第3話 真実の愛

「王太子殿下は特待生に興味津々で御座います」


 初めてチェスを指した日から、10年。リリアーシャは18歳で、王太子とともに王立の学院に在籍していた。学院は一部特例として毎年庶民から特待生を招いている。学院に入学しただけでなく、卒業生となる生徒には、貴族に引けを取らない栄誉が与えられるため、教養の高い者には身分の垣根なく広く門は開かれている。


 そんな特待生のうちの一人にリリアーシャの婚約者───アウレリウスの第一王子、アザロス・デンドュロンが現を抜かしているという。確かに、アザロスの報告書には特待生をそばに置く姿が多く見られるとあった気がしないでもない。身分差なく友人を作っているものと思い込んでいた、思い込もうとしていたアウレリウスは額に手を当て、目の前の少女の考えを否定するように頭を振ってから溜息を吐いた。


「いや、だからといって」

「殿下は、わたくしが嫉妬してその方に嫌がらせを行っている、とお考えだそうです」


 食い気味に、リリアーシャは言葉を紡ぐ。ああ、いつからこの少女はこんなに饒舌になっただろう───幼き日の姿からは想像に難くない凛とした姿に目頭が熱くなる。ぎゅうと眉根を指で押さえながらアウレリウスは天を仰ぎ、再度重苦しい溜息を吐く。


「……事実無根なのだろう」


 リリアーシャは幼い頃から大人しく、誰かに当たり散らすような性格ではない。彼女の父である伯爵は、リリアー写が生まれてこの方今の今まで癇癪の一つも起こしたことがない、我が儘を言われたこともないとそれはそれは寂しそうにしている。


「嫉妬する理由が御座いませんので」

「それはそれで……」


 ほぼアウレリウスの独断で決められた婚約者に、アザロスは幼い頃からよく反発していた。ことある毎にリリアーシャに悪戯を吹っ掛けてはやり返されて、婚約破棄してやるからな、と半泣きで捨て台詞を吐いている姿がよく見られた。それゆえ、リリアーシャも真っ当に婚姻が結ばれるはずがないと悟っているのだ。先読みの力が強いなどという話ではない。


 目の前の少女は確かに表情が乏しく口数も少なく、冷たい印象を受ける。しかし、幼い頃からそれを見守ってきたアウレリウスにとっては、ただの幼子の人見知りで緊張しいが、表面上を取り繕っているものだという認識しかない。リリアーシャの数少ない理解者からも、寧ろそんな姿がいじらしいと愛されている。


 が、やはりそれも、彼女を好意的に見る者の解釈でしかない。現に婚約者であるアザロスは、リリアーシャを表面通りに受け取り、「冷たい女だ」「こちらを馬鹿にしている」などと心ない言葉を浴びせているという報告を受けている。アザロスにしてみれば、聡いリリアーシャと頭の出来を比べられるのが気に食わないというのもあるだろう。


「しかし、婚約破棄というのは」

「幼少期に親の決めた婚約相手よりも、真実の愛を育んだ相手を盲目的に可愛がるという傾向は理解出来ますわ」


 アザロスに関する報告には、常日頃から真実の愛とやらを豪語し、何かにつけてリリアーシャに突っかかっていると書いてあったのは事実だ。自分の預かり知らぬところで婚約させられた機械のような女を娶るより、学園内で愛を育みあった娘と恋愛結婚してやるぞ、という意思表示。国王であり父であるアウレリウスが政略結婚ではなく恋愛結婚をしていることも、アザロスの恋路に拍車をかけたのだろう。アウレリウスの重い溜息はとどまることをしらない。

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