第60話 会談

 ああ、早速会えた。


 城の回廊を、白いマントをなびかせて行くカーラを見て、リアは声をかける。

「やあ。どこへ?」

「ええ。姫様の準備が整うまで、訓練を閲兵をしようかと」

 涼しげにカーラは応えるが、この完璧な美貌が、あの時は自分の腕の中で崩れていたのだ。

 そう思うだけで、リアは胸が苦しくなる。よこしまな欲望が、無い部分からあふれそうになる。

「それじゃあ、私も一緒に行って構わないかな?」

「もちろん、どうぞ」

 完璧な笑みをたたえて、カーラは応じる。


 そして二人は、並び立って騎士たちの訓練風景を眺めた。

 時折騎士たちが助言を求め、それにカーラが答える。

 熱に浮かされたように頷き、騎士は訓練へと戻る。

 カーラはかすかな笑みを浮かべている。その視線にさらされて、訓練は熱気を帯びたものとなる。

 不思議と彼女によこしまな視線を向けるものはいない。女神に恋するなぞ、不遜とでも思っているのだろうか。

 まあ、訓練中にそんなことを考えていたら、上司の注意が入るだろうが。

 いくらカーラでも、食事や排泄はするだろうに。

 ……それはそれでありだな。


 リアはそれこそ不遜な考えをしながらも、カーラの横で堂々と立っている。

 その前に立つ騎士が一人いた。

「よろしいでしょうか、殿下」

 直立不動だ。生真面目そうな武人である。

「ああ、何か?」

「殿下はカタナを得物としていると聞いています。実は私もカタナを使いますので、よろしければ、一手ご指南を」

 そういう騎士の腰には、確かに刀が差されている。

「ほう」

 リアはそれだけでいい気分になる。望みどおり、修練場へ立つ。

 刀を抜けば、それだけに集中出来る。リアはそういう生き物だ。


 一通りの型を教え、実際に刀を交えてみたが、なかなかの腕であった。

「お強いですね」

 戻ってきたリアに、カーラが声をかける。

「実際戦って、分かってるだろうに」

「傍から見ているのと、実感するのは違います」

 なるほどそれは、そうかもしれない。

 見つめただけのカーラに、触れれば体温が通っていたように。

 しかしなんである。

 刀を離したら、また彼女のことばかり考えてしまう。


 これは、あれだ。

 これが多分、あの感情なのだ。

 恋と呼ばれる感情なのだ。




「さて、ではちゃっちゃと話しましょうか」

 パン! と手を打ってギネヴィアが話し始めた。無用の前書きはいらない、それが会議開始の宣言だった。

 この場にいるのは国政に直接参画している閣僚と、リアたち一行だ。一行と言っても、オーガと獣人を代表したギグとマールの二人が控えるだけで、あとはそれぞれの時間を過ごしているのだが。

 サージは連れて来た方が良かったかもしれないが、まさか子供を軍師と紹介するわけにもいかない。

「まずこの会議の目的だけど、大陸北西部の勢力を結集して、来るべき千年紀を乗り切る、ということで構わないのよね?」

 リアは頷く。

「その通り、その過程で、コルドバを滅ぼすか屈服させ、政体を変革させる」

「変革とは?」

「まず、法律の改正だな。あの国は、犯罪者に対し厳しすぎる」

 リアが言うコルドバの法律の厳しさとは、つまりは硬直化なのである。

 前例主義がはびこり、情状を酌量する余地がない。また、国家反逆罪が乱発され、庶民には政権に文句を言う権利もない。

 思想統制なぞ、まるで社会主義国である。専制国家な分、さらに性質は悪いか。


 やはりサージも同席させるべきだったか、とリアは思う。彼なら読書量も豊富なので、いろんな案が出るかもしれない。後で個人的に話してみよう。

「あと、コルドバに限らないが、亜人差別をなくす。こちらはちょっと難しいかもな」

 この一帯の獣人の人口は、正確ではないが人間よりも多いかもしれない。

 これが国家として今まで成立しなかったのは不思議だが、狩猟採集生活が多いのが原因かもしれない。そもそも前世の世界も、大集落が形成されたのは農業のために人口の集約が必要だったという説もあるぐらいだし。

「亜人差別ね……。棲み分けの問題があるけど、一応うちも特に排斥などはしてないわね」

 だが、周辺国には亜人と明確な区別をしている国もある。

 生態自体が違うため、共存が難しいというごく当然の理由もあれば、生理的に受け付けない権力者が排除した愚かな例もある。

「ただ、どうしても食料の問題とか、領有地の問題があるから、衝突は起きるわよ」

 実際にそういうことを処理してきたのだろう、国務大臣が頷いている。

「将来的にはそうだろうが、今問題にしてるのは、目の前の千年紀だな。あと食糧問題は、やはり農業の伝播が必要だと思う。ただ、獣人もオーガも、基本的に肉が好きだからな……」

