第51話 憂鬱な王女さま
「えーい」
叩き潰す。
「やー」
叩き潰す。
「とー」
イリーナが大剣を振るって、盗賊たちを叩き潰す。
「ひ、ひい! なんだこの女!?」
恐怖だった。大剣で斬られることは予想しても、大剣で叩き潰されるなど、不合理極まりない。
50人からいた盗賊団も、はや半数を残すばかり。逃げ出そうとしたところへ、火弾の雨が降りかかる。
「逃げ出せるわけないでしょうが」
サージの魔法である。結局街道を狙う大盗賊団は、一人も残さず消滅した。
「お前、剣の使い方下手だなあ」
呆れたようにシズナが言う。言われた当のイリーナはきょとんとしている。
刃筋を立てるということが出来ていなかった。まさかせっかくのオリハルコンの大剣を、鈍器のように使うとは。
それも仕方がないのだろう。そもそも、竜は刃物など使わない。
「リア、あんたこの子に教えてやりなよ」
声をかけられたリアの前には、見事に斬り裂かれた盗賊の死体が散乱している。
だが、違和感がある。
気付いたのはカルロスだった。
リアの斬った死体の数が、少なすぎる。
「お嬢、どうしたんですか…」
その声に、リアは振り向いた。珍しい感情をその顔に浮かべて。
「どうやら間違いないようなんだが…」
諦めのような、不安のような。
「私は弱くなったみたいだ」
あまり説得力のない言葉だった。
「つまり、体の急な成長に、感覚がついていってないんですね」
カルロスはすぐに納得した。成長期の男の子には良くあることだ。
「ああ、訓練をしていたころから、おかしいとは思っていたんだが…」
分厚い手袋をしたまま刀を握るような、そんな感じだった。
人を斬っても、竹刀で打ち込んだような感じしかしない。
もっとこう、さくっといかなければいけないのだ。
「あと、胸がな、やっぱり……」
慣性の法則は、この世界でも存在する。
偉大なる物理法則により、リアの胸部の脂肪塊は、その動きを阻害していた。
「なあサージ、お前の魔道書に、胸を小さくする魔法って載ってないかな……」
「探してないけど、ないと断言するよ……」
探すつもりもないサージであった。
リアの憂鬱は続いた。
迷宮都市に着き、クラウスの邸宅を訪れ、カサリアの現状を伝えられたのだ。
宮廷でも重きをなす大臣が暗殺され、また異なる上級貴族にその犯人の嫌疑がかけられているという。
簡単に言えば、宮中が混乱しているのだ。
「コルドバの仕業だろう」
リアは断言した。根拠はないが、そうだと思った。悪いことは全部コルドバのせいである。
「いや、大臣を暗殺するって相当の準備が必要ですよ……」
宮廷内の警備状況に詳しいカルロスが反論する。
「あ~、魔族じゃないかな」
サージの意見に、頷く者もいる。だが反論もある。
「魔族がカサリアの宮廷に侵入して暗殺するのか?」
それは人間による暗殺より難しいと、リアは思うのだ。
アナイアスの魔法警備を知るルルーも頷く。
「いや、暗殺するように仕向けるとかさ」
「宮廷の権力事情を知っていないと、効果的な暗殺は不可能だと思うがな」
とにかく情報が足りなかった。
「虚言感知で嘘をついてたら分かるけど」
サージは既にその魔法が使える。だが、駄目なのだ。
魔法で真実を明らかにするのは、不可能である。
「魔法を使った人間が嘘をついていたらどうする? 虚言感知に対抗する魔法を使われたらどうする?」
かつてルーファスがいた時は、最終手段で虚言感知が裁判で使われていた。
しかしそれは、ルーファスという存在そのものが権威であったからだ。
たとえ王女のリアが信頼していても、11歳の子供の言うことを誰が信じるのか。
「魔法は万能に近いが、人間は万能ではないからな」
「一度、アナイアスに帰りませんか?」
提案したのはカルロスだった。
リアもその選択肢を考えなかったわけではない。
不死の迷宮と暗黒迷宮を踏破し、各地の有力者と自らの力のみで知己を結んだ、王国最強の騎士をも破る王女。ほとんど伝説の英雄並である。
こんな人物が宮廷に戻れば、それなりの存在感を示せるだろう。ルーファスの薫陶を受けた宮廷魔法使いや、ライアスをはじめとした騎士団の支持も受けられるかもしれない。
「でもな~、正直、宮廷の権謀術数に巻き込まれるのは、勘弁して欲しいんだよな」
