第60話 バラ園のお茶会⑤

 二杯目の紅茶を飲みはじめた頃、ふとノヴァ様が神妙な面持ちをした。

「……来る」

 ぽつりと呟いたと同時に、ざあっと強い風が吹いた。思わず目を閉じる。

 風が止んでから目を開けると、僕の正面に見知らぬ女の子が座っていた。

 十歳前後くらいに見える、とても可愛らしい女の子だ。

 艶のある白髪なのに、毛先だけが桜色をしている。服もフリルをたっぷり使った子供らしく可愛いもので、白色と桜色、赤色で色彩を統一しているようだ。

 そして何よりも印象的なのは、目。

 目が、アイネと同じ——……透明だった。

 その女の子はとても不機嫌そうに、眉間に皺を寄せて表情を歪めている。

「どういうことよ、クソ精霊」

 女の子は、キッとノヴァ様をきつく睨みつける。ノヴァ様が精霊だということを知っているようだ。

 ノヴァ様もノヴァ様で、何というか、心底嫌そうな顔をしている。

「不法侵入しておいて、口も態度も悪いな。クソ妖精」

 ……妖精?この女の子が?

 ノヴァ様の言葉に驚く。見た目は普通の、人間の子供みたいだ。服装はちょっと派手で、やたら可愛い子ではあるけれど。

 ちらりと横を見ると、アイネも驚いたようで固まっていた。それは、そうだろう。尚更アイネはずっと妖精に攫われないように気を付けて、避けてきたのだから。

 今のところこの妖精だという女の子は、すぐにアイネを攫っていく、ということはなさそうだけど……。

「ノヴァ様。ここには、妖精は入ってこれないのでは?」

 一応確認をしておく。妖精がこないからと、アイネは眼鏡を外したわけだし。

「こいつは妖精の女王だからな」

「女王、ですか」

 大半の妖精は入ってこれないけど、妖精の女王は力があるから違う、ということなのだろうか。

「そうよ。早くわたしの分のお茶も準備なさいよ。っていうか何でわたしのモノがあんたんとこにいるのよ!」

「不法侵入の上に飲食まで要求か。最悪だな」

「腹立つ!あんたなんか嫌いよ!」

「奇遇だな、オレもだ」

 ……精霊王様と妖精の女王が、とても低レベルな口喧嘩をはじめてしまった。


 ひとまず妖精の女王はしばらく居座りそうなので、ミルクティーをいれる。

 見た目どおりの味覚なのかはわからないけど、なんとなく甘い方が良い気がした。

「大体この子はわたしのお気に入りなのよ。わたしのモノなの!連れて帰ろうとしたら邪魔されるし、見つからなくなるし、やっと見つけたと思ったらこんな奴の近くにいるし、何なのよ!」

 妖精の女王の発言から、以前アイネに印をつけて攫おうとしたのもどうやらこの子らしい。アイネは子供の頃の話だと言っていたけど、しっかり記憶があるのか、真っ青になって微動だにしない。とても心配だ。とはいえ、今更結界魔法を使ったところで状況が良くなるとは限らないし、どうしたものだろうか。逆上される予感しかしない。

「いい加減、気に入った人間を勝手に攫うのはやめろ」

「みんなあっちで幸せに暮らしてるわよ!」

「それでも、勝手に攫っていい理由にはならない」

 淡々と言葉を紡ぐノヴァ様に対して、妖精の女王だという女の子は癇癪を起こした子供のようだった。

 どちらも見た目は同じくらいの年齢の子供の姿をしているけど、精神の成熟さの違いは歴然としている。むしろノヴァ様が、妖精の女王を諭しているように見える。


「とにかく、むやみやたらに人間を攫うな。意思確認はちゃんとしろ」

「してるわよ!」

「していない。アイネに聞いてみれば良い」

「ねえ!わたしのところに来るでしょ?当たり前よね、その方が幸せだもの」

 矛先が突然、アイネに向かった。びくりとアイネの体が強張る。

「こんなところにいつまでもいないで、早く行くわよ。きっとあなたも気にいるんだから」

 意思確認、と言いながらも、妖精の女王の言い方はほとんど決めつけだった。

 自分のところにいるのが幸せなのだと、みんながそこを選ぶのは当然なのだと、そういった感じ。まだアイネは口を開いてさえいないのに。

 今にもアイネの腕を引っ張っていきそうだったから、二人の間に入る。妖精の女王は気に入らないのか、睨みつけてきた。

「聞いてもいないうちに、他人の気持ちを決めつけたら駄目だよ」

 言葉にしてから、ああ敬語を忘れたな、と思った。似たような子供の姿であっても、ノヴァ様に対しては忘れたことは一度もなかったのに。どうにもこの妖精の女王は、その見た目のままの心だと感じてしまう。

「何よ、気持ちなんて決まってるでしょ!」

「……いきたく、ない」

 小さな声だったけれど、僕の後ろからはっきりと聞こえた。つまり、アイネが放った言葉だ。

 妖精の女王は驚いたのか、口を開いたまま止まっている。その表情には、信じられない、と書いてあるようだ。

「私、家族と一緒にいたい。イヅルの側にいたい。だから、あなたのところには行きたくないの」

「そんな、はず」

「本当よ。私、ここにいたい」

 妖精の女王は打ちひしがれたかのように、呆然とした。もしかして泣き出すだろうかと思ったけれど、それはなく、ただ愕然としている。

 今はもう無理矢理攫っていきそうな様子はないから、少し安心する。


 すっかり途中だったミルクティーをいれなおして、ミルクティーと一緒にアイネ手製のお菓子類をお皿にとって妖精の女王の前に置く。

 ノヴァ様がイチゴのお菓子を多めに、と言っていたことを思い出して、イチゴのお菓子をメインにお皿に乗せた。

 折角お茶会をしていて、席に座っているんだしね。

「…………ありがとう」

 我儘な子供かと思っていた妖精の女王は、ぽつりとお礼を言った。

「どういたしまして」

 お礼が言える子なら、きっと大丈夫だろう。

 本当に傲慢で自分勝手な性格だと、そんな言葉は出てこない。

「美味しい……」

「それ、アイネが作ってくれたお菓子なんだよ」

「そうなの?」

 もく、もく、と大人しくお菓子を食べはじめる。その様子を見て、アイネも安堵の息を吐いていた。

 この妖精の女王が何年生きているのかはわからないけれど、恐らく気質が子供なのだろう。

 お菓子を食べはじめたら、すぐにそちらに夢中になった。

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