第49話 名前を呼んで
「お…」
卵の殻が砕け、リアの全身が露になる。
前回と違い、全裸ではない。あの時はサイクロプスの胃液で服が溶けていたからだ。
それにも関わらず、サージが叫んだのは。
「おっぱい!」
革鎧を裂いて、露になったリアの胸。
「な、なんだか苦しいぞ…」
リアは呻いたが、それも無理はない。
「り、リアちゃん、なんだかすごく大きくなってるよ?」
「ああ?」
手足を伸ばす。衣服の丈が明らかに短い。
胸が苦しい。とてつもなく苦しい。
「どうなってるんだ…」
立ち上がる。目線が違う。サージとマールの視線から目算して……。
「頭半分ぐらい、伸びてるのか?」
前回もそうだったが、今回はより顕著な成長だった。
何より、胸が苦しい。
「ああ……」
リアは溜め息をついた。あまり大きすぎる胸は、かえって戦いの邪魔になる。
「全く……困ったことを……」
すぽぽぽーんとリアは服を脱いでいった。
多少恨みがましい目でバルスを見るが、特に悪びれた様子も見せない。
創世魔法で新しく服と鎧を作り出していく。サイズの調整が面倒だった。
「おっぱい! おっぱい!」
サージが手を振りながらおっぱいを連呼している。特に気にしていなかったが、サービスシーンになっているのか。
「う~ん、締め付けると苦しいな」
「スポブラみたいな伸縮性のある物にしたら?」
「そうだな。……なんで女の下着に詳しいんだ?」
あさっての方角を見て誤魔化すサージはさておき、どうにか身だしなみを整えると、リアは姿見を作り出す。
「う……」
身長は170センチ近くあるだろう。髪の長さは腰近い。
切れ長の目に睫毛がばさばさとかかり、瞳の色は、光の加減によって黒にも金にも見える。
全体的に、大人びた雰囲気が見てとれる。それでいて少女の持つ伸びやかさを失っていない。
「美しい……」
鏡に対して、しばしリアは自分に見とれていた。
「こんな美人がどうして自分なんだ……」
非常に悔しい思いをするリアだったが、どうしようもないことである。
むしゃくしゃしたので、バルスにちょっとした願いを叶えてもらった。
前世での愛刀虎徹がどうなったのか見せてもらったのだが、無事大切にしてくれる人の手に戻っていたので安心した。
「それで、この子を連れて行けと?」
ふてぶてしい態度で、バルスと対するリアである。もはや神であろうと敬う気持ちは失せていた。
殺せるものなら殺してみろ、という一種の開き直りである。
「うむ、お前の力にもなるだろう」
リアが視線を向ける先には美少女がいた。
先ほどまで竜だった少女である。竜を人里に連れて行けるか、という当然の意見に、バルスが簡単にその姿を変えてしまったのだ。
年齢は10代半ばに見える。正確な年齢は、バルスも分かっていないらしい。10年や20年がつい最近という種族であるから、それも仕方がないのか。
金色の巻き毛に、薄緑色の瞳。きょろんとした目付きが愛らしい。
そしてその身を守るのは、オリハルコン製の板金鎧。
そう、オリハルコンである。子の身を案じた母が作り出した、神器レベルの防具である。
そして背中には、ちょっとオーガでも持つのに苦労しそうな大剣。これもオリハルコン製である。
「それで、この子の名前は?」
溜め息と共に、同行を了承したリアである。まあ、足手まといにはならないだろう。
「ああ、決まってないな。お前が姉代わりになるのだから決めてくれ」
ここからが大変だった。
そもそも、リアにはネーミングセンスはない。
マツカゼやルドルフというのは、前世の知識から持ってきたものだ。
ならば前世の女性の名前を付ければいいのかもしれないが、これが難しい。
知り合いの名前はそもそも日本名で似合わないし、まさか女性にキヨマロだのムラマサだの付けるわけにはいかないだろう。
ヨーロッパ系の名前の女戦士でジャンヌとかも考えたが、最期が悲惨なので却下である。
この世界の歴史で有名な女戦士の名前を付けようかとも思ったが、竜
そこでこういうのが得意そうなサージに丸投げした。
「え、おいら?」
そう言われても、サージも困るのである。ゲームのキャラに名付ける程度ならともかく、軽く千年を生きるドラゴンさんに、下手な名前を付けるわけにはいかない。
実際、次々と挙げていく名前は、リアに次々と却下されていった。それなら自分で付けて欲しい。
そして幾つめだかもう忘れたが、その板金鎧に覆われた姿を見て、ふと思い出した名前がある。
「イリーナ……ってどうかな?」
「ふむ、悪くないな。どこから持ってきた名前だ?」
「板金鎧着て大剣振り回す女戦士の名前」
「ああ、それはいいな」
かくして名前は決まったのである。
「一応姓も付けておこうか。イリーナ・クリストールな。私の妹ということで」
「イリーナ」
「イリーナ」
「おめでとう、イリーナ」
「おめでとう、イリーナ」
「ありがとう」
「あ、あのさ、姉ちゃん、名前ならおいらもお願いがあるんだけど」
名前をくれ、とサージまでが言い出した。
実はこのサージという名前、前世の江戸時代で言えば、ヨサクとかハチベエという感覚の名前なのである。
「王族にもらった名前なら、堂々と名乗れるからさ」
「まあ、別に構わないけど……これからも呼び名はサージと呼ぶぞ? 面倒だし」
うんうんと頷くサージに、リアは顎に手をやり考える。
「サージ……サージ……サージェスというのはどうだろう? 貴族っぽい名前だが」
「なんか変態っぽい名前だからやだ!」
全力で否定してきたので、思わずリアは気圧された。
「それなら……サージ……サジ……タリウス。で、どうだ? お前は遠距離攻撃得意だし、いいんじゃないかな」
「サジタリウス……射手座……流星攻撃も使えるし、おいらにぴったりじゃん!」
うっとりとサージは叫んだ。
超人じゃないし、スペースオペラの主役にもなれないし、危機一髪も救えそうにないが、全然駄目じゃない名前である。
「なんなら姓も付けるか? サジタリウス・クリストールで」
「え! いいの!?」
「ああ、クリストールは元々平民の姓だからな。カサリアさえ名乗らなければ大丈夫だ」
サージは興奮した。ちょっと前髪などを手で払って。
「サジタリウス・クリストールです。親しい人はサージと呼びます」
何かをこじらせてしまったようだった。
「それではイリーナ、体に気をつけるんだぞ」
「うん、バルスちゃん。行ってきます」
元気に返事をする娘の姿に目を細め、バルスは転移の魔法を使った。
静寂が訪れた。
ふ、とバルスは息を吐く。次の瞬間には、山のような巨体が空間を埋めていた。
楽しい一行だったな、とバルスは思う。思えばここまで人間が来れたのは、アナイア以来だった。
もう長くはないこの命だが、その最後まで彼女たちのことは忘れないだろう。バルスにとって、記憶するということこそ愛である。
だが、と思う。
バルスの予知能力が告げている。イリーナはもちろん、リアともまた必ず会うだろう。
そしてその時は、この身を削る戦いの時である可能性が高い。
予知が完全ではない。クラリスの消滅を完全には予知できなかったように、リアやイリーナの未来がほとんど分からない。
そのような未来が訪れるなら、自分がこの洞窟を出る必要があるだろう。そしておそらく、残り三体の神竜も。
懐かしい人間たちにも会えるだろうか。会えたらいい。
(シファカはまだ生きているかな? クオは当然として…)
それぞれの顔を思い出しながら、バルスは浅いまどろみの中に入っていった。
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