第78話 妖精の国②

 人懐っこい精霊さんに比べて、妖精という存在はあまり近付いてきたり、喋ったりはしないようだ。女王であるリディちゃんを除いて、だけど。

 妖精は大きさは精霊さんと同じくらいの、手のひらに乗りそうなほどのちんまりサイズだけど、見た目は精霊さんのような二頭身の可愛いマスコットタイプではなく、小さくなった人間そのもののようだった。背中には白っぽく、淡く光る半透明の羽根がある。

 なんというか、イメージしていた妖精の姿そのままだ。ティンカーベ……何とかさんみたいなね。

 妖精はみんなアイネのことは気になるみたいで、じっと見てきたり、たまにそろそろとこっそり近付いてきたりしているけど、すぐに逃げるし話し掛けてくることもない。

 それでも遠くにいる妖精がにこにこしながら手を振ってくれたりしているので、歓迎はされているようだ。


 しばらく歩いてみても、妖精の他にはあまり動物はいない。

 たまに毛色の白い動物や、怪我をしている様子の動物を何匹か見掛けたけれどそれだけだから、自然に生息しているというよりはここで妖精たちに面倒を見られているようなものなんじゃないかな。

 バサバサ、と羽音が聞こえたと思ったら、リディちゃんの肩に真っ白い鳥がとまった。雪みたいに真っ白い体は、とても神秘的だ。

「……カラス?」

 アイネが首を傾げる。

 言われてみれば形はカラスに見えるけど、カラスといえば真っ黒い印象しかないな。

「ええ、この子はカラスよ。お気に入りの子なの」

 肩にいるカラスをリディちゃんは慣れた様子で撫でる。カラスの目は、アイネの目と同じく、透明だった。なるほど、リディちゃんのお気に入りの印だ。

「綺麗な毛色でしょう?でも珍しいから、他のカラスにいじめられちゃうのよ。可哀想だわ」

 リディちゃんに撫でられるカラスは、気持ち良さそうに目を細める。よく懐いているようだ。

「そういえばリディちゃん、ここには人間はいるの?」

 気になっていたことを問い掛ける。

「いるわよ。ここには五人住んでいるわ。でも三人は今買い出しに出掛けているから、今日会えるのは二人だけよ」

「買い出しって、人間の住む街に?」

「ええ。森で手に入る食料だけでは、人間は足りないのでしょう?だから花を売ったり、あとは刺繍した小物を売ったりして、必要なお金を作って買ってくるのよ。それに、お菓子も食べたいじゃない」

 ここに住んでいる人たちは、きっかけは妖精に攫われてきたのだろうけど、結構自由に過ごせている……ということなのかな。

 以前リディちゃんがみんな幸せなんだという感じのことを言っていて、半信半疑に感じていたけど。

「あ、ちょうど一人迎えに来たわ。リリ!」

 正面から一人、小さな子供が走ってくる。

 小さな、といってもサイズは人間だ。人間の子供。

 その子はとても綺麗な銀髪だった。顔立ちも幼いながらもとても整っていて、美しい西洋人形のようだ。目はやっぱり、透明だった。

「女王様」

 近くで見てみても、本当にびっくりするくらい綺麗な顔だなあ。まつげとかもめちゃくちゃ長い上に銀色だから、なんかこう、すごいなあという感想しか出てこない。

「おばあ様が、お茶の準備出来てますよって言ってました」

「そうなの。ありがとう、すぐに行くわ」

 リリ、と呼ばれた子供は、リディちゃんに普通に話し掛けている。でも妖精の使う言葉って、やたら難しいらしい言葉じゃなかったかな。

「リディちゃん、言葉は通じるの?」

「ええ。ここは妖精のテリトリーだから、妖精のお気に入りなら勝手に翻訳されるようにしているのよ。そうしないと、不便だもの」

 なるほど。過ごしやすいように色々手を尽くしているんだな。


 おばあ様、という方のところへ向かう間、リリくんと少し話をした。

 とても愛らしい、女の子のような顔立ちをしているけど、リリくんは男の子だそうだ。今八歳で、ちょうど一年くらい前に妖精に攫われてきたらしい。

 みんなやさしくて美味しいご飯がいっぱい食べられて、痛いこともされないから、この妖精の国を天国だとしばらく勘違いしていたんだとか。

 こんな小さな子供が満足に食事も与えられず、痛いことをされ、やさしくされることもなかったという以前の環境を考えると、とても嫌な気持ちになる。

 白いカラスもそうだけど、そういった迫害をされたり生きづらい場所にいたの生物や、リリくんのような辛いところにいた人たちが身を寄せ合って暮らしているのだと思うと、確かに妖精の国は楽園のようなものなのかもしれない。

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