筆を執る
染島ユースケ
筆を執る
私は筆をおく。
夜明け前。
また私は、1つの小説を書き終えた。
30万字を越える、そこそこの長編小説。
自分にとって、何本目の作品なのかはわからない。もう数えるのはやめてしまった。
もういっそ、ここでキリよく書くのも辞めてしまうのはありかもしれない、とも思う。
別に、私は作品を売って生計を立てるプロの作家ではない。だから、自分が紡ぎ出す文字は、全く金にはならない。
逆に言えば、私の小説は強制的に書かされているわけではない。すなわち、筆を置くのも自由。一応webで投稿をしているが、ろくに読まれていないので、誰かから文句を言われることもないだろう。
だけど、私は筆を執る。
それでも書くことをやめられない自分が、確かに存在していた。
脳内に浮かんでは霞む、想像の有象無象。
創造せよと、彼らは叫ぶ。創造し、作品として大成させよ。
その叫びは、1度きりですぐに消える。形に残さなければ、泡沫のようになくなってしまう。書きたい物語が、まだまだ無数にある。彼らを命ある限り、1つでも多く形にしたい。
休んでいる暇はない。
だから、私は筆を執る。
心の内なる声に呼応する。過去に縋らず、今ここにある声に耳を傾ける。
書き上げた過去の作品は、一旦脇に置いておく。完結の喜びに浸るより、今はまた、新しい物語に出会いたい。自分の思想の中で胎児のように動き回る、彼らの顔が見たい。
ゆえに、私は筆を執る。
かつては、ともに切磋琢磨する仲間がいた。
競作し、意見を交わし、励まし合いながら作品を書き上げていたこともあった。
しかし、今は誰もいない。その時の仲間も、どこか遠くに離れてしまった。連絡を取ることもなく、更新されなくなった投稿サイトやSNSに、過去の面影だけが残っている。きっと、もう彼らは小説は書いていないだろう。
時折、寂しさを感じる。しかし、一方で仕方ないとも思う。作家という生き物は、孤独な存在だ。孤独の中でこそ、物語は生まれる。
だから私は、独りぼっちでも構わない。
それでも、私は筆を執る。
プロになりたい。そう思っていたこともあった。しかし、現実を見た。到底たどり着けない高みと、その先にある絶望を見た。
しかし、私が筆を折ることはなかった。いや、折れなかったのだ。
筆を折ることは、自分のアイデンティティを切り取ってしまうことと同義だと思った。
先程、物語を書き終えた瞬間、執筆を辞めようかという思いがよぎったのは事実だ。しかし、きっと未来永劫その思いが実現されることはないだろう。籠の中の鳥が、大空に憧れるようなものかもしれない。自由な空を羽ばたくことを夢見ながらも、それが叶うことはなく籠の中に縛られている。そして、その現状を、私は受け入れているのだ。
これからも、私は筆を執る。
いや、むしろ今この瞬間こそが自由なのかもしれない。発想の転換である。私は鳥ではなく、鳥籠の側なのだ。
私は、自身の籠に物語を飼っている。彼らは飢えている鳥だ。餌はなく外に逃がしてやらなければ、たちまち力を失い死んでしまう。
だから、私は彼らを外に解き放つ術として、物語を書かなければならない。ある種の使命感を持って、書かなければならない。
そして、私ではなく彼らにこそ、世に放たれ自由に飛び回ってもらわなければならない。
したがって、私は小説としての言葉を紡ぐのだ。紡ぎ続けるのだ。
いつまでも、私は筆を執る。
さて、いつの間にやら夜が明けていた。
またこれから、新しい物語を描くとしよう。
次はどんな物語にしようか。
今から楽しみだ。
私は筆を執る。
<了>
筆を執る 染島ユースケ @yusuke_rjur
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