 今度は後ろでマールとギグの頷く気配があった。


「まあ、食料問題はどうにかするあてがあるわ。うちが欲しいのはドワーフの冶金技術と、迷宮から産出される魔石ね。それさえあれば、正直うち一国でも、コルドバには負けない自信があるわ」

 ギネヴィアの乗っていたゴーレム。あれの量産計画があるらしい。

 コルドバの軍事力で有名なのは魔法防御の施された重装歩兵と、機動力と衝撃力のある騎兵である。だが戦争の展開とその後の支配を鑑みると、本当の脅威はそこではないのだ。

「コルドバに勝つには、工兵と兵站をどう崩すかね」

 コルドバの最大の強みは、国家自体が戦争に特化していることである。

 国内の街道を整備し、要塞を築き、装備糧秣を運搬し、軍を移動させる。

 その機能自体が、脅威なのである。

「それで、やっぱり大連合を組まないと、コルドバを打倒するまでには至らないと思うわね」

 外務大臣と情報局長が説明していくが、コルドバを明確な敵と断じている国もあれば、親コルドバとして生き残りを図る国もあるらしい。

 だが両者に共通なのは、コルドバに対する恐怖である。

 親コルドバと言っても、怖いから従うだけで、出来れば滅びるか勢力を弱めて欲しいとは思っているのだ。

「そこで、反コルドバの大勢力を築く旗印になるのが、あなたよ!」

 びしっとギネヴィアがリアを指差した。


「私が?」

「あなたは~カサリアの~王女様~。コルドバの主家の~王女様~」

 変な節をつけてぐるぐるとギネヴィアは指を回す。

「あなたの下になら~他の国も集まってくる~」

 そして、またぴたりと止める。

「その覚悟はある?」


 そう言われて、リアは当惑した。

 何かの旗印になる。それは、これまでにも経験がある。

 何よりオーガの全部族は、リアの指導下にある。彼ら戦士は、リアのためなら死ぬだろう。

 彼らとともになら、戦地を駆け巡ることに異議はない。しかし見知らぬ国の民まで背負うというのは、傲慢なのではないだろうか。

「カサリアの父君から、大公の爵位をもらって、大公国を作る。そしてコルドバと対抗する。どう?」

 なるほど、それがギネヴィアの戦略か。

「私には国家経営なぞできないが……」

「それは任せて。私が摂政をするから。現実的には、マネーシャ公国が大公国になるようなものね」

 しかしそれでは、マネーシャという国がなくなってしまうのではないか。

「それで私の息子を、あなたの養子にしてほしいの。これでマネーシャの正当性も保たれるわ」


 なるほど、そうきたか。

「それであなたには、うちの貴族から王配を選んでほしいんだけど……率直に聞くわね。同性愛者って本当?」

 そこまで率直に聞くか。さすがに大臣たちが緊張で顔を強張らせている。

 リアもこの女王の傍若無人さには思うところがないではないが、ここで嘘を言っても始まらない。

 大げさに吐息し、肩まですくめて、リアは答えた。

「本当だ。生まれてから今まで、男にそういった感情を抱いたことは一度もない」

 断言するリアに、閣僚たちが愕然とした顔を向けてくる。

 普通そういったことは隠すものである。いや、男色家の貴族はそれなりに有名なのもいるが、ここまで毅然と答えはしないだろう。

「美少女にしか見えない美少年でも無理?」

「無理だな。カサリアの宮廷には美少年も多かったが、それでもいいなと思えるのは女だけだったし」

 筋金入りの同性愛宣言に、ドン引きの閣僚たちである。

 リアの興味はカーラがどう思うかだったが、彼女は何事もなかったかのような顔で女王の背後に立っている。

「まあ、政治的にどうしてもと言うなら同じ屋敷で暮らすぐらいはかまわないが、夜の方は期待するなよ。むしろそれなら、私に嫁をくれ」

 あまりにあけすけな言いように、顔を赤くする初心な廷臣たち。

 この国の首脳部、割と年齢層が若いので、それを流せない者もいるらしい。

「嫁ねえ……。それもありかもね」

 女王様も無茶なことを言う。

「うちの高位貴族の娘で、まだ未婚で、当然ながら美人となると……」

 その視線が背後に向けられる。

「カーラ、行ってみる?」


 その瞬間、議場が沸騰した。

「だ、駄目駄目!」「カーラ殿だけは駄目!」「カーラ様は皆のもの!」「むしろそれなら陛下が嫁に行ってください!」

 大人気である、カーラ様。救国の聖女なら無理もないのか。女王様は案外人望がない。

 それにしてもこんな感じで足を引っ張り合っていたから、今までカーラは結婚していなかったのだろうか。リアにとってはGJと言わざるをえないが。

