第1章 3
「……ただでさえ、今は難しい時期なんだ。ルナンとの協定のこともあるし、北王国との関係もこじれにこじれてる。そんな時に余計な事して、周りを刺激するのは止めろよ!!」
「うるせぇ!!」
取られた腕を乱暴に振り解き、ハルはとうとう爆発した。
「国だの王家だの、俺の知ったことか!うざったいんだよ!!」
見開かれた緑の色を、燃えるような
頬を強張らせた相手に詰め寄り、ハルは再び声を張り上げた。
「俺が王家の人間だ?人のことをさんざん国の恥だの何だの言っておきながら、都合のいい時だけ仲間扱いだ?笑わせるな!!あんな間抜けな国王の血筋、こっちから願い下げだ!!」
明らかな悪意を孕んだハルの科白は、青年の頬を瞬きする間に朱に染めた。
「間抜けとは何だ!!失礼だろう!」
「公衆の面前で
「父上を侮辱するな!!」
嘲るように肩を竦めたハルを睨み、青年は鋭い声で吠えた。
「あーあー、悪かったな、お前の親父のことだったか!口が滑っちまった!」
苦笑交じりの科白が内包するのは、挑発めいた玩弄と揶揄のみ。
せせら笑いにも似たその響きに、青年の堪忍袋の緒は呆気なく切れた。
「いい加減にしろ!!もとはと言えば、お前のそのひねくれた態度がそもそもの原因なんだぞ!従兄弟としてつくづく恥ずかしい!!もうちょっと大人になれよ、この馬鹿!!」
「馬鹿で結構!!こっちだって、てめぇのご立派なご高説にはうんざりしてるんだ!もういい加減、放っておいていただくわけには参りませんかね!?お優しい、優等生のアースロック王子殿下!」
再び響いたラウキの声に、乾いた哄笑が重なる。
おどけた口調で継がれたハルの言葉はしかし、‘アースロック’の貌をただ凍りつかせた。
ひび割れるように歪んだ緑の目に浮かんだのは激怒ではなく、いっそ絶望にも似た落胆。
その視線を故意に下へと落としながら、銀髪の青年は深く嘆息した。
「……セシリア叔母様が今のお前を見たら泣くだろうな」
「……何?」
‘従兄弟’の低い言の葉に射抜かれ、今度はハルが固まった。
「お前の半分に流れるレティルの血は、叔母様のものだろう。フィルナの要たる、水の守護者……その血族に連なることを、彼女は誇りに思っていたはずだ。少なくとも、俺にはそう見えた」
軽薄そうに歪められていた口元から表情が消えたことに、アースロックは果たして気づいているのか。
突如不気味な輝きを増した赤い光を置き去りにして、訥々とした言の葉は続いた。
「それなのに、お前はそれをけなして、皮肉ってばかりだ。同胞をこき下ろして、わざわざ敵に回して……。あの方は、きっとそんなこと望んでないぞ」
「……その同胞とやらが、母上に何をした?」
呟きにも似た低い声に、アースロックがはっとその顔を上げる。
ようやく見上げた黒髪の青年の瞳を覆っていたのは、蒼い炎にも似た底無しの
凍った面はそのままに、ハルがわずかに口の端を上げる。
感情の欠片も感じられぬその笑みには、ただ敵意をむき出しにするよりもよほど凄惨な迫力があった。
「……知らないなら、俺が教えてやろうか?」
ほとんど違わぬ高さから自分を見下ろす倣岸な視線に、アースロックはわずかに身を引いた。
その顔に一瞬浮かんだ驚愕が、哀れみとも愁いともつかぬ複雑な色へと変わる。
苦く曇った顔を項垂れるように伏せながら、青年は静かに肩を落とした。
「……悪い、言い過ぎた」
「遺伝だな。お前も
視線を戻したアースロックの目が、シニカルな嗤いを乗せた異形の青年を映す。
さらりと放たれたハルの声は、人を食ったようないつもの響きを取り戻していた。
「余計なことは言わない方がいいぜ、アース。俺だって、お前の首を刎ねたくない」
冗談とも本気ともつかぬ物騒な科白とともに、ハルはふわりと身を翻した。
「どこ行くんだよ!?処分が決まるまで待機してろって、父上が……」
「どうせまた謹慎だろ?くらう前に、セレナの顔でも見ておくさ」
背後で上がったアースロックの声を遮り、ハルは後ろ手にひらひらと手を振ってみせた。
「じゃあな、王子様」
わずかに速度を増した足が、とんと音を立てて大地を蹴る。
その瞬間……青年の身体は、飛天の如き優雅さで中空へと飛び出していた。
その背に広がった銀色の薄羽は空気をかき上げ、主の身体をさらなる高みへと押し上げていく。
みるみるうちに小さくなっていく王城とそこに取り残された青年を振り返ることだにせず、ハルは一気に天へと舞い上がった。
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