第16話 6人の探索者

「まずは風呂だな」

 屋敷に戻ったリアは昼間から浴室を借りると、なんと手ずから、なみなみと水を入れた樽を軽々と運び、浴槽を満たす。そして一応使える火球の魔法を使って、あっという間に湯を沸かす。

 部屋を締め切ると、リアは勢い良く、すぽぽぽーんと全裸になった。

 目を白黒させているマールの服をつかむと、これまた勢い良く脱がせる。

「あわあわあわ」

 混乱しているマールに、温かな湯をかけていく。

「水が入らないように耳を押さえておけよ」

「は、はい」

 備え付けの石鹸で、マールの体毛を満遍なく泡立てていく。もちろんぷにぷにの肉球は念入りに洗う。

 綺麗に泡を流し終えると、後ろから抱き上げる形で浴槽に入った。


「ぷは~、風呂は命の洗濯よ」

 そう言いながらもマールの体を撫でまくり、柔らかく短めの毛を堪能するリア。

「さて、私は迷宮の攻略を目的としているわけだが…」

「はあ」

 もはや力を抜いて、ぐで~んとなっているマールである。

「私の願いが叶ったら、マールは自由にしよう。叶わなくても、2年たったらどこに行ってもいい」

 ぴくぴくとマールの耳が動いた。

 猫獣人の耳は口ほどに物を言う。

「だが、それまでは私に協力してもらいたい。この迷宮は6人までしか一緒に入れないそうだが、ちょうどこれで人数が揃ったしな」

「はあ…」

「マールの役目は私の仲間、兼抱き枕だ!」

 ぐったりと柔らかい体を抱きしめ、リアは宣言した。




「おいらはいいと思うよ。忍び足、聞き耳、鍵開けと、斥候に必要なスキルは一人前で持ってるみたいだし」

 鑑定したサージは、最初から賛成だった。元々このパーティーには、斥候職がいないと思っていたのだ。

 しかしルルーとカルロスは消極的にではあるが反対した。

「こんな可愛い子を迷宮に連れて行くんですか?」

「そうですよ。こういう小さい子は、お屋敷のメイドにすべきです」

 エルフスキーはケモナーでもあるらしかった。業の深い男である。

 ルルーはマールの耳の傷跡を魔法で消して、既に情が移っていた。


 だが結局は、リアの意見が通る。マールのレベル20という鑑定の結果がものをいった。

「それじゃあ、明日の午前中は装備を整えて、午後から迷宮に乗り込むか」

 リアの一言でそう決まった。




 その夜、宣言どおり、リアはマールを抱き枕にしていた。


 床で寝ると遠慮するマールをベッドに引きずり込み、お互い下着姿で、その毛並みを愛撫した。

「マールはどうして奴隷になんかなったんだ?」

 頭をなでなでしながら問われると、マールの口も軽くなった。

「ここから南東にある村に住んでたんですけど、ある日薬草採りに出ていたら、奴隷狩りに捕まって…」

 悲惨だが、この辺りでは珍しくない話だという。

 妖精の目という、魔力を可視化できる能力を持っていたマールは、迷宮では便利な存在だった。探索者のパーティーに買われ、それから二年、迷宮に潜り続けていたという。

 それがついこの間、パーティーが中で全滅し、失った装備を整えるために、マールはまた売られたのだ。

「そうか、大変だったな。だが心配するな。私は金に困るような立場ではないからな」

 それはこんな大邸宅に起居している時点で分かることであるが。

「そういえば、リア様の…」

「様はいらない。どうしても呼びたければ、リアちゃんと呼べ」

「ええと、リアちゃんの立場は、どういうものなんでしょう」

「ここから南にカサリアという国があるだろう?」

 大国である。名前ぐらいはマールも知っている。

「そこの王様を、父がしている」

 緊張で、マールの尻尾がこわばった。

「カサリアはいい国だ。奴隷はやっぱりいるが、奴隷狩りなんかしたら犯罪だしな。一度案内してやりたいな…」

 そう言われながら撫でられているうちに、マールは眠りに落ちていった。


 久しぶりの安らかな眠りであった。




 翌日、一行は予定通りに動いた。サージとルルー、カルロスが消耗品を買いに出た。