「そうだ! カーラ様が男になんて……」「……男?」「男……じゃないよな?」「……」

 なんでそこで沈黙するかね、廷臣たちよ。

「……ありじゃね?」「うん、男ならともかく、殿下となら」「むしろご褒美です」「キマシタワー」

 おいおい、すごい勢いで話がまとまっていくぞ。

 宰相が咳払いをして、女王に報告した。

「というわけで、臣どもといたしましては、姫様の提案には反対ではないのですが……」

 その場の全ての視線が、カーラに集まった。

 聖女は普段と変わらず、顔も赤らめず、かすかに微笑んで言った。

「殿下の望むままに」




 政治と外交の舞台である。

 まずカサリアの権威を最大限に利用するために、使者が立てられた。

 当然ながら閣僚級の者が大使となるのだが、これにカルロスが同行する。旅に出てからの詳しい話を父王に伝えるためだ。

 そして、ルルーも同行する。こちらはアガサに諸事情を説明するためだ。

 これに加えてオーガからの代表も共に行く事になるのだが、これはギグは免除された。実際問題、政治の話など彼には分からない。途中のオーガの里で誰かを拾っていくことになった。

 また、獣人の代表も同じく途中で大人を拾っていくことになっている。

 リア自身が行ければそれが一番いいのだが、彼女には国内の貴族への顔つなぎや、他国の大使との折衝など、顔を見せる仕事が山積みである。

「体には気を付けてな。カルロス、ルルーに変な手を出したら殺すぞ」

「騎士の誇りに誓って」

 ぷるぷる震えながら、カルロスは宣言した。


 そして二人はマネーシャを後にした。

「寂しい?」

 リアの背中にシズナが声をかける。考えてみれば、旅の最初からずっと一緒だったという二人なのだ。

 振り向いたリアは、かすかに笑っていた。

「寂しいな。だから、慰めてくれるか?」

 ふわりと包まれるように抱きしめられて、シズナは顔を赤くした。


 リアと仲間たちはカーラが所有する城内の屋敷に移ったのだが、そこで彼女と顔を会わせる機会は少なかった。

 女王親衛隊の隊長で秘書的な役割も果たしているカーラは忙しく、普段は後宮で寝起きし、リア自身も国内を巡ることが多いからである。

 サージとも離れている期間が多くなった。彼は女王による魔道兵器の開発に貢献することとなったのだ。ギネヴィア自身から魔法の手ほどきを受ける場合も多い。

 イリーナも騎士団で、剣の初歩からを教えてもらっているので、リアとは離れてしまう。そして彼女はマールを離さない。

 よってリアと常に行動を共にするのはシズナとギグとなるのだが……。


 リアとシズナは、寝室を共にしている。

 シズナの一応の名目としては、リアの護衛だが、実際は愛人である。

 騎士団の訓練に参加して、その腕前を見せているので軽蔑の視線を向けられることは少ないが、自分が誰かと恋人だと思われているのが恥ずかしい。

 シズナは初心なのだ。

 リアと出会って、誰かと恋愛をすることを知ったが、本来同性愛の気はないのである。

 そんな彼女を慮って、リアはそう毎晩彼女を求めたりはしない。

 ほんの少し余裕がある時、頬に口付けて、甘い言葉を囁いて、眠る。

 穏やかな日々が続いていた。

 カーラとリアが同衾することがないので、シズナは安心したものだ。正妻的な座はカーラのものだが、それは身分の問題があるから仕方がない。

 実際にリアに抱かれて眠るのは自分なのだと、カーラの美しさに劣等感を覚えながらも、シズナは自分を慰める。

 カーラが妻のような立場に収まったとき、リアは彼女に言ったのだ。

「本当の夫婦というわけではないのだから、本当に好きな男が出来たら、私を捨ててもいいからな」

「それはないでしょう」

 カーラはいつもの穏やかな笑みを浮かべて断言した。


 そんなある日の夜。

 こっそりと城を抜け出したリアは、城下の町をさすらっていた。

 目的があるわけではない。目的は、向こうからやってくる。

 夜の闇の中を、蝙蝠が飛んで行く。

 小さな街路に佇むのは、フードを被った亜麻色の髪の乙女。

「お城の中なんて、あたしが入りにくいじゃない。もうちょっと結界をゆるくしてよ」

 そんな文句から、アスカは話を始めた。

「コルドバが動くわよ」

 動乱の始まりだった。

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