第23話 魔法生物

 8層に入った。

「あ~、普通の空気だ」

 ほっとしたように言ったのは、一番魔法の適正の低いギグだった。それにカルロスも頷いている。

 だが妖精の瞳を持つマールと、魔法使いである3人は、その階層の異常さにすぐ気が付いていた。

「すんげ~魔力が濃いね」

 魔力というよりは、その前段階の魔素が濃いという方が正しいのだが、おおむね間違ってはいなかった。

 滑らかな石材の通路は象牙色に光っていたが、その光が魔力を強く発しているらしい。


 魔法使いの二人は、休んでいるといつもよりもはるかに早く、魔力が回復していくのを感じていた。リアの場合はそもそも魔力の消耗を感じるほど魔法を使っていない。

「この階層いいなあ。敵の強さ次第だけど、レベル上げにもってこいの気がする」

 うきうきとした気分でサージは言った。


 それは半分正解で、半分不正解だった。




「エクスカリバー!」

 何度目であろうか、サージの空間切断魔法がキメラの魔法防御を突破し、その肉体をを両断する。

「よし!」


 また反対側から襲ってきたマンティコアも、リアの刀で止めをさされた。


「皆大丈夫か?」

 声をかけたリアに、各自が手を上げる。

 慣れるまでは大変だった。この階層の敵は、毒や麻痺と言った状態異常の攻撃手段を持った合成生物が、ほとんどだったのだ。

 そして、魔法に対する抵抗も高い。5層の悪魔相手に使ったサージの奥の手が、普通に迷宮を徘徊するモンスターに使われているということでも、それは明らかだろう。


「なんか、ものすごく敵が強いんだけど…」

 最初の勢いはどこへ行ったのか、サージがため息をつく。だがそれも無理はない。

 8層の敵は、雑魚が5層の守護者とほぼ同じぐらいの強さを持っていた。そして魔法も使ってくるのだ。


「魔力が回復するのは早いけど、神経を使うのが辛いわね」

 ルルーも精神的に疲労していた。継戦能力はともかく、一戦一戦がかなり負担をかけられる。下手をすれば一撃で死ぬような相手だ。


「なんだかな~。雑魚でこんなに強いのに、ドゲイザーってそんなに強かったかなあ?」

 前世知識でサージは疑問の声を上げるが、生態を知っているルルーも、実際の強さまでは知らないのである。

 同じく前世知識を持つリアは、ドゲイザイーというものを知らなかった。ゴブンリンやエルフなどは、有名だったから知っているのであるが。


「そもそも目撃例が少ない、魔法で作られた生物だから、個体差があるのかもね」

 ルルーの知識でも、迷宮や遺跡で発見された場合を除いては、野生で存在する魔物ではない。


 とりあえず外見は、巨大な黒い球体に、巨大な目玉と口が付いていて、上部に何本かの触手が生えている。移動手段はふよふよと浮遊するもので、それほど速くはない。

 物理的な攻撃力は体当たりと噛み付きぐらいだが、問題はその特殊能力である。

 まず巨大な目が、魔法を反射する。下手に魔法攻撃すると、自分に跳ね返ってくるわけだ。

 そして触手からは、いろんな効果のある魔法の光線を発するのだ。その種類が個体によって違うらしい。

「金属分解光線は困るなあ…」

 カルロスがギグと顔を見合わせる。彼は板金鎧だし、ギグは鎖帷子だ。武器も金属製である。

「生物分解光線を持っていると、それだけでアウトね」

「どちらにしろ、魔法防御障壁で防げるらしいけど」

 ルルーはもちろん、サージもその魔法は使える。

「麻痺とか洗脳とか、あたしはあんまり戦力にならないですね」

 マールはまた牽制役になりそうだった。

「どちらにしろおいらが最初に鑑定して、その光線を使ってくるか知らせるよ」


 小休止を終えて、一行は迷宮の深奥を目指す。




 そこからも、合成獣を中心とした、魔法の生物が多く現れた。

 一回あたりの戦闘時間は長くなったが、その分戦闘経験も積める。体感では魔法を使ってくる敵は単純な魔物より、経験値が高いようだった。


 そして数時間後、一行は守護者の間へと至った。

 室内の広さは30メートルほどの円形か。そこにふよふよと、直径3メートルほどの黒い球体が浮いている。


「麻痺、石化、冷凍、催眠、洗脳、金属分解、生物分解、猛毒の8種類だね」

「光線はともかくとして、防御力はどうなんだ?」

 リアが尋ねる。サージの鑑定はそこまでちゃんと計測できるので便利だ。

