第69話 作ったら 呼びに行こうね 精霊王(字余り)③
ホットケーキミックスは、焼いたら精霊さんも食べるかなあと思って二つ買っておいたんだけど、どんどん順調に消費されてもうなくなりそうだ。
僕も焼いている間にちょこちょこ食べたけど、やっぱりホットケーキは美味しい。パンケーキと違ってこれ自体に甘みがあるから、何もつけなくても美味しいんだよね。
「良い匂いがするじゃないの」
「わっびっくりした」
いつの間にか背後に妖精の女王がいた。
可愛らしい女の子の姿で、頬をぷっくり膨らませている。
初めて会った時のように風とかもないままぬるっと来た。あの目も開けられないほどの風はあれかな、妖精の女王の怒ってますアピールだったのかな。今ここでそれをされたら色々なものが吹っ飛ぶので、風はない方が嬉しいし助かる。
「お茶会には呼びなさいって言ったのに」
「いや、これお茶会ではないから」
ただの食事だ。いや、おやつか。
「甘い匂いがするわ!」
「ホットケーキだからね」
「食べたいわ」
……手の込んだお菓子とかじゃなくても、良いんだろうか。
「素朴な味だけど」
「良いの。食べたいの」
「バターはのせる?」
「いるわ」
先程までのご不満顔が嘘のよう。おもちゃを買ってもらえた子供のような、きらきらとした眼差しだ。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
焼きたてのホットケーキをお皿において、バターをのせてから妖精の女王に渡す。
「ありがとう!」
ぱあっと満面の笑顔を見せると、妖精の女王は仰々しくそれを持って行って、それからきちんと椅子に座った。
「ナイフとフォークー」
「つかうのあげます」
「切ったらフーフーするのよ」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう」
おお、精霊さんが妖精の女王にカトラリーを渡して、更に甲斐甲斐しく世話を焼いている。
ノヴァ様は妖精の女王のことを子供みたいに扱っていたけど、精霊さんにとっても同じような感じなのかな。
「美味しいわ!」
どうやらお口には合うらしい。良かった。
「そうでしょう。そうでしょう」
「おいしいのよ」
「イヅルの手作りだからー」
「あじわってたべてー」
「よくかむのよ」
そして何故か自慢げな精霊さん。可愛い。
最後のホットケーキを焼き終わり、それもすぐに切り分けて精霊さんと一緒に食べた。
妖精の女王もしっかり食べ終わったようで、満足げだ。
「妖精の女王、食後のお茶はいる?」
「いるわ」
「ミルクティー?茶葉の希望はある?」
「この間と同じものがいい」
「わかった」
アイネを連れ去る、という脅威がなくなった今となっては、妖精の女王はほぼ無害と言える。寧ろ、可愛い妹のようだ。垣間見える幼さがそう感じさせるのかな。
ホットケーキは美味しそうに食べるし、ミルクティーにも嬉しそうに反応する。
「ねえあなた、精霊王を名前で呼んでいるのよね?」
「うん、そうだね」
「ふぅん。あの偏屈ジジイがねえ……」
相変わらず、可愛いのに言葉遣いは悪いな……。というか、よくノヴァ様、精霊王様のことを偏屈ジジイなどと言えるなあ。怖いもの知らずというか、何というか。
苦笑いになってしまうのは、仕方のないことだろう。
「まあいいわ。いちいち妖精の女王って呼ぶの、面倒でしょ?特別に名前を教えてあげる」
「いや、妖精の女王って呼ぶから大丈夫だよ」
「教えてあげるって言ってるのよ、有り難く聞きなさいよ!」
どうやら、名前で呼んでほしいようだ。
「リディよ。あと、このことはアイネにも伝えておきなさい」
なるほど、アイネにも名前で呼んでほしいと。
というか、僕の方がついでで恐らく本命はアイネだろうな。
「わかったよ、リディちゃん」
「そう、そう!それで良いのよ!」
名前で呼んだだけで、弾けるような笑顔だ。
出会う前は色々と心配だったけど、今となっては妖精も悪い子じゃないんだなと改めて思う。
「じゃあね、また来るわ!ご馳走様」
そう言った途端、リディちゃんはぱっと消えた。
来るのが急なら帰るのも急なんだな。そして帰る時も風はない。やはりあの時の風はお怒りの表現なんだな、うん。
「壱弦……」
と、いつの間にかノヴァ様がいた。リディちゃんとは入れ違いだ。
何故か、絶望したかのような表情をしている。
「オレのぶんの……ホットケーキ……」
「!!」
「!」
「あっ」
「ああ〜」
僕と精霊さんは慌ててまわりを見る。
……が、そこには空になったお皿しかない。ホットケーキミックスも、二つすべて使い切っている。
これは、やばい。
焼きたての良い匂いに心を奪われすぎていて、僕も恐らく精霊さんも、ノヴァ様を呼びに行くという重大任務をすっかり失念していた。
事態を察知したノヴァ様のお顔がどんどん悲しみに染まっていく。
「今すぐ買ってきて作ります!」
翌日、僕の右腕は見事に筋肉痛になった。
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