第8章 2
東から出でる月は、‘
その雄々しき眼差しは
西から出でる月は、‘闇夜の王’の左目より生まれし銀色の姫。
その情け深き眼差しは
輝く妹背が逢瀬を果たすは
交わされるその視線は光の
迸るその随喜は煌めく星を戴いた
相反する世界を見張る両者の邂逅は、あらゆる事象の境を無に帰する。
夢と現、生と死の境すらもが朧となり、力ある巫者は、無き者の声を聞くという。
隔たれた二世界の
この‘無境の
彼岸の向こう――即ち‘闇夜の王’のおわす神界に捧げる、敬虔な祈りの
‘双月天心’〜ロメイン・ファイズ著 『
ルナン帝国のほぼ中央に位置する皇宮には、四つの門がある。
主に私民の通用口として利用される北の門。登城する官吏や貴人が常用する東の門。貴族の獄である‘西の塔’へ直結し、くぐれば二度と戻れぬと噂される西の門。そして、‘
常日頃は固く閉ざされているというこの南門は、二十年に一度だけ解放される。
紅玉と黒曜石で一面を飾り立てた大扉が開いた、その向こう側には……極彩の色を戴く大空間が広がっていた。
螺鈿と彫金で余すことなく装飾された壁の、血と見紛うばかりに深く濃い紅色。煌々と燃える
いずれ劣らぬ強烈な色が絢爛豪華に絡まり合った様は筆舌に尽くし難く、複雑怪奇な魅力に満ちている。
その‘紅蓮月夜の間’と呼ばれる皇宮随一の大広間の中、ほっそりとしたセレナの姿は、月柱のように際立って見えた。
典雅なデザインの装束と、それにぴったりと誂えられた
――お初にお目にかかりますわ。
――お会いできて光栄です。
乙女を捕らえているのは彼女同様、各々の
一見親しげな雰囲気を纏う彼彼女らの微笑は、完璧であるが故、嫌でもその底が見える。
ヴァイナス家の家章たる紫で飾られた、‘
しかし……その視線に曝されても、セレナの顔にはあくまで鷹揚な笑みが浮かんでいた。
巨大な帝国の頂にそびえるルナンの貴族社会は狭く、その一方で沼のように深い。割におおらかなフィルナ西王国の宮廷で己が受けた扱いを思えば、彼ら帝国貴族の本意など、セレナにとってもはや自明の理ですらあった。
一度覚悟を決めてしまえばあらゆる柵をすっぱりと断ってしまえる自分の
冷徹なまでにさらりとした表情を乗せたまま、セレナは昂然と花の顔を上げた。
『
典礼の教本そのままの所作で礼を受ける姿には、怯みどころか緊張の片鱗すら見受けられない。むしろ堂々たる風格すら感じさせるその気色は、貴人達の出端を砕くと同時に、感嘆にも似た動揺をも集めていた。
『……驚いたな』
ようやく引いた人並みを縫って零れたのは、素直な感嘆を含んだアルトだった。
淡い緑の双眸が映したのは、己の斜め後ろに控えていた赤紫色の影。
美々しい徽章や飾り紐で装飾された儀礼軍装の肩を竦めながら、影──フィリックス・キクスはゆっくりと言の葉を紡いだ。
『補佐するまでもなかった。
『……そんな』
思いもしない高評価に、セレナは戸惑いつつも言葉を返した。
『宮廷の作法など、何も存じません。どうにかこうして、他の方々に倣っているだけです』
『……とても、付け焼き刃には見えない。大した観察眼だ』
――血は争えないな。
そう呟いた戦乙女が、鋭く切れた双眸をかすかに緩める。その言葉に淡い微笑だけを返し、セレナはふと右の
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