「昆虫のどでかいのと同じぐらいかな。生命力…というか耐久力はアイアンゴーレム程度」

 それは相当しぶといのではないだろうか。いや、防御力はそれほどではないのか。

「じゃあ戦士三人が部屋に突っ込んで、魔法使いはとにかく魔法防御障壁で援護しまくる。異論は?」

 出ない。各自頷いて、リア、カルロス、ギグに魔法をかける。

「よし、行くぞ!」




「話が違う!」

 リアの怒声が飛ぶ。三人の戦士は、再び守護者の間から撤退していた。

「そう言ってもさ…」

 サージが口を尖らせる。確かに彼の責任ではない。


 罠は、部屋自体にあった。

 ドゲイザーの放った光線が、まずギグに当てられた。その一撃は、障壁が防いでくれた。

 ルルーが再度障壁を張ろうとした時、それに気が付いた。

「魔法が使えない!」

 部屋の入ったところで魔力が拡散してしまうので。魔法という形を取らず、ただ放たれるだけ。


 洗脳光線で味方に攻撃し始めたギグを、リアが投げ飛ばして部屋の外に運び、それから魔法で状態異常を解除した。


 試しに弱い水球の魔法をドゲイザーに放ってみても、部屋の中に入った瞬間にただの水へと変わって、その場に落ちた。


 障壁のように、一度固定された魔法は拡散しない。だが攻撃魔法は通じない。ここはそういう部屋だった。


「どうします?」

 カルロスは途方に暮れている。彼にはこの状況からドゲイザーを倒す手段が思い浮かばない。

 それは役に立たず落ち込んでいるギグも、魔法使い二人も同じではあるのだが。


「いや、一応ここの攻略法は知ってるんだ」

 リアの言葉に皆が驚く。なぜそれを早く言わないのか。

「オーガキングと同じ方法で突破すればいいんだけどな。まあ、仕方ないか」

 立ち上がったリアは念のために、大小の刀をルルーに預ける。

「え? どうするの?」

「万一にも分解されたら困るからなあ」

 魔法の袋か取り出したのは、懐かしの撲殺木刀。そして左右の手には手斧を握る。慣れていない武器だが、長柄の物は光線の影響を受けるかもしれない。

「オーガキングも、ここでは苦労したんだ。結局は一人であれを倒したそうだけど」

 状態異常に対する耐性は、オーガキングも相当強かったのだろうが、それだけではない。魔力が拡散する様子を見た今なら、どうやって光線を防いだか分かる。

 オーガキングは魔法を使えなかった。だが魔力自体は豊富だった。


「じゃ、行ってくる」

 そう言い残して、リアは単身守護者の間へと駆け込んだ。


 ドゲイザーが光線を放つ。それをまず、魔法防御障壁が受け止める。


 二撃目。それはリアの耐性で抵抗される。


「はああっ!」

 手斧の斬撃がドゲイザーに突き刺さる。素早い回転でダメージを与えていく。


 ドゲイザーの体当たりをかわし、また一閃。そして光線が放たれる。今度は即死の分解光線か。

 だがそれはリアの放つ魔力で相殺された。


 そう、魔力。

 魔法ではない。魔法になる前の、ただの力の塊。それが、光線を防いだ。

 魔法は魔力へと拡散されたが、魔力自体を消去したわけではない。ならば魔力を垂れ流しにして、それで防御すればいい。

 効率は悪い。本来指向性を与えて魔法として成立させる、いわばエネルギーの塊を、そのまま使っているのだから。

 だがこの場合は有効だった。


 ドゲイザーが光線を放つのに使う魔力と、リアが防御に用いる魔力。その対比が10倍であっても問題はなかった。

 魔力が切れる前に、ドゲイザーを潰してしまえばいいのだ。


 甲殻の割れたドゲイザーへ、リアはひたすら斧を叩き付けた。

 光線が効果がないと気付いてからは、体当たりとその牙とで攻撃してきた。が、無駄だった。

 体当たりは緩慢であり、牙は手斧で砕かれた。




 結局、たった一人でリアはドゲイザーを撃破した。




「なんかもう、姉ちゃん一人で全部倒せるんじゃない?」

 呆れ声で迎えたサージに、リアは首を振る。

「それこそ無茶だ。私一人だったら、どこかの階層で数に押し切られたか、体力が切れて倒れてただろう」

 とは言うものの、そのうち一度は、一人で挑戦してみたいな、と内心で思うリアであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る