「いっそのこと、姉ちゃんが王様になれば?」
その台詞に、カルロスとルルーが硬直した。
前世が日本人で、現世でも農民の子だったサージには分からないが、それは考えてはいけないことなのだと、王宮に仕えていた二人は知っている。
「ああ、そりゃいいな。姉御なら王様にぴったりだ」
ギグが安易に同意する。マールもうんうんと頷いている。
「そう言えば、カサリアの初代は女王だよな。別にあんたでもいいんじゃない?」
シズナまでそんなことを言ってくる。他人事のような口調で。
「お前たちね……」
額に寄った皺を揉みつつ、リアは説明した。
リアは庶子である。母親は平民である。
その権力背景を言うならば、迷宮踏破者の名声と、国外の有力者たちとのつながりとなる。
さて、父王には正式な妻から生まれた、リアの弟たちがいる。その母親たちは当然貴族で、国内に強力な後ろ盾がある。
リアが女王となって納得する者がいるだろうか。いない。絶対にいない。
父王でさえも、それは支持してくれないだろう。
もし、もしもであるが、リアが王になろうとすれば、それこそ弟たちを含む、王族全員を抹殺でもしなければいけない。
そして王族を始末してさえも、王族の血を継ぐ貴族はいるので、リアの王位は磐石にはならない。
また、他国に嫁いでいる王族もいるのだ。その国が血統を名目にカサリアの王位を望んできたらどうなるか。
内乱どころではない。戦争である。
絶賛内乱中のイストリアを、全く笑えない事態となる。
「そういうことだ」
「う~ん、でも、このままだと、やっぱり権力闘争は続くんでしょ?」
サージは腕を組む。前世の歴史を思い出しては、いろんなパターンを考えていく。
「コルドバが攻めてきたらまずいんじゃない?」
「まずいが……まあ、父上ならなんとか着地点を見つけてくれるだろう」
カサリア王ネイアスは、有能である。善良で、公正で、そして冷徹な王である。
いくら可愛がっても、リアに王位継承権を与えなかったことから、その政治的なセンスがまともであることは分かる。
「姉ちゃんの親父さんって、名君なの?」
「まあ、名君だな。戦争はたぶん弱いだろうけど、それは臣下に任せればいいことだし。父上がいるならカサリアは安泰……」
そこまで言って、リアは気付いた。
父上がいるから、カサリアは治まっている。
もし今、父が暗殺されでもしたら、どうなる?
「父上を暗殺するような凄腕の暗殺者が、いると思うか?」
再びカルロスとルルーが硬直した。
「いないと、思います。ライアス様もいますし、ルーファス師のいなくなった後でも、魔法の防御は鉄壁です」
カルロスは言うが、リアは不安だった。
「たとえば、私が父上を暗殺しようとしたら、止められるか?」
「止められませんけど、それはお嬢が陛下の身近まで接近出来るからですよ」
怪しい者の接近なら止められる。それだけの警備体制は敷いてある。
「それじゃあやはり、私は戻らない方がいいな。どこかの国に中心になってもらって、この周辺地域をまとめてもらうのに協力しよう」
そのような話をしていたのは、クラウスの屋敷の一室である。
屋敷の主にはしばらく後に話があると言って、人払いをしてもらっていたのだが。
「話は聞かせてもらったわ! 王国は滅亡する!」
バーン! と勢いよくドアを開けて入ってきた少女が一人。
室内の皆が硬直した。あまりの突然さに。
ドアを開くまで、その気配に気付かなかったことに。
亜麻色の髪の美しい少女だ。しかし全身から発する覇気が、只者ではないと告げている。
本当に、どうしていったい、ここまで気付かなかったのか。
「いや、滅亡しないから」
少女の頭をぽこんと叩いて入ってきたのは、銀髪のエルフ。
いや、肌の白いダークルフというべきか。
「あ……」
サージには分かったが、マールには分からない。
種族的な関係で、肌の色が変わってしまえば見分けがつかないのだ。
「レイ……さん?」
「やあ、久しぶり。ちなみにカサリアは滅亡しないから。少なくともうちは関係ないから」
魔将軍レイは、親しげな笑みを浮かべてそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます