迷宮都市

第15話  迷宮都市

 結局オーガの村には一週間滞在することとなった。

 リアの傷が癒え、調子を取り戻すのに、それだけの時間が必要だったのだ。


 そしてギグは一行に同行することとなった。

 オーガキングは餞別に、迷宮都市の有力者への手紙と、かつて迷宮で手に入れたという刀をリアにくれた。


「若い頃に仲間五人と挑戦して、9層までは行けたんだがな。他の5人がそこまでで死んじまってな」

 装備や、そこまでに手に入れたお宝を持って帰ろうと思うと、先に進むのは諦めるしかなかった。

 それでも9層の主までは確認したらしいが、やはり無理だと判断したのだった。

「ヒュドラだな」

 倒したら英雄と呼ばれる生き物である。それが、まだ9層。一応10層までで終わりらしいが、ヒュドラより強いとなると、もうほとんどドラゴンぐらいしか思いつかない。

 他にも色々と情報収集が出来て、意外に有意義な時間を過ごせた。




 旅は順調に進んだ。モンスターも出てきたが、主にサージが魔法を使って、おいしく経験値にしていった。

 リアはマツカゼと一緒に遊んでいたが、ゴブリン程度ならマツカゼが蹄にかけて殺していった。

「マツカゼのレベルが上がってる…」

 サージは驚いていたが、それは馬もレベルは上がるだろう。




 なだらかな丘を越えた向こうに、迷宮都市が見えてきた。

「おお~、でけ~」

 感嘆の声を上げるサージ。迷宮都市の人口は、およそ10万人。そのうちの半分は探索者である。

 アナイアス並みに巨大な城壁を持つのは、外からの侵攻を防ぐためもあるが、迷宮からあふれるモンスターに備えたものでもある。もっとも、今まで一度もそのような例はないらしいが。

 一人銀貨一枚というそれなりの通行料を払って中に入ると、すさまじいまでの熱気と猥雑さが感じられた。

「うわ~、冒険者だ~」

 テンションの高いサージはともかくとして、一行は紹介された人物の住所へ向かう。

 町並みを北へ向かうと、段々と人通りが少なくなり、その代わりに身なりが普通になってくる。

 そして途中で建物も明らかに豪華なものになっていく。到着した住所は、そのまま一区画を占めるほどの大邸宅であった。

「ギグのじっちゃん、すごい知り合いがいるんだな~」

 迷宮都市はどこかの国に所属しているわけでもない独立都市だが、その市長とも呼べる者が、オーガキングの紹介してくれた人物だった。

「マツカゼたちをのんびりさせられるのが嬉しいな」

 呑気なことを言っているリアだが、代表として表に立たされたカルロスは冷や汗物である。

 大国の騎士として、確かにリーダーに見られやすいのではあろうが。


「はじめまして。この町の市長をしております、クラウスと申します」

「カサリア王国騎士団、第一番隊所属、カルロス・ルシェンです」

 その後ろに立つリアに手を向けて

「こちらが私の主筋にあたる…」

「リュクレイアーナ・クリストール・カサリアだ。この町にいる間は、レイアナ・クリストールで通すことにする」

 その瞬間のクラウスの顔こそ見ものだった。

「……またまたご冗談を」

「カサリアにおいて王族を詐称することは死罪に値します。信じられないのも無理はありませんが、事実です」

 カルロスはひたすら無表情にそう言った。

 クラウスはその顔をリアに向け、何度も瞬きし、それから言葉を紡いだ。

「これはこれは……。ご滞在の間は、最大のおもてなしをさせていただきます」

「ありがたい。私たちは迷宮にもぐるつもりなので、その間の馬の世話を頼む」

 またクラウスの表情が驚きで固まった。

「迷宮に…ですか?」

「ああ。ここに来たのは、修行のためなんだ」


 とりあえずカルロスとギグは屋敷の衛兵と一緒に訓練をすることになった。

 それの治療役としてルルーも残る。カルロスがわざと怪我をしないかが心配だったが。


 リアとサージは連れ立って、町の観光へと乗り出していた。

 サージが魔術書の類を欲しいと言い出して、リアも武器を物色するという目的があった。

「しかしファンタジーだねえ。今まで田舎な町しか知らなかったから、ちょっと感動してるよ」

「アナイアスはもっと都会だぞ。帰ったら案内してやる」


 雑談をしながらも店を回り、サージのお目当ての魔道書は色々と手に入った。


 リアは刀こそ買わなかったが、投擲用の短剣を何本か買った。


「やっぱり日本刀の製法を伝えて、ドワーフに鍛えてもらうしかないか」

「姉ちゃん、日本刀の作り方なんか知ってるの?」

「さすがに打ったことはないが、作り方は知ってるぞ。まあ、失伝して伝わってないものも多いんだけどな」

 それからリアは日本刀に関する知識を語りだした。少し呆れながらも、サージはそれに相槌を打つ。




 屋台で肉串を買って、歩きながら食べる。祭りのノリで広場にやってきた二人は、だから偶然それを見てしまった。

「げえ」

「奴隷市か。カサリアにも奴隷制度はあるが、あれはちゃんとしてあるしな…」

 犯罪奴隷、借金奴隷とあるが、ちゃんと人権に近いものはある。カサリアはそういう国だ。

 しかしシャシミールにおける奴隷とは、人間ではなく物扱いされているらしい。

 埃にまみれ、血にまみれ、布切れ一枚の服を着せられ、壇上に上げられる。


 現代日本の価値観を持つ二人にとっては、直視しづらいものであった。


「カサリアはどんなんなの?」

「カサリアの奴隷はちゃんと価格が決められている。こんなオークションみたいなことはしないし、給料も払われる。下手に傷つけたら、普通の傷害として扱われるしな」

 雄雄しい肉体の戦闘奴隷、麗しい容姿の色奴隷、次々と落札されていく。


「姉ちゃん、行こう。悪趣味だよ、こんなの」

「そうだな」




 だから、もしその奴隷があと一つ遅く出品されていたら。




「さあ、次の奴隷は猫獣人の女、12歳。迷宮探索の経験があり、妖精の瞳を持ったお買い得品です」


 しょぼくれた、小さな猫の獣人が、壇上に上げられていた。


 全身黒い毛並み。金色の瞳。


 金貨12枚から始まったその競りは、すぐに15枚まで上がっていた。




 ああ。あの猫は。




「16枚!」

 太い声で競る男たちの中で、リアの声は良く響いた。


 群集の視線が集まる。サージがあわあわと動転するのと対照的に、リアはまっすぐその奴隷を見ていた。




 あの黒猫は、飼われた猫ではなかった。優美で、狡猾で、不敵な野良猫だった。

 全身黒い毛並みの、金色の瞳を持つ猫だった。


 結局、リアはその奴隷を金貨20枚で落札した。




「それでは、奴隷の契約を行います」

 商人はにこやかに笑いながら、揉み手をしている。

 リアは全くそちらに目をやらず、己の奴隷となった猫獣人を観察していた。


 ぼさぼさの毛並み、片耳には傷跡。瞳には力がなく、俯いてこちらを見ようとしない。ヒゲは垂れ下がっている。

「いや、このまま連れて帰る」

「は? いや、しかしそれでは逃亡の危険がありますが…」

「大丈夫だ。お前、名前は?」


 そこで初めて、猫獣人は顔を上げた。


 サージには獣人の年齢は分かりにくいが、確かにまだ幼さを残していた。

 表情には困惑の色がある。奴隷として扱われた者が持つ、ごく当たり前の疑問。

 契約もせずに、奴隷を連れて行くという。それで逃げられたらどうするのだろうか。


「名前だ。分かるか?」

 伸ばされた手に、びくりと震える獣人。だがリアの手は、驚くほど優しくその頭を撫でていた。


 汚れも臭いも気にせず。

 やがて獣人は顔を上げ、リアの顔を正面から見つめた。


「マールです」

「私はリアだ。よろしくな」


 サージが今までに聞いた中で、最も優しいリアの声であった。

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