第6章 9

「ヤッホー!ドウモー!!ご機嫌、タコがー!?」

「ギャアアアアア!?」

 突如響き渡った甲高い音の嵐に、裏返りかけた絶叫が重なる。

 仰け反りながらひっくり返ったアースロックの醜態を、窓の外から淡々と見下ろしていたのは……綺麗な翡翠色の目をした、純白のふくろうだった。

「……じゃなかった。ご機嫌、イカがー!?」

 ふくふくとした羽毛の下からひょっこりとあらわれたのは、栗鼠のようなどんぐり眼。頭の上に巨大な鳥を乗せた珍妙極まりない格好のまま、シネインは事もなげに左手を挙げてみせた。

「あ、あ、あたま……あたまに、その……!」

「ダイジョブダイジョブ。コワクナイヨ!ビックリさせてゴメンネ~!!」

 腰砕けのまま呆然と己を指差すアースをいなし、少女は怪盗のように室内へと滑り込んで来た。その右手には籐籠に入った三つの杯と、ボルドー色の液体がなみなみと入った硝子瓶とがぶら下がっている。

「差し入れよン。蔵ニ寝かせてあっタ、十年モノ!特別出血大サービスネ~!」

 ふたつの荷物を顔の高さに掲げて揺らし、シネインは悪童さながらの顔で笑った。

「い、いや、でも、俺達、酒はまだ……」

「細かいコトは気にしな〜イ!ココいらでは、誰もそんなコト言わないわよン」

 おろおろするアースの言に事も無げに応じ、少女はてきぱきと酒杯を並べていく。

 慣れた手つきで瓶の中身を注ぎ分けていたその手は、しかしながら次の瞬間、不意にぴたりと動きを止めた。

「……ソノ分だと、腹は決まっタみたいネ」

「……まあな」

 あくまで自然な仕草で半身を振り向かせた少女の瞳が、据わった紅玉を映して揺れる。

 ぎょっと凍った従兄弟の貌を視界の外に置き捨てたまま、ハルはゆっくりシネインへと向き直った。

「……あんたたちに、協力する。反逆の片棒でも何でも、担いでやるよ」

「お、おい!お前、何言って……」

 詰問じみたアースの悲鳴をあっさりと無視し、ハルは淡々と言の葉を継いだ。

「代わりに、あんたたちが握っている情報をよこしてもらう。俺の妹の事、組織エヴァライムズの事……それに、この国が取ろうとしている舵の行方と、それを操っている奴の事も、全てな」

「……あら、フシギ」

 突き刺さる鋼の視線に怯みもせず、濃桃色の瞳はどこか芝居がかった仕草で瞬きした。

「さっきは、妹サンさえ戻れば他はドウでもイイ!――ってカンジだったノに。ルナンウチの事まで気にスルなんテ、どういう風のフキダマリ……じゃなかった、吹き回し?フィルナの王様ニ情報流して、ゴマでも擦ル気?」

「な……!?」

 はっと上がったアースの顔が、瞬きする間に朱に染まる。肩を震わせ立ち上がろうとしたその挙動を片手で制し、ハルはふと肩を竦めてみせた。

「あんたたちから聞いたことを、フィルナで話す気はない。こいつに話させる気もな」

「ナラ、どうシテ?」

「……ただ、知りたい。それだけだ」

 明快過ぎる返答に却って毒気を抜かれたのか、不思議そうに眉根を寄せたシネインを見据え、ハルは静かに口を開いた。

「俺の素性は、さっき話した通りだ。ルナン貴族の血を引いてはいるが、実際にそう振る舞った事はまだ一度もない。それどころか、この五年はフィルナで士官の真似事をして過ごしてきた。あんたたちから見れば、どっちつかずの半端者に見えるだろうが」

「……まァ、そうねン」

 遠慮のない相槌とともに、少女が大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。

 その仕草を相も変らぬ無表情で見据えたまま、ハルは再び科白を紡いだ。

「……今までは、それでよかった。どちらかにつけば、余計な火種を増やすことになる。俺だって、これ以上の面倒事は御免だ。だから、あえて考えないようにしてきた。だけど……今回ばかりは、そうも言ってられない」

 弾かれたように振り返った従兄弟の様子をみとめつつも、ハルの声は硬い鎧を纏ったまま。

 不透明な微笑を浮かべるシネインの頭上で、白梟がきろりと丸い眼を絞った。

「だから……見極めたい。俺が、自分の命を懸けてつくべきは、どちらなのか。恥ずかしい話だが、俺はルナンこっちの事情にはほとんど不案内だ。知るべきことを知った上で、判断したいんだよ」

「……交渉成立、ネ」

 独白にも似た言の葉に応えたのは、ほうと間延びした囀りと、恐ろしく平明な呟きだった。

「何も知らずニ踊らされるなんて、まっぴらゴボウ……じゃなかった、ゴメンなのは、アナタも一緒だもノ。イイわ、全部教えてアゲル。ワタシが知っているコト……そして、コレから知るコトも」

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