 サージの収納空間は時間が経過しないという便利な特性を持っている。新鮮な野菜や肉類を、6人分でも数か月分が収納可能だった。


 対してリアとマール、護衛にギグがマールの装備と迷宮に必要なものを見て回った。

 マールはリアとお揃いの黒い革鎧に、ナイフを二本、そして弩を武器とした。他には迷宮に置かれた宝箱を開けるための七つ道具である。

「4層までは特に危険なモンスターはいません。もちろん、レベルによりますけれど」




 さて、そもそも迷宮とはなんであるか。

 この世界では科学の代わりに、魔法が生活の多くを支えている。魔法の道具の材料、燃料となるのが、魔結晶というものである。

 この魔結晶、極端に魔力の強い土地か、モンスターの体内から採れる魔石を精製して作られている物であるのだが、そもそも野生のモンスターにはこれを持っているものが少ない。

 だが迷宮は違う。そこに生育するモンスターは、例外なく魔石を持っている。

 つまり迷宮とは危険なモンスターが存在する魔境であると共に、魔石を産出する鉱山でもあるのだ。


 また迷宮には、なぜか貴重な鉱石が産出されたり、宝箱の中に武器や防具、魔法の道具などが収められている。

 これは迷宮の主が用意しているものだと言われているが、その迷宮の主というのは、ドラゴンであったり堕ちた神々であったり妖精であったりと幅広い…と言われている。

 入るごとにその構造が全く変わってしまうものも多く、ほとんどが踏破されていない。

 シャシミールの迷宮の主もまた、その存在は謎とされている。

 出現した1000年前という時代から考えると、おそらく魔族の生き残りではないかとも思われるが、その割には人間に優しいつくりをしている。

 なにしろ死なないのだ。

 死んだはずの探索者たちは最低限の装備以外を奪われた上で、地上に転移させられる。

 この時、魔力と生命力を奪われているので、おそらくここから宝物を作り出しているのだろうが…。




「そして、ここが迷宮ギルドです」

 勝手知ったるマールの案内で、一行は街の西、迷宮の入り口へとやってきていた。

 なだらかな丘に、巨大な門が着けられている。その脇に、大きな建物が建っている。

「探索者はまずギルドに登録して、それから迷宮に入ります。迷宮の中で手に入れた魔石や、魔物の素材、魔法の道具とかの買い取りもしています」

「くあ~、み・な・ぎ・っ・て・きた~!」

 あからさまに興奮した様子を見せるのはサージだけだが、リアと男衆もそわそわしているのは同じである。

 迷宮探索は男のロマンなのだ。


 扉を開けて建物の中に入ると、汗の匂いの充満した空間があった。

 むくつけき男どもの中に、稀に女の探索者の姿が見える。割合的には戦士が多くて、やはり魔法使いは少ない。

 少し奥にいったカウンターの受付嬢が、マールの姿を見て声を上げた。

「マールじゃない。復帰出来たの?」

 おそらくは事情を知っているのだろう。

「はい。こちらが新しいご主人様です。迷宮に潜るので、登録をお願いします」

「ええと…オーガと騎士様とエルフはいいとして…子供が二人?」

「問題があるのか?」

「問題はないけど…」

 受付嬢はリアの容姿を見て、おそらく貴族なのだろうとアタリをつける。

 勇者に憧れる貴族の子弟が、無謀にも迷宮に挑戦することは珍しくない。死者の出ないこの迷宮は、その点でうってつけなのだ。


 特にそれ以上は何か言うこともなく、マールを除く5人は木製の証明証を作ってもらう。マールは再作成ということで、銅貨10枚がかかった。

 一定以上の魔石を提出すると、証明証が金属製となり、街への出入りにお金がかからなくなるとのこと。

 ともあれ、準備は整った。


「俺たちの探索はこれからだ!」




「いや兄ちゃん、それ打ち切りエンドだから」

 カルロスにサージが突っ込んだ。

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