虎町先輩は偉大で!
「ちょっ…… 早く氷持ってこいよ!」
そう叫ぶのは意外な事に敵である虎町先輩。それを聞いてラインズマンを担当していた生徒がアイシングの準備に走っていった。
先輩は俺たちの失点で終わったプレーが済むと、すぐにネットをくぐって駆け寄ってきた。
理由は俺でも分かる。というよりかは俺が一番に分かっている。
慣れてもいない、そしてバレー用でもないシューズでの長時間のプレーによる怪我。
準決勝以前までの試合では攻撃に加わることも無かったが、この試合の2セット目からは攻撃の為のジャンプを繰り返していたので、それによって疲労が溜まっていたのだろう。
俺の怪我を確認した虎町先輩とそれを手伝いに来た大川は俺を持ち上げるとコートの横に置いてあったベンチへと連れて行った。
「取り敢えずシューズを脱がせるからな。後大川は氷の確認だけしてこい」
「分かりました!」
虎町先輩はあっという間に大川に指示を出すと、俺が履いていたシューズを脱がせて怪我の確認を改めて行った。
「俺はアタッカーじゃないからジャンプすることも無いせいで、ケガとは無縁だけど…… これは普通に足首を痛めているだけだな。取り敢えずアイシングとテーピングで様子を見よう」
虎町先輩はそう言って、俺をベンチに座らせると休ませた。
一度落ち着いてみると、体に疲労が溜まっているのが分かる。
そしてベンチに目を向けると、それまでは活躍できていた俺を心配する視線や、逆にこれまでには奇跡だったのかと見捨てるような視線を感じる。
俺がそんな視線を一身に受けて、いたたまれなくしていると、ラインズマンをしていた生徒が氷の入ったビニール袋を両手に走って戻ってきた。
「虎町先輩、持ってきました!」
「お、サンキューな! よし、痛めているのは左足首だけだから、小鳥遊はそのまま楽にしておけ」
「あ、ありがとうございます。でも先輩良いんですか? 敵の俺に塩を送るようなことをしちゃって」
虎町先輩は俺の足にビニール袋を当てながら手当をしながら俺の話を聞いていた。
初めは俺の言っていることが理解できていなかったのか、首を傾げていた。
しかしそれから、プッと吹き出すと笑いながらこう言ってみせた。
「小鳥遊って意外とバカなのか!? 確かにお前を放っておいて試合を続ければ、俺たちは確実に勝てるんだろうな」
虎町先輩はそう言ってから、いきなり真面目な顔になるとこう続けた。
——だけど一流を目指すバレーボーラーとしては負けたも同然だ
「だってさ、簡単な話じゃねえか? 俺は3年でお前は2年。先輩が後輩の面倒を見なくてどうすんだ?」
「先輩は凄いですね……」
「は? 別に俺は凄くなんかねえよ。俺よりも渡辺やスズ。それに大川や高松の方がバレーボーラーとして完成に近いしな」
「そういう意味じゃないんです……」
俺は怪我の手当てを受け始めてからの短時間で、虎町先輩に畏敬を覚えていた。
それは敵である俺に塩を送るという行為を当たり前のようにしているからだ。
人ならば当たり前にできること。だけど俺は、その当たり前を中学のあの事件が起こった事を受けられなかった。
同級生に信じられることがなく、俺も部の仲間や琴乃葉を信じることが無かった。
虎町先輩のしていることは、あの時に俺が一番に求めて、俺がするべきだったんだと、2年という青年期としては長い時間をかけてようやく理解したような気がする。
「虎町先輩、ありがとうございます」
「ん? 別に良いけど…… それよりも動くんじゃねぇぞ。テーピングだってまだしてねえんだし」
「そういう意味じゃないんです。俺にやるべきことを教えてくれて」
2セット目の間、俺は大川のトスに何本だって飛びついてきた。
だけどそれが全て自分に向けられたトスだと信じていたのかと言われれば違うのかもしれない。
気が付かない間に俺は仲間を疑っていたのかもしれない。
そのことをようやく分からせてくれたのは虎町先輩だ。
バレーではこの人に勝つ自信はある。だけど3年生としての虎町先輩には。1年長く生きている虎町先輩には敵うはずもないんだな、と今更ながらに理解した。
「……そういうことか。まあ、なんというか、大川も高松もいいヤツだから良くしてやってくれ。それじゃあテーピングするからな。お前もまだプレーしたりないんだろ?」
「……はい!」
虎町先輩の満面の笑みと問いかけに俺は返事をした。
今の俺は笑えているんだろうか? これからは仲間を信じていけるんだろうか?
そんな不安と疑問が浮かび上がったが、すぐに隣で心配してくれる仲間や2階からのクラスメイトの声援を聞いて、頭に浮かんだものを断ち切った。
「大川、高松。それにみんな。この試合楽しんで……それで勝とうな!」
「もちろんだろうが」
「小鳥遊は今更何を言っているんだ」
隣で聞く虎町先輩は「敵の目前でそんなこと言うんじゃねえよ」と笑いながらコートに戻っていった。
「小鳥遊、アタッカーには俺がいるから安心しとけ」
「当たり前だ。信じている」
俺は高松と短く言葉を交わすとコートに入る彼の後ろ姿を見つめる。
スタメンを取れなかった中学2年の時からは遠くに見えたベンチからのコートの景色。
だけど今は、それが近く見えるような気がした。
それから審判のホイッスルが鳴って試合が再開した。
足には少しだけ痛みが残っている。だけど俺は隣にいるチームメイトの2人と必死になって声を張り上げた。
そして大川のトスがあげられて、それを高松が打ち切った。
俺ともほとんど同じはずの2人の体格はどこか大きく見えた。
こうして俺たちは2セット目を取ることができた。
そして、スポーツ大会のバレー決勝。その勝負の行方は最終セットへと持ち込まれた。
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