バレーボールはやめたはずなのに、後輩女子はそれを許してくれない。
涼野 りょう
プロローグ!
プロローグ、もしくは今までの俺との別れ
時刻はある月曜日の昼下がり。俺の所属するクラスでは1か月後の学校全体で開かれるイベントであるスポーツ大会のチーム分けが行われている。このスポーツ大会は文化祭と体育祭に次ぐイベントである。
この学校において体育祭とスポーツ大会ではその意義が大きく違っている。体育祭は保護者にも公開され、生徒の運動面の公開をする意義が大きい。スポーツ大会では学校内の生徒だけで開かて、その勝敗を競い合うというものである。勝負事であるために、生徒——特に運動部の面々は奮い立って活躍しようとする。
それにはMVPを取った生徒の告白は絶対に成功するというジンクスもあるからなのだが……
「文化祭や体育祭では苦汁を舐めさせられたけど、スポーツ大会では総合優勝狙っていくぞ!」
そう教壇の上で叫ぶ彼はこのクラスの中でも大きな発言権をもつ運動部員の1人だった。
彼は運動部、それもキャプテンを務めていることと、元からの人望からの発言権が多かったことから、このスポーツ大会のチーム分けの主導をしていた。
そして彼がかなりの熱意をスポーツ大会に注いでいることが分かると思うが、それも仕方があるまい。
このクラス、2年Cクラスは文化祭で行われる人気投票で全クラス中——全クラスといっても2年生だけではなく3学年全体で、下から数えた方が早いという結果となった。
体育祭に関しても縦割りで言うと、Cクラスは6クラス中5位という結果に終わった。
そのことはクラスのメンバーも十分承知なようで、教室内からは「次は負けないから!」とか「進学組はぶっ潰す!」という少々過激な発言も出てきている。
進学組とはこの学校の中でも偏差値が高くなっているクラスのことで、各学年6クラス中1クラスしかいない人の事を言う。今は重要な事でもないので大事なことは省略させてもらおう。
「オッケー! じゃあ残りのメンバーは希望はないらしいし、俺が決めておくからなー」
俺が少し物思いにふけっていると、チーム分けは大方決まっていたらしい。
今はチーム分けがされていないメンバーを順番にチームに組み込んでいる。俺はこの話し合いで一度も話していないために、少し待てば俺の所属するチームが決まるだろう。
「えーっと……
「……っ! それで頼む!」
「小鳥遊にしては意欲的だな……まぁ、一緒に頑張ろう」
男子の競技はサッカーとバレーボールの2つに分かれており、サッカーは8人制で補欠含めて10人のチーム。バレーは同じように補欠を含めたうえで9人のチームになっている。
「そういえば小鳥遊の身長っていくつなんだ? 結構高いと思うんだけど」
「春に計った時で、186㎝くらいだった」
「すげぇじゃん! 俺たちのチーム、身長があんま足りないから結構大事なことを頼むかもしれないからよろしくな!」
「それは別に構わないが……」
その男子生徒、名前は確か大川って言ったはずだ。
大川は多くの運動部から3年が引退したいま、この辺りでも強豪校といわれるこの学校のバレーボール部のキャプテンを務めていたはずだから、俺が動くまでもないだろう。
そんな考えをしている内に話し合いは完全に終わったらしく、6限のホームルームで余った時間は自由に使えることなった。
(……俺は帰ろうとでもしよっかなー)
一瞬そんなことまでも考えたが、流石に考え直すことにした。それにアイツもうるさいだろうしな……
しかし、実際に俺がこの場でバッグを持って、帰ろうとしても咎める人どころか気が付く人もいないだろう。俺、人望少なすぎない……?
とはいえ、それも仕方ないか。このクラスになって早半年、俺はまともにコミュニケーションを取ってこなかったのだから。
それはこれからも続くだろう。あんなことには二度と巻き込まれたくしないしな。
(あと5分くらい大人しくしとこうか……)
結局俺は、授業後の帰りの学活まで時間を潰すべくゲームの周回に勤しむのだった。俳人、ここに極まれり。
(寒くなってきたな……)
「せんぱーい!」
学校から出ようと校舎から出た直後のことだった。背中への大きな痛みと共に、俺の事を『先輩』と呼ぶ声がした。
この学校の中で俺の事を『先輩』と呼ぶものはただ1人しかいない。
痛みの引く気配のない背中をさすりながらその人物に振り返れば、その人物はこの学校のバレーボール部員であることを示すジャージを着ていた。
しかし、その様子は選手とは大きく異なり、本来は肩まで伸びているであろう栗色の髪の毛をハーフアップにして束ねている。それはスポーツ選手のように動きやすくするためではなく、高校生らしくオシャレが重視されているように思える。
「先輩? どうしたんですか黙り込んで?」
彼女は薄めにリップがつけられている唇を動かして、俺が話さないことを心配してきた。
「別に何もない。それよりも琴乃葉の方の練習はいいのか?」
「別にまだ練習が始めるわけでもありませんし、大して準備が多いわけではありませんからねー 私1人がいないくらいで問題があるわけないですよ」
「お前……その分他の人に任せているってことだよな……」
俺の事を唯一先輩と呼ぶ琴乃葉は、バレーボール部のマネージャーをやっているのだが、それをサボってまで俺と話をしに来たようだ。誰かこいつを叱ってくれねぇかな……
「それよりも! 先輩聞きましたよ!?」
「おい、話をさえぎr……」
「先輩って、今度のスポーツ大会でバレーに出るそうですね! これは先輩の最強スパイクを見せつける時がきたってことですね!?」
「やらねぇよ……そもそも俺はバレーなんてもうやめたんだし」
「ふ~ん…… ホントですかねー?」
琴乃葉は俺の中学時代を知る学校で唯一の人物でもある。それもあってか周りの人が聞いても理解ができないものもあるだろう。とは言っても隠し事は隠してくれないと……
琴乃葉が元々持っていた人気や人望、カリスマ性もあってか、琴乃葉側から俺に話しかけてきているとは思えないようで、俺のほうが琴乃葉に話しかけていると思われているようだ。それもあって俺は琴乃葉に話しかけに行く勇気あるヤツだと認識され始めている。
「そんな事言っちゃってー 毎晩悲しげな表情をして、わざわざ買った5号球を触っているのは知っているんですからね」
「お前、なんでそんな事まで知っているんだよ……」
ちなみに5号球とはバレーボールで使われる球種の事で、高校以上のプレーで使われている。
俺がわざわざ高校用のボールを買っていることまで知られているとは思えなかったけども……
「え……? マジですか?」
「あ、ブラフだったの…… 俺が恥ずかしいだけじゃん……」
時間にして3分にも満たない会話。しかしそれは、高校生の限られた放課後の時間としたはかなり長く、部活に顔を出していなかった琴乃葉を呼びに来た別の生徒によって俺たちの会話は終わりを告げることになった。
「それじゃ先輩! また明日です。ちゃんと夜ご飯も食べてくださいね?」
「分かってるって。そんじゃ、頑張れよ」
俺は琴乃葉に軽くだけ別れを告げると、1人下校路へと足を向けた。
(それにしても、久しぶりにバレーなんてやるな。少しだけとはいえ、楽しみにしてしまう自分がいるのが恨めしい……)
俺はこれから面倒ごとに巻き込まれていくことを知らずに、呑気にそんな考えをしていたのだった。
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