第61話 バラ園のお茶会⑥

「まあ、妖精が言うように、攫われても幸せに暮らしている奴はいる」

 それぞれが落ち着いた頃、ノヴァ様がゆっくり呟いた。

 妖精の女王も今すぐにアイネを連れて行こうとはもう思っていないようで、押し黙っている。

「綺麗に生まれた人間の中には、苦労しているものも多い。誘拐されて手篭めにされたり、親に売られたり、色々ある。妖精に攫ってもらった方が余程幸せで救われる人間は確かにいる。だが、皆が皆そうではないということだ」

 そっか、妖精の女王の思い込みだけではなくて、確かに救われている人もいるのか。

 アイネには守ってくれる両親がいたし、妖精に印をつけられてからは眼鏡で素顔を隠している。けれど妖精に気に入られるほど綺麗に生まれた子供みんなが、庇護のもとにいるわけじゃない。

 今回アイネが勉強をして意思疎通が出来たから良かったけど、幼い子供にもその親にも妖精の言葉は伝わらない。

「……わかったわよ」

 ぷく、と妖精の女王は頰を膨らませてふてくされている。

 それはそれとして、アイネに選んでもらえなかったことはご不満のようだ。

「アイネみたいな子もいるってことは、ちゃんと伝えておくわ。お気に入りを悲しませるのは本意ではないもの。でも、わたしのところに来たくなったらいつでも呼びなさい。断られたって、あなたのことは気に入っているの」

「妖精は気まぐれだから結界魔法を使っておくのがまあ間違いないだろうが、もし手違いで下位の妖精にうっかり攫われても、こいつがここに帰してくれる」

 無事、交渉は上手くいったようだ。

「ありがとうございます」

 アイネは安心したのか、力が抜けたように笑った。

「……またお茶会する時は、最初からわたしも呼びなさいよね。イチゴのタルトとイチゴのショートケーキとスコーンとストロベリージャムととにかくイチゴをたくさん用意しておきなさい。紅茶はミルクティーよ、わかったわね?」

 アイネの笑顔に照れたのか、妖精の女王は頰を赤らめながら早口で話す。ちょろいな、この妖精の女王。

 そしてここへ訪れた時のように、ざあっと強い風が吹いたかと思うと、目を開けたら既にその姿は消えていた。どうやら帰ったようだ。

 本当に、嵐のようだったなあ。


 でもこれで安心、なんだろうか。

 アイネの目は相変わらず透明なままだけど、攫われなくなったにしても妖精のお気に入りであることに変わりはないから、目はこのままなのかな。

 アイネは、はあっと大きく息を吐いた。

「緊張した……」

 溜め息とともに漏れ出た声は小さく、震えていた。

 それはそうだ。子供の頃からずっと、妖精に攫われないように気を付けてきたのだから。

「これでアイネも自由に精霊と遊べるだろう。ところでアイネよ。オレは和食、異世界でいう日本食が好きなのだが」

「……」

 ノヴァ様、まさか。

 まさかとは思うけど、アイネに手料理をお願いする為に、アイネに恩を売ったのでは……?

 僕の視線に気付いたノヴァ様は、ぱっと顔を逸らす。これは完全に黒だ。

「良かったら今日、お夕飯作りましょうか?」

 そして素直に提案をしてくるアイネ。可愛い。

「うむ。オレはいっぱい食べるから、いっぱい作っていいぞ!材料費は壱弦が何とかするからな」

 ノヴァ様、子供らしい満面の笑顔である。


 結局僕はポーションを作れていないし、アイネも読書を出来ていない。のんびりまったりするつもりが、何やかんやせっせと動いてしまっていた。

 でも、うん。時間はたっぷりある。

 また今度アイネのお休みに合わせて、今度こそゆっくり出来たらいい。

 明日も明後日もその先も、この辺境の街で穏やかに暮らしていくのだから。

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