ちた神々の血脈か。面白い血統だ……」
カーラの願いを聞き届けるでもなく、テルーは顎に手をやって考える。
「そういえば昔、人間との間に子供を作った変わり者がいたが、その血筋か? それにしても……」
ぶつぶつと呟くテルーの様子にカーラは焦燥感を募らせるが、応じてくれたのはオーマの方だった。
「心配することはねーだろ。まだ決着はつかねーよ」
だがカーラの視線の先では、神の力で翻弄されるリアの姿がある。
見守ると決めた。だが、リアを失うことは耐えられない。
リアが望まなくても、自分のエゴでも、この戦いは止めなくてはいけない。カーラはそう判断する。
「見てろよ、こっからが本番だろうぜ」
きしし、とオーマは笑った。
神の力は圧倒的だった。
ガラッハの刃によって傷を負っても、すぐさま修復される。
暗黒の牙でも、光の塊には勝てないのか。
巨腕が風圧を伴ってリアの体を打ち、強化されたはずの肉体がズタズタにされていく。
やがてその腕がリアを叩き落とし、大地へと埋め込む。
「あ……」
四肢がへし折れていく。内臓が破裂する。
頭蓋が歪む。
ここまでか。
この神は、それでもバルスよりは弱いのだろう。だがリアよりははるかに強い。上には上がいる。
もはや何も手段は残されていないか。
手に握られたガラッハも、リア本人の力が失われればその力を発揮しない。
もう充分ではないのか?
そもそも勝てるとも、勝とうとも思っていなかった勝負だ。ただ自分の中のけじめをつけたいだけのわがままだったはずだ。
こんなものに勝てるはずはない。ここまでやったのだ、地球の友人や家族も許してくれるだろう。
義理は果たしたのではないか? もう眠ってしまってもいいだろうに。
だが、訴えるものがいる。
ガラッハ。
暗黒竜バルスの牙より生み出された神器よ。
それが、まだだと訴えている。
どこにまだ力があるというのか、あるというなら教えて欲しい。
血だ。
体に流れる血。肉体を、魂を構成するそれ。
竜の血脈。
ガラッハとリアが共鳴する。ズタボロの肉体が再構成される。
そして新たな力が生み出される。
地面に押し付ける神の手を持ち上げる。
黒い鱗。長く伸びた首。広がる翼。
牙。爪。尾。竜眼。
闇の竜がそこに顕現していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます