第76話 バターを使えばだいたい美味しい③
僕が電話のような魔石を作ってから一週間後、領主様に呼び出されて話を聞いた。
召喚した国に残っていたクラスメイトは、どうやら全員元の世界に帰ったようだ。
帰ると言ってから消えた人や、いつの間にか消えた人など、状況は様々のようだけど、調べたところお城から出た形跡とかもないから、みんな帰ったのだろうと結論づけられたそうだ。
まだ年若い王子様が中心となって、その辺りのことを色々やってくれているらしい。
魔王様が勇者たちに倒された、というふりをした後には、今は平和であること、残った魔族と手を取り合っていきたいこと、それからもう召喚は行わないことを大々的に宣言するのだと、王子様は言っているそうだ。あの国も変わっていく、ということかな。
柚さんとまどかさんのように、あの国を出て散り散りになったクラスメイトにも、精霊さんに願えば元の世界に帰れると伝える為に、各国と連絡を取り合っているとも言っていたから、まあ安心だろう。
どのくらいの人たちがまだ残っているのかは僕にはわからないけれど、案外僕みたいに満喫している人も中にはいるかもしれない。
ところで話は変わるけど、領主様から珍しい食べ物をいただいた。
腐ったような匂いと受け入れがたい味、不気味な見た目……ということで、市場には滅多に出回らないというレアな代物。
異世界人と関わりが深い国ではオーソドックスな食べ物だけど、領主様は入手したものの、どうしたらいいものかと困り果てていたようだ。
そう、納豆である。
しかもとても本格派、藁の中に納豆が入っているやつだ。
「なにそれー」
「え?」
「食べもの?」
「くさーい」
「糸でてる……」
精霊さん、若干引き気味だ。まあ、わからないでもない。
「これはね、納豆。美味しいよ」
「ほんとにー?」
「くさってなぁい?」
「イヅル、つかれてるのよ」
完全に信用していない。
疑わしげな声を超えて、やさしく心配されている。
では、伝家の宝刀を使おうではないか。
まず納豆を取り出して、包丁を使って粒を小さくする。
このままでも美味しいけど、これから食べるものに関してはひきわりの方が個人的に好きだし、精霊さんも小さい方が食べやすいだろう。
それからお茶碗にご飯を入れて、そこへバターを投入。お茶碗一杯分のご飯に対して、バターは十グラムが黄金比だ。
熱々のご飯で、バターはすぐに溶ける。ご飯を混ぜてバターを均等にすると、溶けたバターの油分でつやつやしたご飯が出来上がる。
その後刻んだ納豆に少し多めにだし醤油をかけて、納豆を混ぜる。適度に混ぜたら、それをバターご飯の上へ。
バターを混ぜたご飯の上に、納豆が乗っているだけのシンプルなものだ。これがもう、本当に美味しい。
カレーライスは混ぜない派の僕は、この納豆とバターご飯も勿論混ぜない。納豆とご飯を一気に箸で取って、ぱくりと一口。
「美味しい!」
うん、久しぶりに食べたけど美味しい。美味!そして箸が止まらない。
手間も掛からず簡単に作れるのに、これはいつ食べてもとても美味しい。納豆とバターご飯は、神がかって相性が良い。
というか、バターは本当に万能だよね。
パンケーキやホットケーキもそうだし、魚でも芋でもとにかくバターが入ると美味しい。
僕があんまりにも美味しそうに食べていたからか、精霊さんも納豆が気になりはじめたようで、そわそわしている。
「食べてみる?」
試しに聞いてみると、精霊さんの目が大きく開いた。
「食べるー!」
「たべてみるー」
「正直、きになります」
「ちゃれんじはたいせつ」
ということで、もう一セット同じものを作って精霊さんへ提供する。
「……なんだこれは……!」
「くせになるあじ」
「なんと」
「おいしい」
「うまいのです……!」
「そうでしょう、そうでしょう」
ここはあれだ。折角なら領主様にも納豆を気に入ってもらいたい。何ならまた取り寄せてほしい。
なので納豆料理をたくさん作って、それをポーションにして、次の納品の時に多めに入れよう。
納豆巻きに、納豆もち、納豆入りちくわの天ぷら、あとはつるむらさきのおひたしに納豆を混ぜたものも美味しいよね。納豆オムレツに納豆マヨトースト……うん、ぱっと思い浮かぶものだけでもこんなにもたくさんある。どれも作り方は難しくないしね。
「これは……納豆ではないか……!」
ノヴァ様は納豆を知っていたようだ。そして案の定というかなんというか、とても好きなようだ。
初心者にも比較的食べやすいと思われる先程作ったバターを混ぜたものだけではなく、シンプルな納豆ご飯も美味しいと言いながらもりもり平らげている。
テーブルに多くの納豆料理が並んだ頃、妖精の女王であるリディちゃんがパーティーの気配を察知したのか訪れたけど、
「くさっ!」
と言って顔を歪めて、速攻で帰っていった。
美味しいんだけどなあ。
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